16 太陽の策略、月の見守り、繋ぐは廻る星
連は驚いたまま言葉が出なかった。
先ほど希朝から『距離を縮めますよ』と言われたのもあり、思考が追い付いていないのだ。
希朝は驚いたまま固まっている連を察したように、少し強張ったような、それでいて柔らかな笑みを向けてきた。
「連さん。連さんは、最初に出会った頃に比べると、うじうじした態度は目に見える程に無くなりました。だからこそ、今なら距離をですね……」
話し方が固い希朝に、連は不安を覚えた。
不安を覚えたと言うよりも、違和感を覚えたが正しいだろう。
ピンクの瞳は焦点が合ってないどころか、まるで心其処にあらずと言える。
今まで見てきた希朝なら、何にも動じず、失われない灯台の光……道標がしっかりと見えていると思っていたのだから。
もごもごと震えたような声色は、聞いている連の方が心配になる。
「あの、希朝さん?」
「は、はいっ」
「……えっと、変に距離を縮めると、学校での見られ方や、星の子としての振る舞いが変に変わったりしないかな?」
あくまで希朝を否定するわけではない。ただ、希朝の話にある不自然さを、俯瞰的に見ている連は気づけるのだ。
混乱したように両手で頬を抑えている希朝は、自分でも何を言っているのか理解できていないのだろう。
実際のところ、困惑しているのは連も同じだ。
希朝は学校で『星の子』と呼ばれるが、実際は希夜と合わせた星宮姉妹である。
「あれだよ……婿としての話は割り切っているけど、不自然に距離を詰めるのはどうなのかな、って思っただけで」
希朝をどうにか正気に戻そうと思ったのだが、その考えが良くなかったのだろう。
希朝は焦ったように首を振り、静かに立ち上がっていた。
バサッと揺れ落ちる髪は、勢いよく希朝が立ち上がったのだと間接的に伝えてくる。
「……連さん、ごめんなさい。少し、席を外させていただきます。飲み物、まだでしたよね……持ってきますね」
「えっ、あっ、うん。希朝さん、ゆっくりでいいからね」
「ありがとうございます」
希朝にかける言葉は、自分のペースを守ってほしいだけで十分だろう。
今彼女に多くの言葉を投げかけてしまえば、きっと余計に混乱させてしまうから。
希朝は申し訳なさそうに、ふすまを開けて和室を後にした。
希朝が部屋を後にしてから、連は静かに息を吐き出した。
連自身、思った以上に希朝が焦っていたのもあり、平然を装うので精一杯だったのだ。
それでも希朝の前では、できるだけ大人のように、弱い自分を見せないようにしてしまう。
希朝の隣で、彼女が安心して立っていられる自分でありたいと、心の中では少なからず思っているからだろう。
連は落ちついてから、縁側の方の障子を見た。
空間把握が異様に高いのは、気休めにならないものだろう。
「……希夜ちゃん、希朝さんは暫く戻ってこないだろうし、入って来て大丈夫だよ」
「ありゃりゃ、バレてたんやんね」
そう言って、隙間が空いていた障子は開き、希夜が姿を見せた。
希夜は希朝が部屋に入って来た後、ひっそりと障子を開けて覗き見していたのだ。
希朝からは、希夜は深く干渉してこないと聞いていたが、実際は希夜が希朝にバレないようにこっそりと行動しているから知らないだけだろう。
希夜の気配は他の人と比べると、どこか形を捉えにくいのもあると思われる。
希夜が申し訳なさそうに控えているので、連は優しく笑顔を向けた。
今は希夜に聞きたいこともあり、希夜を居づらくさせるのは些か心もとないのだから。
「希夜ちゃんに聞きたいんだけど」
「何を聞きたいんやんねぇ?」
「……希朝さんは、なんであんなに焦ってるの?」
連は正直、希朝がなぜ焦った様子なのかを理解出来ていない。
両親が来るから距離を縮めたい、と言われたが、両親と希朝にどういう関係があるのか理解し切れていないのもあるだろう。
ましてや連自身、両親という存在をあまりよく思っていない節もあるからだ。
希夜は連の事情を知っているのか、少し困ったように首を傾げている。
「希朝ねぇは……細かくはうちからは言えないけど、両親の気持ちに答えたいやんね。だから、周りが見えなくなってる……」
希夜も希朝の変化には気づいていたようで、顔を下に向けていた。
今の希朝を見ていたくないのだと、見て理解できるほどに。
顔を上げた希夜は、半笑い気味なのに、こちらを見てくる瞳は確かに真っすぐ向いている。
「希朝ねぇの両親は、希朝ねぇをしっかりと見ていてくれたから……きっと、連にぃを婿入りにする、っていう話を叶えたいって気持ちが先行しすぎてるんやんねぇ……」
「しっかりと見てくれる両親……」
「れ、連にぃが気にすることじゃないやんね! これは、希朝ねぇが考えないと、いけないことやんね……」
おそらくだが、希夜は希朝が何をしたいのか、何を目指しているのかを知っているのだろう。ただ、連には話せない、そんな事情に遮られているだけで。
連自身、希朝の両親の事を知らなかったのもあり、希夜との話は頭の中に入れておいた。
ふと気づけば、吸い込まれるほどに広がる夕焼けのようなピンクの瞳は、連をしっかりと見てきている。
希夜の真剣な視線に、連も答えるように目を合わせる。
「連にぃ……これはうちの我が儘やんね。希朝ねぇを、婿としてじゃなくて、家族として希朝ねぇを見てほしい……」
「……家族として」
「うん。家族として連にぃを迎え入れてくれた、希朝ねぇのように」
希夜の確かな想いがヒシヒシと伝わってきたのもあり、連は頷いた。
「分かった。希朝さんと話してみるよ」
「連にぃ」
「どうしたの?」
「……希朝ねぇの為を思って動いてくれて、ありがとうやんね」
「か、感謝されるようなことはしてないよ。ただ、僕も希朝さんが焦る姿を見ていたくないだけだから……」
「あれ? うちは一度も、希朝ねぇが焦る姿を見たくない、って言ってないやんね」
「……そう顔に書いてあったんだよ」
希夜がにまにまと笑みを向けてくるのもあり、連は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
連自身、希朝には感謝してもしきれないほどの、優しさという名の温かさをもらっている。だからこそ、自分の両親と離れて理解できた、世界の広さを受け入れているのだ。




