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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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12 ご褒美はまやかしか、立ち止まらない為か

 数日も経てば星宮家での生活や、当番という名の炊事や洗濯にも慣れはじめるというものだ。

 どちらかと言えば、連の周りが異常だった、という方が正しいからだろう。


 この日、連は和室で勉強ノートを開き、希朝と希夜、二人の姉妹と一緒に勉強をしていた。

 ノートに文字を書き終え、次のページへとめくる。


「希夜ちゃん、ここがこうなるから、ここに繋がるのですよ」

「希朝ねぇは教えるのがいつも上手やんねぇ」


 笑みを浮かべてしっかりと聞いている希夜に釣られて、見ている連も思わず口角をあげてしまいそうになった。

 現在、二人は中間テストの勉強をしているようだ。

 中高一貫校であるためか、中間テストは共通の日付になっているらしい。


 そんな事もあってか、希朝は自身への理解を深めるついでに希夜に教えているのだとか。

 どちらかと言えば希朝がただただ希夜と一緒に居たいから、という事情を含めて一緒に勉強しているのだろう。実際、数日ほど同じ屋根の下で過ごした連は、希朝の様子から見て少なくともそう理解できている。

 とはいえ、姉ながらしっかりと妹の面倒をみているのは、良いお姉さんなのだろう


 ちなみに連は今月からの転校生ということで、クラスメイトとは違う範囲のテストを受けることになっている。


 二人の邪魔をしないように微笑ましく見ていたのだが……不意に希夜と目が合った。


「……えっと、どうしたの……?」

「……はぁ、希夜ちゃん」


 軽く動揺していると、理解したようにため息を吐く希朝は、希夜の唐突な行動に慣れているのだろう。


 まじまじと見てくる希夜は、悪戯に笑みを浮かべた。

 白髪のショートに、ピンクの瞳も相まって、小さな天使なのにまるで小悪魔のようだ。

 と連が不意に思えば、希朝からはムスッとしたような、独り占めをしたいと言わんばかりの視線が飛んでくるので何故か板挟み状態である。


「うち、連にぃにも教えてもらいたいやんねぇ」


 希夜は指を口元に当て、上目遣いで連を見てくる。

 小さな小悪魔に加え、甘え上手の妹のようで、心理的には照れくささの方が上にくるというものだ。

 連が軽く頬を掻くと案の定、希朝からは刺さるような視線を飛ばされている。

 連はハッとなって、首を横に振った。


「どこを教えてほしいの?」

「ここやんね」


 希夜が指をさした箇所を見た。

 希夜の教えてほしいと言っている範囲は国語なのもあり、正直なところ、担当課目の先生の基準であるのが大きい点取りになるだろう。


 連は少し考えてから、自身のノートの余白に文字を書きだした。


「そこの範囲なら、二つの答えが出る可能性もあるから、前と後ろの文章の表現を正確に捉えられるようにすると、問題に対する答えが出しやすくなるよ。こんな感じに」

「……連にぃも教えるのは上手いんやんねぇ。でも、鈍感やんねぇ」


 希夜が悪戯に見てくるので、連の頭にはハテナマークが浮かんでしまう。

 ふと気づけば、希夜の隣に座っていた希朝は、希夜を呆れたように横目で見ている。

 希朝の視線から察するに、希夜がニマニマしている時は邪な考えでもしているのだろう。


「……鈍感?」

「そうやんねぇ……だって、連にぃは答えばっかり見て、のあね――ふぐ、あううぅ」

「きぃちゃん? ちゃんと勉強、しようね?」

(……ひっ)


 希朝が希夜に対して圧をかけるような重くも優しい声色をしたのは理解出来るが、聞いていた連すらも恐怖を感じてしまったほどだ。

 希夜は希朝に口を塞がれていたが、塞がれていた手を離されると、慌てたように顔を青くしている。


 希夜は恐らく、希朝を一番怒らせてはいけない、と理解しているのだろう。

 実際、連もちょっとしたミスをした際に、希朝から冷たく背筋に届くような声色で諭されているので痛いほど理解している。


 希朝がノートに視線を戻した時、希夜はお茶に口をつけてから、落ち着いた様子で連を見てきていた。


「ねえねえ、連にぃ」

「希夜ちゃん、どうしたの?」

「中間テストで良い順位を取れたらー、ご褒美がほしいやんねぇ」


 欲した幼い子のように無邪気な視線を向けてくる希夜に、連は正直困惑していた。

 連自身、過去に一位を取っても、誰も見てくれなかったからこそ、ご褒美というものを理解し切れていないのだ。

 ご褒美が無くとも、ただ完璧と言える領域を保つ、それだけが連という存在を構成していたのだから。


 連は少し曇り気味だった表情を誤魔化すように、そっと首を振った。それでも、傍でお茶を飲んでいた希朝が横目で見ていた事に、連はついぞ気づかなかった。


「えーっと……希夜ちゃんはどんなご褒美――」

「連さん、甘やかしすぎですよ」


 言葉を割いたのは、希朝だ。

 希朝は落ちついた様子でこちらを見ているが、その瞳の奥から揺れない意志を感じさせてくる。


 希夜は期待していたのか、ぷくりと頬を膨らませていた。


「希朝ねぇはいつもうちを甘やかしてくれるやんね」


 希夜が言う通り、希朝はどちらかと言えば希夜に甘々だ。

 世間で言う所のシスコン、と言ってもいいほどに希朝は希夜に甘い一面が多々ある。

 学校では確かとも言える程の遠距離なのに、家では人が変わったように希夜を甘やかす存在になるほどだ。


「いつでもご褒美がある……そのまやかしはいずれ、自分を苦しめますから」


 希朝は聞いていないのを前提で話を進めるらしい。


(苦しめる……か)


 結果を出せて当然だった、当然でなければいけなかったのもあり、ご褒美があると思ったことは無い。それでも、期待をしてしまうほどに苦しむのは知っている。


 少しでも見てもらいたいがために背伸びをしても、一切興味を持ってもらえない……そんな幼少期に慣れてしまった日々があるのだから。


 希朝はきっと気づいているが、敢えて触れないように、遠回しで伝えているのだろう。

 相手を傷つけないで気づかせる……そんな優しさと厳しさを併せ持つ希朝だからこそ、成し得る言葉遣いと言える。


「希朝さんなら、どうするの?」

「そのゴミ、捨てておきますね」

「……便利な言葉やんねぇ」


 希朝の『そのゴミ、捨てておいてください』の派生は便利すぎると言ってもいいほどに深い意味がある。

 前を向く希朝を見ているからこそ、言葉に確かな意思を感じるのだろう。


 連としては、未だに捨てきれない、束縛され続けている過去があるので見習いたいものだ。


 ふと気づけば、艶のあるなめらかな長い髪が視界でふわりと揺れた。


「お茶を入れ直してきますね」

「希朝ねぇ、誤魔化すの下手やんねぇ……」


 希朝が三人分のコップを回収し、和室を後にしようとした時だった。


「……連さん、私はあなたの過去を少なからず知っています。だから、触れたくなければ触れなくても大丈夫ですからね」

「えっ、希朝、さん?」


 名を呼ぶ声は空を切り、障子の閉まる音だけが残った。


(……触れなくてもいい。……ご褒美、か)

「連にぃ」

「うん?」

「希朝ねぇはああ言っているけど、本当はご褒美が欲しいやんね」


 希夜は頭を少し傾けてから可愛らしく頬に指を当て、シーッと言わんばかりに口許で指を立ててみせる。

 希朝には内緒にしてほしい、という妹である希夜の気遣いだろう。


「希朝ねぇは自分を正すために自分には厳しいけどね、人からの贈り物は素直に受け取るんやんねぇ。だから、妹のうちじゃなくて、連にぃがあげてほしいやんね」

「希夜ちゃん。でも――」

「でもじゃないやんね。……連にぃは希朝ねぇのお婿さんやんね……だから、その一歩ってことでうちが教えるやんねぇ」

「……流されてる気がするけど、やってみるよ」


 今のままでいれば、きっと連は自分が変わらないままだと理解している。だからこそ、希夜へのご褒美を含めても、希朝にご褒美をあげる、というのは新たな為見だろう。


 その後、連は希夜にご褒美をこっそりと教えてもらったが、戻ってきた希朝に羨まし気な視線を向けられて気まずくなるのだった。

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