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4-2 仮初の信頼

「飯を食ったら交代で見張りにつく。隊長の早駆けは容赦ないからな、あまり腹に物を入れるなよ」


「かしこまりましたわ!」



 荒野の中で夜の帳が下りる。星空の下で焚き火を囲み、二つ目の休憩場所に辿り着いたアギアは再び食事中である。

 アイリスの底抜けに明るい声を聞いて、隣に腰掛けた老兵は顔を顰めた。

 

「姫さん、それもやめてくれ。アギアは沈黙が了承だ」


「では、沈黙でなければ了承ではないのですね?」

「ああ言えばこう言う奴だな。どんな条件でも上官の言葉に頷くのが軍人なんだよ、覚えとけ」

 

「……」




 白と黒の入り混じった顎髭を動かした彼は苦笑いを浮かべ、アイリスの頭にポンと手のひらを置いた。


「姫さんが何をしに黒の国に来たのかは知らん。だが、俺たちは〝死に頭〟だ。ここで死んでも今後に支障が出ない兵は〝生き残る〟ことを考えちゃいかん」

「それは存じております」

 

「分かっててその感じなのか?」

「えぇ。城の守りに関しては近衛がおります。

 私たち新人を連れていけば修練になりますし、死んだとしても今後に影響しません」

 

「驚いたな……なんでそういう所だけ気風がいいんだ?変な奴だな」


「城育ちなのに、飯に文句も言わないしな」

「馬車の移動でも尻が痛いだろうがへこたれないな。聖女様は馬車に戻ったが」

「隊長もホッとしてたな」




 穏やかな会話が続き、彼らは一様に少し離れた場所に天幕を張った聖女と隊長アステルに視線を送る。

 二人は彼らとは違う食事をしているようだ。


「俺たちは硬いパンとチーズ、水だが王族のメシはどこでも変わらんのか?」

「アリ、おやめなさい」


「別に文句じゃない。アイリスが文句を言わないのは不思議だと言っているだけた。お前さんも果実や肉、柔らかいパンを食ってたんだろ?」

「それはそうですけれど。私たちには温かいスープがあるじゃありませんか」


「具は豆だけだが」

「持ち運べる食料だからこうなのでしょう。緊急任務でこれなら、遠征の場合は……」




 テオとリュイの視線を受け、老兵たちはニヤリと嗤った。

 

「俺たちは遠出に行かないからな、その苦労は教えてやれん。年寄りは足腰が弱い。だが、この前東の果てに行った奴らは現地のカエルがご馳走だったってよ」

「まぁ……」 


「カエルはタンパク質だと思うしかないだろうが、キツイ話だぜ」 

「僕は食べないからね」 

「わたしも遠慮したいです」

「……はぁ……」


「しのごの言わずにさっさと食べてしまいましょう。カエルさんがどんな味なのか楽しみですわね!」




 その場の全員が沈黙し、彼女の発言にかぶりを振る。アイリスの輝く眼差しの向こうでは兄妹のささやかな笑い声が聞こえていた。


 ━━━━━━



 深夜0:00、アイリスは用意していた皮袋に入った水と硬いパンのスライス、チーズを持って天幕を出る。見張りの交代で戻ってきたリュイが彼女の姿を見て首を傾げた。


「なぜ食べ物を持っているのですか?」

「必要だからです」

 

「足りなかったのならその時に言えばよかったでしょう。もう調理場は片付けてしまいましたよ」

「問題ありませんわ。おそらく温かいものは口にされませんから」

 

「…………?」




 アイリスの言葉にさらに首を傾げたリュイは、長めの前髪をかき上げる。空灰の瞳が意味ありげにじっと彼女を見つめても、何も変化は起きなかった。

 彼は彼女への疑問を口に出さず、絆されて勝手に喋るのを期待していた。だが、あっさりと裏切られて少々面を食っている。


「リュイはそうやって見つめるのが武器なの?」

「すみません、つい癖で」

 

「ふふ、そうやって色んなことをお聞きになってきたの?私にはできない技ですわね!」

「……そんなことはない。あなたにも、」

「さぁ、守備交代ですわよ!しっかりおやすみくださいな」


 アイリスは彼の肩をパン、と叩いた。意外にもがっしりした体つきに驚いて目を開き、ぶつぶつ言いながら天幕を離れていく。


「どうしてあんなに筋肉があるのに細身に見えるのかしら。アステル様も、アリもテオもリュイも、みなさんガチムチですのに……」

 




「ガチムチってのは何だ?」

「わたしが知っているとでも?」

「白の国のお偉いさんが知らないなら、俺が知らなくても問題ないな」

「では私もだな」





 月光に照らされたリュイのもとに、新人隊員たち全員が顔を揃えた。老兵たちは皆仮眠中だ。聖女が眠るのを待ち、出立の予定だったが、アイリスの同僚は誰一人眠ってはいなかったのだ。


「僕は知ってるけど言いたくない」

「ほぉ?お前さんはアイリスのことなら何でもわかるのか」


「アリが言う通りだったらいいけれど。アイリスが何故ご飯を残したのかは知らないよ」



 カイの言葉を皮切りに、彼らはひっそりとアイリスの後を追ったのだった。


 ━━━━━━

  

「――誰だ」

「アイリスです」




 緊迫した声に、努めてやわらかく返答したアイリスは物陰から姿を現す。

アステルは腰に下げた鞭に手を伸ばしかけ、すんでのところで止めた。


「残念ながらキッチンには食べ物が残っておりませんわ、移動のためにおじいちゃまたちが綺麗にしてくださいました」

「おじい……そうか」

 

「こちらをどうぞ」



 アイリスが外套の中からチラリと食べ物を覗かせて、アステルに微笑みかける。彼は驚き、目を見開いた。

 

「あなたはお食事をされていらっしゃいません。ですから、用意しておきました」

「なぜそれを?」


「あれは聖女様のためのお食事でしたから、口にされなかったのでしょう?この量では足りないと思い、干し肉もコッソリお持ちしました!」

「…………」


 アイリスはそのまま彼を通り過ぎ、聖女の天幕へ歩き出す。呆然としたままのアステルは彼女を追いかけるしかなかった。




「寝ずの番をなさっているのでしょう。私がお供いたしますから、ご褒美として質問をさせてくださいませんか」

「まさか、新人隊員に褒美をねだられるとはな」

 

「これは正当なものですわ。上下は関係ありません。こと、食べ物におきましては全ての生き物が平等ですから」

「ふ……まぁいいだろう」




 辿り着いた天幕の前にある焚き火はすでに鎮火されている。本来広い場所で見張りをするなら大きな火を熾すのが普通だが、これにはきちんとした意味がある。

 月の明かりを頼りに腰掛けた彼は食事を受け取り、アイリスは天幕の前に仁王立ちになった。


 


「この場合隣に座るんじゃないのか?」

(アステル様のお隣りになど、座れるわけがありませんわっ)

「声を控えなくていい。パナシアは耳栓をしている」

「こほん。そ、そうですか」


 小さく咳払いした彼女を見つめ、アステルはパンを齧る。いつも兵士たちの食べ残しを口にしていた隊長は「久しぶりにまともな固形物を食べたな」と呟いた。




「いつもこのようにお食事をされているのですか?」

「あぁ」 

「改善すべきです。腹が空いては(いくさ)にならぬ、ですわ」


「妙な言い回しだが、確かにそうだ。オレは携行食を持っているから問題ない」

「いけませんよ。疲れた体には塩の効いた温かいスープと、焚き火で炙ってやわらかくしたチーズ、カリカリのパンが効きますの」

 

「…………腹が減ることを言うのはやめてくれ」

「すみません」


 


 硬いパンを齧ったアステルは鎮火した焚き火の跡を眺め、口を開く。

 

「なぜ焚き火を消したかわかるか?」

 

「人の目でも夜に慣れます。月明かりがあれば人影は見えますわ。

 焚き火があると闇が深くなりますから、この場合は消すべきでしょう」 

「それから?」


「……推測になりますが、このあたりにいる野獣たちは賢いと聞きます。『火があれば人がいる』と覚えているのではありませんか」

「あぁ、その通りだ。よく学んでいる」


 

 

 最後の一口を口に放り込み、彼は水でそれを喉に押し流しながら「それで、質問とは?」と目線で促す。

 アイリスは破顔し、胸元からメモを取り出した。


「まずはこの状況から……星隔帯への出向は刺客が城に現れた時点で〝計画されたもの〟だと推測されたはず。なぜこのような小隊で出立されましたか」

「『近衛を減らすな』と王の宣下があったからだ。隊内部に刺客が居ても困る」


「では、危険を承知で王は聖女様を外に出されたのですか」

「そうなるな」


「そもそも、なぜ城内に刺客が現れるのですか?それこそ近衛がいるはずなのに」

「聖女の身辺には最小限の兵が割り当てられている。アギアはなぜか王の警護につくことが多いから、刺客の取り残しは日常茶飯事だ」



  

「……、一旦それは置きましょう。聖女様は祝福そのものですのに、刺客がなぜいるのですか?」

「聖女を偽物だと言う一派がいる。宗教団体が大元だ。それから、他国の奴らが聖女を攫って行こうとするのは不思議ではない」

 

「今回の大元()ご存知ですの?」


「知っているがどちらでもない。さて、今度はオレの番だな」

「えっ!?」



 アステルは彼女から視線を外し、物言わぬまま重圧感のある気配を纏う。アイリスは生唾を飲み込み、メモを握りしめた。



 

「お前の質問は新人隊員が出来るようなものじゃない。焚き火の件は知識を持っていたとしても、通常の聖女がどのように扱われているのか知っている」

「それは、伝承の御本で」

 

「青の国には聖女は生まれない。それこそその伝承本に書いてあっただろう。なぜそんなものを人魚が持っている?オレが知っている限り、その内容は紙の本でできたものしか存在しないはずだ」

「…………」


「海中で読む書物は青の国の秘伝でできた紙を使う。水中では紙が溶けるから……そうだろう?」

「はい」

 

「それから、刺客の話だ。お前は二つの大元を示したオレに対して、何の疑問も持たなかった。さらに、そのどちらでもない勢力だと暗に聞き返している。普通はどちらが大元か聞くだろう」

「…………」


「そのメモにはこうも書いてあるはずだ。

 『アギアの入隊式典に何故王も聖女も出席しないのか、新入隊員への貴重な装備下賜は何故か』これにはそのうち答えが出るだろうから、今は言わない」

 

「……は、い」

「頭の中にはオレ達の出自、性格、パナシアの孤独、他にもいろんな情報が詰まってそうだな。

 刺客が現れた時の投擲は見事だった。まるで、最初からそこに刺客がいると知っているかのように」





 アイリスは答えるつもりもなく沈黙してしまう。彼の鋭い視線は戸惑ったままの彼女を貫き、闇に染められた紫が煌めいた。


「最後に一つだけ聞きたい。お前は敵か、味方か」

「みっ、味方です!」

 

「……そうか、ならいい」


「なっ、え??」

「信用してやるって言ってる。何か不満でもあるのか?」


「ございません、けれど」




 アステルは立ち上がり、アイリスの細い肩に手を置いた。彼の鋭い視線はなりを顰めて柔らかい色を浮かべている。


「あの時、初めて人を殺したんだな。手が震えてた。そんな奴が刺客じゃないことくらいわかる」

「は、い」

 

「そのうちに慣れてしまうが、あの時の衝撃を……心の揺らぎを忘れるな。残酷な話だが、パナシアを任せるなら人の命を思う人であって欲しい」

「――っ」

  

「女性のアギアがずっと必要だったんだ。お前は生き残れ」

「……はい」



 天幕内に入っていった彼を見送り、アイリスは一人闇の中で身悶えていた。

アステルにとりあえずは信用してもらえたのだ、という喜びに震えながら口からまろび出そうな悲鳴を必死で抑えた。




 


  

 





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