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4-1 飲み込んだ言葉

「まぁ……それでは、人魚の涙は想い人がいなければ真珠にならないのね?」

「はい、おっしゃる通りですわ。私は真珠になりますが、姉たちは他の鉱石……例えばアクアマリン、サファイア、タンザナイトになります」


「そうなの?涙にも個性があるのね!カイは?」

「僕はブルートパーズですよ、聖女様」

「まあっ!と言うことは想い人がいらっしゃるのね!?」


「……はい」

「そういえば、カイの想い人は誰なの?私、聞いたことがありません」

「そうだろうね。アイリスにはわからないと思うよ」




 カタカタと揺れる馬車の中、カイは遠い目をして外を眺めている。

首を傾げたアイリスを除き、馬車の中の人員は『なるほどな』と納得していた。


「アイリス、涙に個性があるなら……宝石言葉の意味が関係するのではありませんか?」

「はい、そうだと聞きました。ブルートパーズの宝石言葉は『友情、希望、誠実、潔白』です」


「そうか、やっぱりな」

「ちょっと、アリは黙っててくれる?」

「察した」

「お前、大変だな」

 

「テオもリュイもやめて」


 馬車の中の男たちはかわるがわるカイの肩を叩き、同情の眼差しを向けた。聖女までにも同じ視線をもらい、カイは頭を抱えて項垂れる。


 いつの間にか仲良くなったのね、と三人見て納得したアイリスはカイの気持ちには到底気づくはずもない。そして、ふと聖女が敷いたクッションに視線を落とした。

 



 

「あの、聖女様……今からでも遅くありません。アステル様の護衛される馬車にお戻りになりませんか?」

「いやです。こうしてお話がしたいの」

 

「ですが、兵士用の馬車ではお尻が痛くなってしまいますわ。あちらの方がしっかりしたクッションでしたよ」



 アギアの面々は全員木の板の上に座り、馬車が走る衝撃のままに体を揺らしている。聖女パナシアは兄の護りがある馬車を嫌がり、何故かアイリス達と共の馬車を選んだ。

 アステルも最初は眉を顰めていたが『刺客へのカモフラージュになるだろう』と、中間地点までの移動時間は自由を許してくれたのだ。




「星隔帯に行くだけです。何かがあったとしてもあなた達が守ってくださるわ」

「それは、そうですが」

「私はアイリスとお話がしたいの。同年の女の子はお城にほとんどいません。

 ……仲良くしてくださるでしょう?」


「――くっ!!!」




 聖女パナシア渾身の上目遣いをまともに浴びたアイリスは身を捩り、自分の胸を掴む。肩を震わせてただただ『可愛い、尊い』と繰り返した。


「アイリス?あの、お胸が痛いの?」

「聖女様、お気になさらず。いつもの事です」

「カイはアイリスを良く知ってるのね、そう……。ねぇ、私の事を名前で呼んでいただけないかしら。皆さん年齢も近いのでしょう?新しい方達はみんな20代だとお聞きしました」




 わずかな沈黙の後、アイリスは彼女の手を握って笑顔を浮かべる。不安げなパナシアは真っ直ぐに彼女の潤んだ目を見つめた。

 

「パナシア様、公の場では聖女様とお呼び申し上げますが、私たちアギアしかいない場所ではあなたのお名前を口に載せる事をお許しください」

 

「!!えぇ!そうしてくださると嬉しいわ!ありがとう」




 アイリスが間髪入れずに答えたのは、聖女の孤独を知っているから。下町で人々に囲まれていた彼女は人好きする性格だ。だが……王城では城下で育った王の非嫡出子は歓迎されていなかった。

 城に来てから受けている王族の教育は厳しく、国に仕える人間は一様に距離を置いている。『聖女』と言う肩書きがある以上、おいそれと親しくはなれない。


 そして、一番の理解者である兄のアステルは彼女を護るために側から離れることが多かった。寂しさに震えた瞳の色は鮮やかさを取り戻し、木漏れ日のように優しい光を灯していく。

 琥珀色のような優しいブラウンはアイリスの言葉に揺らぎ、小さな唇からホッと吐息をこぼした。


 パナシアは兄とは血が繋がっていない。それゆえに髪も目も同じような見た目ではあるが、やや色素が薄いブラウンを抱えている。

 とろけるような大地の深い色に魅入られ、カイ以外の三人は彼女を夢中で見つめていた。





「そろそろ休憩の時間だろうし、テントを張ったら散策でもするか?この辺りには珍しい山野草が多い。パナシア様にも楽しんでいただけるだろう」

「テオは山に詳しいのですか?」

 

「あぁ、私の出身地では薬草を育てていたからな。聖女の仕事にも役立つだろう」

 

「それなら城の畑で作ってるだろ。そもそも薬草を煎じるのはパナシアじゃない。それより、野外でも役立つように山で食える物を教えてやろう。どうだ?」

「まぁ!アリもお詳しいの?そうですわね、木の実や草などで食べられるものがあれば市井の方にも広められますし」

 

「……城下から離れる状況下で必要なのは帰路につくための目印でしょう。わたしが昼と夜と変わる道標を教えますよ」 

「リュイはお空に詳しいのね!それも知りたいわ!みんな私に教えてちょうだい」




 三人の男たちはパナシアを囲み、道中で何をするか夢中で話している。

アイリスはその様子を見て、やはりそうかと改めて認識を定めた。


 彼らは乙女ゲームの中の登場キャラクター、いわゆる攻略対象の男子たちだ。そして、パナシアはこの物語の主人公。些細な会話の一言でも彼女に惹きつけられる。アステルのライバルは、三人もいるのだ。

 アイリスの苦虫を噛み潰したような表情にカイは気づき、彼女の過去に思いを馳せた。



 カイだけは、アイリスの『前世』を少しだけ知っている。それは真珠姫の妄想として捉えていたが……想像上の人物であったはずの『アステル』は存在した。しかも、一寸違わずの見た目、立場、性格で。


 そして、今『星隔帯へ出張に行かなければならない事態』が起き、向かっている……彼女が予見した通りに。

 ――もしかして本当にアイリスは前世を覚えているのか?と思考の海に沈もうとした瞬間、馬車が動きを止める。




「中継基地についた。パナシア、降りてくれ」

「あ……はい!兄上、皆様にお別れの挨拶を」

「しなくていい」

 

 馬車が止まった瞬間に幌の裾が開き、アステルが顔をのぞかせる。彼が差し出した手を握ったパナシアは、あっという間に連れ去られてしまった。


  


「君たちこそ前途多難じゃない?あの『兄上』を何とかしないとだよ」

「「「うるさい」」」

 

「もう!一体何の話ですの?あとを追いますわよ!」


 カイに嘲笑われた三人は不機嫌な様子で馬車を降り、カイは上機嫌でアイリスに手を差し伸べた。

『何があっても彼女さえ存在していれば、他のことはどうでもいい』のだといつも通りに結論づけたようだ。


「さ、行こうアイリス。明日には星隔帯に到着だ」

「えぇ、そうね。気を引き締めて参りましょう」




 馬車から降り立った二人は峡谷に吹き荒ぶ風の中、もう随分前から見えていた巨大な『星隔帯』を見上げる。

 天を衝くように高く聳え、虹色に輝く透明な壁は果てがなく、不自然に世界を隔離していた。



 ━━━━━━


「ここを出立後、夕食を終えたらパナシアを眠らせて早足で森を抜ける。その後星隔帯観察所に到着予定だ。そこからは各自馬で移動するように」

 

 アステルの言葉に沈黙で応えたアギアは、わずか十名。聖女の守護を司る部隊長はその面々の面構えをゆっくりと確認していった。


 新人五名、熟練が五名ととんでもない人選の小隊だ。これは隊長であるアステルが編成した。

 降って湧いたような星隔帯の保守業務、昨晩現れた複数の刺客。それらは明確な危険を現している。

 

 妹のパナシアが狙われていると言う緊張感が高まっている現況では、少数精鋭で旅路に出るしかない。そして、死んでも今後の業務に差し支えない立場の手練を選ぶ必要があった。


 星隔帯へは早馬で駆けても片道最低二日間かかる。十名のアギア、アステルはまだしもこうした環境に不慣れなパナシアを連れている以上、時間がかかるところをここで短略化しようと言う話だった。

 そも、隊長命令であれば疑問を持たず了承するのが常の軍隊だ。しかし、アイリスが手を挙げた。


 


「何か?」

「質問がございます」

「………………質問だと?」

 

「えぇ。私たちは今回の敵の正体を知りません。隊として対応されるのならば最低限の情報、そして全体の動きの目的を教えていただきたいのです」 

 

 アステルは険しい顔になり、ため息を落とした。彼の真横に立った熟練のアギア隊員が彼女に視線を向けて首を振る。

 

「アイリス、口を慎め。隊長の言は提案ではなく命令だ」

「そうでしたの?申し訳ありません。私、軍の様子を存じ上げず……」

 

「――聖女に食事を摂らせる。お前たちも早駆けに支障がない程度に摂っておけ」





 踵を返して去っていく彼を隊員たちは見送り、アイリスは老兵に額をこづかれた。


「最高司令官に直接質問するんじゃない。本当に何も知らないんだな……」

「申し訳ありません。でも、」



 彼女が飲み込んだ言葉の先には、今回の敵をアステル自体が知っているのか。そして、その対処を知っているのか。さまざまな未来を知っているからこその疑問があった。

 彼が選んだ自分たちが最終的に『失われてもいい人材』だとも知っている。だが、彼女は生き残らなければならない。

 

「あのな、そう言うところがダメだって言ってるんだ。とりあえず『でも』はしまっておけ。食事をしながら質問に答えてやろう。ついでに今、自己紹介もしておく」



 ずらりとアイリスの前に並んだ男たちは一様にマスクをしたまま、鋭い視線を投げかけた。彼らの視線を受けたアイリスは口を閉じ、名前と目の色を覚える。


「世間知らずのお嬢さん、俺たちは軍人だぞ。減らず口を叩くのは程々にな」

「……はい」


 


 彼らの揶揄を受け、アイリスは項垂れる。


 そう、ここはもう青の国の王城ではない。確固たる上下関係の存在する軍隊なのだ、と彼女はようやく思い至った。


「アイリス、まずは食事だよ。僕たちは少なくとも同僚で同じ立場なんだから、ああ言うのはなしにしよう」

「まあ、そうだな。軍隊を知らずの姫さんが成績トップだから色々学ばせてもらうぜ」

 

「カイの提案には賛成です。アリは私が頭でっかちだと仰りたいのでしょう?あなたの皮肉はとっても優しいわね」

 

「そうだろうとも。俺はアイリスの味方だからな」

「それも皮肉ですの?わかってますわ、私が一番物知らずだと言うことは」

 

 苦笑いを浮かべたカイ、テオ、リュイと視線を交わした後、彼女の目はマントを翻しながら歩くアステルだけを見つめていた。

 

 

 

 

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