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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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14 妹の家族の距離感

 重い瞼の奥を叩くように、寒さが肌に染みてくる。


(……もう、朝?)


 十一月にもなれば、夜を超えた朝は寒さをここまで伝えてくるのだろうか。

 秋がひっそりと冬に移り変わるとしても、十一月の始めにしてはひんやりとした、それでいて変に温かさを教えてくる。


 連は重い瞼をあげるように、ゆっくりと瞳に世界の光を差し込ませていく。

 ぼんやりとした視界には、自分の部屋となった天井が薄暗くも映る。

 少しの寒さを誤魔化すように手を動かして、布団を引っ張ろうとしても、ぴくりとも動こうとしない。


 連は小さく喉を鳴らし、どうにか起き上がろうとした、その時だった。


「連お兄さん、おはようやんねぇ」


 耳を撫でたのは、聞き覚えのある、妹になった家族の声だ。

 マイペースながらのゆったりとした声色に、特徴的な語尾を聞き間違えるはずがない。


 ぼんやりとしていても、チラチラと視界に映る特徴的なピンクの瞳と白髪。


 ぼんやりとした視界の焦点が定まった時、連は思わず目を見開いた。


「……え? わぁ――いだっ!? き、希夜ちゃん……き、気のせいじゃない、た、食べられる……」

「人を妖怪みたいに言わないでほしいやんね!」


 上から覗いてくる希夜に驚いて飛び起きた拍子に、連はベッドから転げ落ちて、床と熱烈な朝の挨拶をした。


 驚かれるとは思っていなかったようで、希夜が少し乱れた自身の前髪を触りながらも、頬を膨らませながら連を見ている。


 寝込みを襲われて希夜に食べられるとばかり思っていたのもあり、連は落ちつくように呼吸を整えた。

 ふと時計を見れば、まだ日の昇らない、連が起きるよりも更に早い時間を示している。


「……お、おはよう。……こんな早くからどうしたの?」


 連自身、希夜が勝手に部屋に居る事はむしろ慣れた方だ。

 どちらかと言えば、希夜は部屋に帰って眠っているので、朝から部屋に居られるのに困惑している。

 連が自然と首を傾げたのもあってか、希夜は少しだけ口角を上げた。

 悪戯な笑みを携える希夜には、少々骨が折れると言うものだ。


 そして希夜は、わざとらしく口許に細い指を当てている。


「そうやんね。連にぃと距離を縮めたいやんねぇ」


 希夜の唐突なお願いに、理解が追い付かなかった。

 実際、希夜は希朝よりも積極的に関わってくるので、距離を縮められて困ることは無い。だが、希朝からその分、羨ましそうな視線が飛んでくるのもあって板挟みが辛いのである。


 ぽつりと灯る常夜灯に、カーテンの隙間から差し込む暗い自然光の中で話していたのもあり、連はふと電気をつけた。


「やっと電気をつけてくれたやんねぇ。嫌じゃなければ、うちの日課に付き合ってほしいやんね」


 と言って笑みを浮かべる希夜は、ランニングウェア姿をしていた。



 太陽がまだ目を覚まさない時間、仄暗いアスファルトに二つの足音が静まる町中を反響するように響き渡っていた。

 タンタン、タンタン、と一定のリズムで。


 連の走る隣で、ランニングウェアに身を包み、その特徴的な白髪を揺らし、幼い中に宿る元気を溢れ出させるように走る希夜。

 前髪に付いた月がモチーフの髪飾りは心地よさそうに揺れ、スリムな体型は白銀の走り……夜明けに向かって走る希望の美少女のようだ。


「連にぃ、付き合ってくれてありがとうやんねぇ。連にぃの運動服姿、似合ってるやんね」

「あ、ありがとう」


 持っていたランニングウェアがあったので、それに着替えて希夜と走っているのだが、似合っていると褒められるのは悪くないものだろう。

 希夜よりも着られている感が強いのは、希夜の日課となっているランニングによって成り立った姿と、努力と見比べてしまうからだ。

 とはいえ、希夜にこんな趣味、日課があったのは意外である。

 思い返せば、希夜が朝ご飯前に外から帰ってくることは当たり前のようにあったので、希夜はその一面を教えてくれていたのだろう。


(……希夜ちゃんって、距離を詰めるのが上手だよね。……なんか、隠し事を見ているようで恥ずかしいな)


 むず痒くなる中、ただ走った。

 景色が遠のいていくように、慌ただしくも、一定のペースで過ぎていく。

 仄暗い町中に響く足音は二つなのに、心地よさを覚えてしまう。

 未だに寝静まった町並みに、人の気配はないが、遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 木々の葉の擦れる音が、静かにも背を押しているようだ。


 しばらく黙々と走っていれば、水の音が聞こえてくる。

 田舎のような町中を抜けていくと、そこには橋を通り抜けて流れる川……河川敷が姿を見せた。


 まだまだ朝日は覗かないのに、薄暗い中を輝く川は、この時間でしか見られない光景だろう。

 手入れの行き届いていない川岸に生えた長い草花は、静かに吹いた風に揺られ、河川敷に響き渡る音色を奏でている。

 それを遮る車の音は、遥か遠くからしか聞こえてこない。

 連が思わず、そんな河川敷の光景に横目で見惚れている時だった。


「連にぃ、朝の早い時間から走るのは楽しい?」

「うん。見たことのない景色を見れて、楽しい、かな」

「うちも、連にぃと走れて楽しいやんねぇ」


 そう言って、にぃと笑みを浮かべる希夜は、疲れた様子を一切見せていない。

 呼吸すらも耳に届かない程、希夜の疲れは無いに等しいのだ。

 希夜は本当に連と走りたかっただけなのか、隣でこちらのペースに合わせてくれるのが申し訳ないほどだ。


 ふと気づけば、希夜が少しペースを落としたのもあり、連は希夜に合わせてペースを落とした。

 会話がしやすいほどのペースになったのもあって、ゆっくりと呼吸を整えやすくなっている。

 希夜がどれほど走り慣れているのかを、これだけでも理解出来るというものだ。


「連にぃには、今から出す三つの質問にぽんぽんと答えてほしいやんね」

「三つの質問?」

「そうやんね」


 希夜の目的は日課を見せるというよりも、希朝の目の無い場所で話をするのが目的だったのだろう。

 連が頷くと、希夜は嬉しそうに瞳を輝かせた。


「連にぃは、希朝ねぇの事をどう思っているやんね?」

「希朝さんは、凄く優しくて……今の僕にとっては……必要不可欠だと思ってる」


 答えになっているかは不明だが、出来るだけ思ったことを口に出した。


「連にぃは婿として入るのを受け入れているの?」

「……前の家は、僕の居場所が無いから……必然的に受け入れるしかない、かな」

「そうやったやんね、悪い事を聞いたやんねぇ……」


 連は思わず手を振り、希夜が悪いわけではないと誠意を示した。

 連自身、以前の家は出来るだけ割り切っているつもりだ。ただ、両親という戒めだけが、頭の中を離れないだけで。


 走っていなければ、悩んで立ち止まってしまっただろう。


「これで最後やんねぇ。――家族は、好き?」

「……星宮家は、好きだよ。居心地がいいから」

「ならよかったやんね」


 まるで自分事のように喜んでくれる希夜は、人の悲しみも、喜びも知っている、そんな感受性の高い子なのだろう。

 希夜の質問は何かと思うところはあったので、自己分析をする際には思い返してみてもいいだろう。


 希夜が満足げに頷いてくれているのもあり、連はホッと息を吐いた。

 走っているのに、どこか疲れた息ではなく、自然とこぼれた息。


「連にぃは、希朝ねぇと真逆のようで、実際は似た者同士なんやんねぇ」

「うーん、そうなのかな?」

「うちから見たら、二人はお似合いやんね」

「希朝さんをよく見ている希夜ちゃんのお墨付きは、ありがたいものだね」

「お、お世辞とかじゃないやんね。うちは、本当に希朝ねぇと連にぃが結ばれてほしい、そう願ってるだけやんねぇ」


 可愛いことを言ってくれる希夜に微笑めば「笑ってるやんね」とムスッとされた。

 ふと気づけば、希夜が軽く呼吸をし、胸元を膨らませている。

 お世辞にもふくよかとは言えないので、見ない方がよかったのではないか、と連は心配してしまう。


「連にぃはむっつりやんねぇ」

「む、むっつり!?」

「えへへっ。連にぃ、ペースを上げるけど、うちに付いてこれる?」

「中学生の希夜ちゃんに負けるほど、僕は変に鍛えてるつもりはないよ」


 そう言って、ペースを上げた希夜を追いかけた、数時間後。


「……連さん、朝ですよ、大丈夫ですか? 希夜ちゃんのランニング、早朝前から六時までは走っているので、これを機に付き合うのはやめた方がいいですよ」


 現在、連は星宮家の玄関前で地にへばっていた。

 そんな連を見て、希朝は呆れたような視線を向けている。


「流石に、キツイ……」

「はあ。これ、飲み物です。この後は学校があるのですから、しっかりと数分でも体を休めてくださいね。今日のお弁当は私が作りましたので」

「あ、ありがとう」


 何気に心配をしてくれる希朝に、連は上がる頭が無くなりそうになるのだった。

 ちなみに、希夜は先に帰ってきていたようで、それで心配した希朝が待っていてくれたのだとか。

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