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3-2 月下の取引


 ――兵士宿舎、静まり返った石造りの部屋にアイリスたちは辿り着く。


 アステルから指示があった通り、他の隊員たちとは隔離された離れのような一戸建ての建物が問題児達にはあてがわれた。僅かな布で区切られたベッドと机、椅子。その一式が一人一つ割り当てられているようだ。

 皆がその簡素な作りに絶句する中、アイリスは当然のようにベッドを選んだ。


 

「早い者勝ちということで!ここは私の領地ですわよ!」

「アイリス……何故普通にこの状況を受け入れてるの?」


「カイ!早く隣を取って下さいな!」

「あぁ、もう!」

 

「くっくっ、男の中に放り込まれて動揺しないとはな。俺は向かいのベッドをもらう」


 アイリス、カイ、アリストの三人がそれぞれ手に持った荷物たちを整理し始めると、残った二人も苦い顔をしながら奥側のベッド二つを選んだ。

 アリストの選んだ側には窓がなかったが、彼はむしろ満足げに荷物を置いた。アイリスの背にある大きなフランス窓からは月光が差し込み、星明かりが見える。




「流石に女性と同室はまずいのではないか」

「ええと、テオーリア様。ご迷惑はおかけいたしませんわ。私イビキはかきませんし、歯ぎしりもしません」

「い、いや、そういう事ではなく……」


「〝女性が男性と同じ居室〟というのが問題なのですよ、アイリス姫。あなたは狼の中に放り込まれた仔羊だ」

「リュイ様、は私の出自をご存知ですのね?」



 リュイは人差し指で額を押さえ、涼やかな双眸でアイリスを見つめる。

彼は全体的にアイリスによく似た色だ。シルバーブロンドの髪に灰青の瞳、月光のような透明感の中に真の強さを秘めた美しさ。

 頬の起伏が柔らかく整った目鼻立ちは悲現実感を漂わせる。瞳には曖昧な光を孕み、感情を全て抱えたまま何も語らない。切ない気配と静かさが強い意志を感じさせるようだ。


 薄い唇は開かれることはないまま何もかもを見透かされるような気がする。まるで支配者のような気配が、彼の静けさの奥に確かに息づいていた。

  

 彼は自分の荷物を紐解きながら同室の男たちを見つめ、ため息を落とす。




「あなたのお噂は隊に広まっている事でしょう。試験で度肝を抜かれた官が多数います。恐ろしい程の技師が青の国からやってきた、と聞きました」

「まぁ……」

 

「従者の腕も生半可ではなく、神秘に満ちた青の国から突然現れた手練が誰か……調べたのはわたしだけではないかと」


「そうだな、今回選ばれたアギアの中でも実力の差は明らかだった。ここにいる奴らの情報は調べ上げてるだろう」

「アリスト様もですの?」


「アリでいいって言っただろ。少なくとも俺はお前の敵じゃない。今のところは」

「私のこともご存知か」

 

「知ってるぜ、赤の国の弓の名手『テオーリア・ロゴス』……別名暴走マシーンってな」

「…………」


 アリストの言葉にテオーリアがしかめ面になる。カイはどこ吹く風でいるものの、アイリスはこの雰囲気は好ましくないと考えた。


 


「では、ネタバラシと行きましょうか。私も皆さんの情報は()()()います。ハンデを貰っているようで心苦しかったので、全員に情報を先んじてお渡ししましょう」

「待って。これは司令じゃないの?アイリスが持っている情報を与えたら不利になるんじゃない?」


 カイの言葉にアイリスは(かぶり)を振り、ベッドに腰掛ける。懐から空間剥離――居室を防音室へと変化させる装置を取り出し、スイッチを入れた。


 外から聞こえる虫の音も、木々を渡る風の音もかき消えて、室内のわずかな衣擦れだけが聞こえる。





「これからお話しすることを司令の結果として、隊長に渡せば十分な成果となりましょう。

 その代わり、あなた達は私と協力関係を結んでいただきます。重要な事件がすぐに起こりますので」

 

「――事件?」


「えぇ、もうすぐです。まずはその難関を乗り越えなければなりませんの。

 示せる根拠はありませんが……私が皆様のことを言い当てれば、信頼に値するかと」

「入隊早々取引を持ちかけるとは……とんでもないお姫サマだな?暗器を持っているだけでなく、防音装置まで持ってるし」 


「王位継承権は手放しました。罷り間違っても女王になる事はありませんので、その『お姫サマ』はおやめくださいませ」

「ごほん。話を戻すぞ……事件というのはなんだ?先にそれを聞きたい。もしや、聖女様に関することか?」



 

 テオーリアの真剣な眼差しに頷き、アイリスは慎重に唇を開く。


「明日以降、私たちは揃って北端の星隔帯(せいかくたい)へ出張することになります。武装が必要となる事態が起こります」

星隔帯(せいかくたい)……?星が作り出した隔壁に何か起きるのですか」

 

「リュイ様はご存知ですわね?この星で私たちの出身地であるそれぞれの国……5色公国のみが隔たれた隔壁の存在を」


 

 ――『星隔帯』は人智の及ばない自然の摂理によって形成されたものだ。いつからそうだったのかは、知っているものはいないとされる。「神の手によって引かれた傷痕」や、「星の眠りを守る帯」など神話的な語りが五国共通の認識だった。


 中心に白の国、北から順に4枚の花びらが開くようにして黒、緑、青、赤の国が配置されている。それらを取り囲むようにして国境隔壁、星隔帯がある。

これのおかげで五国は他国の侵略を受けず、逆に外に干渉もできない。



  

 研究者によると、星隔帯は時空の歪みが視覚化されて見えるのだと言う。ごく稀に接触した者がそのまま神隠しのように姿を消し、二度と戻ることはない事例が多数報告されていた。


 

「星隔帯は失われてはならない。好奇心に駆られた者たちは隔壁の一部を壊し、死にました。

 外界から干渉を受けない代わりに、外界からの毒をもらわないための守りなのです」


「隔壁を壊した学者は、外の毒を吸って死んだとか聞いたな」

「えぇ、アリの仰る通り。推測では外界の空気は毒に満たされ、そこに住まう人々は際限なく苦しみながら生きているとされています」


「5色公国は選ばれし民、とかそういう選民思考もあるらしいが」

「白の国ではそのような信仰がありますわね」

「…………」



 

 リュイは苦い顔をして目を逸らした。彼の出身である白の国は『神聖国』とされている。聖女を世に遣わす神を信仰し、五国平定を成すという使命があるとして他の4国へ圧力を加えている。


 中心に位置するからこそ他の国が攻め入ればひとたまりもないが、そこは信仰によって守られている。

 初代聖女の墓地が白の国の地下にあり、それがなければ世を救う聖女が生まれる事はないとされるからだ。


 他の四国から畏敬の念があるのか、それはなんとも言えないところだが。定期的に国が乱れて聖女が必要となる世界の理を持つ以上は上の(くら)に白の国、神聖国を戴がなければならない現状だ。




 

「アイリスは、俺たちが選ばれた民だと思うか?祈れば神に願いが届き、何もかも救われるってな」

 

「はぁ……アリはお話を逸らす天才ですわね。いいでしょう、このお話はすぐに終わらせます。

 選民思考などと言う馬鹿げた考えは、私にとって鼻くs」

 

「アイリス、美しくない言葉」


「……おほんっ。つ、爪の先にも満たない戯言です。信じるのは自由ですが、与えられた環境を最善にするのは自分自身。()()に救ってもらおうと考えること自体、浅はかですわ」

 

「確かにな」


 


 カイの指摘に冷や汗をかいたアイリスは、どうにか誤魔化したつもりでいる。しかし、話の内容にも彼女の様子にもアリストがニヤリと嗤った。


 男達は心臓を突き刺されたような衝撃を受けていた。

先ほどの話は彼らにとって最高の皮肉だろう。聖女の誕生を待ち、国を救って()()()()としている世に生まれたのだから。それを言ってのける姫君の言葉を胸に染み込ませた男達は、静かに続きを待った。


「では、まず皆様に信じていただくために私の把握している情報をお渡ししますわね、まずはリュイ様から。あなたは……」




 アイリスから明かされる情報に、彼らは次第に彼女への認識を変える。すべての内情を知っているのはアギアの中で彼女だけだ。

 隊長であるアステルは不穏な気配を察知していたが、国家機密級の情報を持つ者がいるとは想定していない。

 

 それは、アイリスが前世で得た知識。この世界が『乙女ゲーム』であるからこそ得たものだ。

アステル、リュイ、テオーリア、アリスト、そして本来ならばカイも攻略対象の男性であるはずだった。


 そんな中で彼女は、アステルただ一人を聖女と結びつけることを使命としている。

 

 生まれたその日から、産声をあげたその日から、ずっと――




 ━━━━━━



「――兄上、あれは夏の大三角ですわね!ベガ、アルタイル、デネブ!」

「あぁ、そうだ。それぞれが属する星座は?」

 

「……ええと、」

「星座がいつまで経っても覚えられないな。ベガはこと座、アルタイルはわし座、デネブははくちょう座だ」


「むぅ……そもそもの星座がおかしいの!それらしい形をしてないんですから」

「確かにそうだ。さて、お茶が入ったぞ」


 


 月明かりとランプの灯に照らされて、二人は小さなテーブルに向き合った。

ハーブティーの湯気に包まれながら、吐息をひとつ。


 暑い夏の盛りといえど、夜は涼しい風が吹いている。夜風の冷たさに肩を震わせた彼女を見て、彼は自分の上着を差し出した。


「夜は冷える。上着を忘れるなって言っただろう」

「兄上がいるなら、必要ありませんわ」

 

「全く……でも、そうだな。オレの上着はお前のものだ」

「そうよ、兄上の上着も、兄上も、私のものなの」

 

 二人の笑い声が柔らかく広がる夜の庭園、そこは月夜の中に白い薔薇が咲き誇る。甘い香りの中で寄り添い、空を指さしては言葉を交わしてまるで恋人のように微笑み合う。



(くーっ!!!これ!これですわ!!私はこれを見たかったんです!!!!!!!)



 アイリスの奇怪な心の声は、誰にも聞こえない。


 わずかなささやきや空気の揺れを察知している――アステル以外には。



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