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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
終幕へ

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10-1 誓願

「お恵みを、お恵みを……」

「痛い……お腹が痛い」

「助けてください、食べ物をください」



 足元に縋りついた人々は、口々に救いを求めている。纏った衣服は浮浪者のように汚れてひどい臭いを放っていた。

 城下町にはこういった人たちがあふれ、商いのために店を構えた者は木箱に座ったまま虚空を見つめ気を散じている。

店先に並んだ商品はすべて腐り落ち、乾いて原形を留めていなかった。もはや何を売っていたのかわからないほどに。


「……街に転移したのは間違いでした。座標を変えます」


 俯いたリュイは苦しげに瞬き、目を閉じて神聖力の光を放つ。何も言えないままアイリスは民衆を見つめ、痛む胸を押さえた。




 ――ここは、白の国。神聖国メセオ。

 星隔帯を維持することで絶対的な信仰を持ち、聖地であった。


 だがゆえに、何の産業も持っていない。五公国の信仰を集めていたはずが、いつしか集められる金貨は少なくなった。

 それは、星隔帯にかこまれた国々が自分の国の管理で手一杯になり、信仰がおざなりになった結果だ。しかし、一番の原因は白の国自身にある。他国からの恵みに依存しきった果てに、この荒廃が生まれたのだから。




「申し訳ありません、見苦しいものをお見せしました」

「リュイ、それを言ってはなりません。国の現実は統制者の責任です。民には何の責任もございませんわ。

 いつから、こんな風だったのですか?」


「私がこの国を発つまでは、ここまでではありませんでした。おそらく戦支度や画策に使った資金が多かったのでしょう」

「…………」




 奥歯を噛み締めたアイリスは瞑目し、膝をついて胸の前で手を合わせる。中空に浮かんだ太陽は白亜の宮殿をまっすぐに照らし、城下の悲惨な様子を見せつけていた。


メセオ(白の国)の現状をどうにかする前に、やらなきゃならない事があるよ、アイリス」

「わかっておりますわ、ゾーイ」


「よし、じゃあもう一度作戦の確認だ」




 気候が安定している白の国は、城にも窓がない。暖かい風が白い柱を通り抜け、薄い紗のカーテンが揺れる。

 リュイの私室に転移して、黒の国からやってきた黒ずくめの一行はようやく落ち着いた。

カイだけが鍵をかけたドアに背をあずけ、守備に回っている。


 毛足の長い絨毯が床に隙間なく敷かれ、壁も、室内にある物も全てが真っ白だ。

その中に佇むアイリス・カイ・ゾーイ・パナシア・リュイの一行は完全に目立っている。

異質さに思わず笑った部屋の主はクローゼットを開けて、一人一人に合いそうな衣服を取り出し始めた。


 必要最低限のものしかない室内は広々としていたが、そのぶん物悲しさが際立っていた。日々を鬱々と過ごしてきた彼を思い、感じてアイリスは眉を下げる。

その表情も、リュイの微笑みを誘った。




「リュイ、笑い過ぎだよぉ」

「ふ……すみません。皆さんがあまりにも黒いので笑ってしまいました」

 

「確かに真っ黒ですものね、私たち」

「パナシア様はお洋服を変えてもよろしかったのでは?聖女の装束がありましたのに」


 ふるふる、と首を振った彼女はアイリスに笑みを返し、彼女の手を握った。


  

「私、戦場に行って初めて現実を知ったような気がします。本当は最初から、こうあるべきだったのだと思います。()()()()()のパナシアはあの装束を着るに相応しくありません」

「今更気づいても遅いよ。あんたは毎日の祈りからやり直しが必要だ。神聖力が回復しなきゃ、ただの役立たずだからねぇ」


「ゾーイ、意地悪なこと仰らないで。改心されたのなら、今からがスタートなのですよ」

「ワシはまだパナシアを信じたわけじゃないし、事実を言っただけだよぉ。本当に努力をしてくれれば謝るけどぉ」


「仰る通りです、いいのよアイリス」

「…………はい」

 

「アイリスは自分が一番危険なんだから人のことは気にしないで。しゃんとしててよねぇ」

「うっ……肝に銘じます」


  


 リュイに渡された白い半袖を着て、頬を膨らませたゾーイ。彼はリュイの上着だけでワンピースを着たようになっている。腰に紐を巻き、準備万端になっていつもの三角帽を被った。


「かっこ悪い気がするぅ」

「そんな事はありませんよ。赤いお帽子に白だとサンタさんみたいですわ、かわいいです」

「本当ですね、アイリスの言う通り」


「ん?何そのサンタって?」

「クリスマス……記念日にプレゼントを配り、子供達を幸せにしてくださる精霊のような方ですよ」


「ふん、アイリスが言うならサンタとやらでも何でもイイけどぉ。さっさと話しよ?夕方までにはもう一度おさらいしておかないと、急拵えの作戦だから粗が出る」

「はい。…………その前に、私からお伝えしたいことがあります」




 アイリスは正座に座り直し、自分の服の裾を整える。アギアの隊服を着るのはこれが最後になるかもしれない、と深呼吸し、指先をついて額を床につけた。

 流れるように美しい所作は、前世で巫女をしてきた彼女ならではのものだ。呆然とした3人は、何も言葉が出なかった。

 

「夢見で未来を知ったなどという妄言で、皆さまを欺いておりました。

 本当に、申し訳ありませんでした」




 ハッとしたゾーイは彼女に駆け寄り、肩を掴んで体を起こす。頬をつまんで引っ張り、青い瞳を睨みつけた。


「いひゃいでふわ」

「アイリスが悪いの。そういうのやめて。〝ドゲザ〟は最大の謝罪なんでしょ」

「なぜ、それを?」


「昨日パナシアを質問攻めして散々前世の異世界話を聞いたの。

 アイリスがこっそりしていた所作の意味も知った。勝手に懺悔しないでくれる?ワシを死から救ったのはアイリスだろ」

「……はい」


「私たちを目覚めさせてくださったのも、またアイリスでしたよ」

「リュイは、最初から冷静でしたでしょう?」


「あれは、何もかもが面倒なだけでした。どうでもいいことしかなくて、戦争があるならそこで死ねば開放されると思っていたのです」

「そんな、」




 ゾーイとリュイに両手を握られたまま、彼女は俯き唇を噛んだ。

全てを明かさずにいてくれたのは、彼らのためだったと分かり切っていることだ。謝罪など受け取る気は誰にもなかった。

 その様子を見てほっと一息落とし、カイが微笑む。


「カッコイイこと言ってるけど、リュイは僕みたいに現実を受け止めきれずにオロオロしてたけどねぇ」

「カイ」


「アイリスを手籠にしようとしてたしぃ」

「え?そうなの?は?本気?」

「………………すみません」


「手、離してくれる?ワシのアイリスに触らないで」

「ゾーイのではありません」

「リュイのでもないけどね」

「どっちのものでも無いでしょ?そこからアイリスが……」

  


「か、カイ!それまでにしてください。ゾーイ、私がもしリュイの立場ならきっと苦しんでいましたわ。

 誰かに作られた物語の中で生きて、苦しい思いをしていたのですから、何も咎めてはいけません」

 

「ふん、でもアイリスに手を出すならワシも黙ってないから。一生そばにいるって約束したもんね」

「ふふ。えぇ、ゾーイとも、カイとも、ずうっと一緒です」


「私は?」

「リュイは白の国を治めるのでしょう?」

「瞬間移動できますから問題ありません。むしろ王位を手放して、五公国から四公国にしてもいいのですが?私は国を治める資格に未練はありません。あなたのそばに居られるのなら」


「そ、それはその……あの、」


「そう言うお話はまた後で。とりあえず作戦会議してくれる?……外が少し騒がしいから、僕はこのあたりにいる人たちの記憶を操作してくるよ」



 返答する間もなくカイはドアから飛び出して行く。ゾーイは構わず手巻きの紙を取り出し、確認を始めた。

心配そうにドアと図面を行き来するアイリスの視線を受けて、リュイも出ていく。外から鍵のかかる音が、静かな室内に響いた。





「アイリス、集中して。君が作戦の要なんだから。二人は専門家なんだから信じて任せるの」 

「は、はい」


「じゃあ、これから先の行動について一つずつ確認して行くよぉ」



 ゾーイの小さな指がなぞる文字。それは、慣れ親しんだ五公国共通の言葉ではなかった。アイリス・パナシア両名が使っていた前世の言葉である、日本語だ。

 一晩でそれをマスターし「暗号になるね」と紙に書いて見せたゾーイの学習能力に驚きつつ、アイリスは微笑む。


 ゾーイもまたリュイと同じように落ち込んでもおかしくはなかったのに、変わらず前を向いている。アイリスはそれが嬉しかったのだ。



 ━━━━━━



原初の龍(ビギニングス)をこうも簡単に喚び出すとは、驚いたな」



 白の国の地下に作られた泉のほとり、アイリスは肩に負った傷を押さえながら長く息を吐く。

 膝下に横たわったゾーイは、自分の代わりに矢を受けて息も絶え絶えになっていた。


 リュイが彼女と白の国の王の間に立ちはだかり、大きな剣を抱えて臨戦体制のままだ。彼女は硬く握られたその手に触れた。

背後に居るカイに目配せをすると、彼は瞳を曇らせて俯く。




「リュイ、あなたはカイと二人でアステル様の元へ」

「なっ……何を言うのですか!?」


「そうしなければ、私たちはきっと生き残れませんわ」

「できません!あなたをここに置いて行ったら、泉に捧げられてしまう!」


「大丈夫です。……初代聖女様のように時を止められて、死ぬわけではないのですから。そうですわね、マリア様」



 ほのかに光を発し、涙を流している初代聖女。彼女は原初の龍(ビギニングス)の尾に守られ、静かに頷く。

 壁際で伴侶を抱えた原初の龍(ビギニングス)は黒い翼を閉じて、アステルとそっくりの瞳をアイリスに向けた。




(我が今、全てを壊してもいい。アイリスは我が愛しき聖女の魂のかけら。穢らわしき白の国など、滅して仕舞えばよいではないか)


(いけませんわ、この国にも生きる人がいます。罪もなき民衆が。

 一度は白の国の思惑通りに行きませんと、パナシア様も……ゾーイも失ってしまうのです)

(だが、裏切ったのはパナシアだ)

 

 

 アイリスの心に語りかけた原初の龍(ビギニングス)は、鱗を逆立ててパナシアを睨む。白の国の王と黒の国の王と共に並び立つ彼女を。

怠慢な日々に増えたその肉体を赤の泉の水を飲んで無くし、元の姿を取り戻しても心の醜さは変えられなかった裏切り者を。 

 改心して戦場を駆け抜けたパナシアはまやかしだ。黒の国の王の神聖力は『人の体を模した何か』を作り上げるものだった。


 今までパナシアは、ずっと白の国にいた。部屋に引き篭もったその日から黒の国の王も、彼女もすでに白の国の策謀に加わっていたのだから。

 カイも、その手引きを手伝わされていたが最終的には約束を覆された。『アイリスを奪わない』と言う約束を。

彼は動揺を表に出したまま、震える声を絞り出す。




「ね、ねぇ!どうして、アイリスを捧げるの?僕は、原初の龍(ビギニングス)も初代聖女も言った通りに復活させた。

 各国の手引きをして、アリの商人たちにスパイを置いて、戦争を起こしたじゃないか!」 


「あぁ、ご苦労だったな。だが、死にかけより長持ちする方がいいだろう」

「物みたいに言わないで!!」


「アレはモノと同じだ。元々人魚は好かん……生まれながらに魚の鰭を持ち、半身が獣なのだから」

「それだけの理由?僕は、初代聖女を復活させて……力を分けてあげるだけって話しか聞いてないんだけど」


「最初からアイリスが生贄の予定だ。でなければパナシアを、黒の国の王を神聖国に迎えるはずもない」

「何が神聖国ですか!誰かの命を犠牲にして、成り立つ国に存在価値などありはしない!!」



 

 激昂するリュイは、アイリスと繋いだ手を離せない。彼女の体温は驚くほど低く、生命の危機に瀕していると告げてくる。

 ゾーイとアイリスの体から流れる血は床に広がり、彼の靴を濡らしている。彼女を失うなど、考えたくもないと剣を強く握る。

気迫で敵を縫い止めていたリュイの傍で、密かな声が発された。それは、怒りも悲しみもない柔らかなものだった。




原初の龍(ビギニングス)様、マリア様をお見送りください」

「アイリス!!」

 

「リュイ、私はあなたに全てを託します。――どうか、私たちを救ってください。あなたにしかできないお仕事なのです。

……原初の龍(ビギニングス)様、お早く」




 原初の龍(ビギニングス)が頷き、初代聖女を抱えて空に飛び立つ。永きに渡って囚われの身だった彼女は、ようやく土に還れるのだ。

 アイリスはその場に残された赤い宝石を眺め、微笑む。あれは〝ユーディアライト〟と言う石だ。愛と癒しを司るものだが、強すぎる愛は自己犠牲を生む。自分の身を糧にこの世界を守ってきた、彼女の大きな愛が確かな形として残されていた。


 自分と同じ人魚だった彼女を思い、アイリスは血まみれのゾーイを抱きしめる。

手を離した瞬間にリュイはカイの首根っこを掴み、光と共に消え去った。

静寂が訪れた空間に、アイリスとゾーイの荒い息が響き渡る。 





「――ゾーイも一緒なら、私は初代聖女様の跡を継ぎましょう」

「……どうなのだ、パナシア」


「イレギュラーではありますが、泉にはアイリスの血があればいいのです。ただ、問題なのはこれですわ」

「ダイヤモンド?」

 

「えぇ、これはアイリスの涙の結晶。人魚は想い人を番いと定めたら、その血の効力を血族のみに認定します。

 それ以外の方が口にすると、あなたやリュイのように苦しみながらしか、その効果を得られません。しかも、その恵みを()()()()()()()として享受するしかありませんの」

「厄介な……獣の性か。やはり殺した方がいいのではないか?」


「殺して仕舞えば血の効力はなくなります。癒しの力は弱くなりますが、愛のこもった涙を流し続ければ星隔帯の維持はできます。ご覧ください」




 パナシアが、アイリスの涙の結晶であるダイヤモンドを枯れた泉に投げ入れる。すると、地表に触れた瞬間に水が吹き出した。


「ふむ……では初代聖女と同じように時を止めて仕舞えばいいのだな。涙ではないとならんのか」

「いかに時を止めても、血を流していればいつかは初代聖女様のように力尽きます。涙であれば命を削ることはありませんよ、このように水があれば人魚は生きていられます」


「なるほど、では仕方あるまい。その小人の同行を許す。……アイリス、前へ」




 白の国の王は王笏をアイリスに向かって指し、そのまま湧き出た水へと導くように指し示す。

 アイリスはそれに従い、ゾーイを抱えたまま歩み出した。胸元で咳き込んだゾーイは血反吐を吐き出し、瞳を開く。


「ア……あい、りすだめ、だよ」

「ゾーイ、ごめんなさい。あなたを苦しませて。私の治癒は、時間がかかってしまうの」

 

「そんな、の……いい。アイリス、お願いだから、逃げてよぉ」

「それこそダメですよ、あなたを死なせたくないの。

 あなたは私と共にずっと一緒にいてくれる、そう言ってくださいました。約束を破る人ではありませんわよね、ゾーイは」


「アイリス、こんなの――こんなの、」

「ゾーイ、よく聞いて。これは絶望ではありません。……未来を託すのよ。アステル様に、リュイをはじめとした四公国の王弟たちに、そして私が変えてきたこの国の運命に」


「あてにならないなぁ……」

 

「そんなことありませんわ。アステル様は、きっと約束を守ってくださいます。来年の誕生日は一緒にお祝いしてくださるとおっしゃいました」


「…………そう、かぁ」




 泉の中心に立ったアイリスを繁々と眺め、白の国の王は歪んだ笑みを浮かべる。パナシア、黒の国の王も同じ顔をしていた。


 アイリスは一通り彼らを見つめ返し、濡れた地面に座る。泉の水に触れた足は溶け、人魚の形に戻っていく。鱗が輝く様を見て、ゾーイは感嘆のため息を落とした。




「アイリスは、鱗も白いの?」

「えぇ、髪も鱗も白いから、私は真珠姫と呼ばれたのよ」


「そう……とってもきれいだ。また、目が覚めたら、よく見せてね」

「ええ。おやすみなさい、ゾーイ」



 ゾーイを抱きしめ、涙をこぼしたアイリス。白の国の王が王笏を持ち上げ、地面を叩く。


 アイリスの足元から噴き出した水がかさを増し、幼子を抱くようにゾーイを抱えた彼女ごと凍らせていく。

額に口付け、瞼を閉じた今代の聖女は静かに息を止めた。


 瞼からこぼれ落ちるダイアモンドは泉に落ち、波紋を広げる。鏡のように安らかな水面は、彼女が最後までゆらがなかった事を表しているようだった。



 泉に神聖力が満ち、水が青に染まる。輝く宝石はとめどなく生まれ続け、その光を水底に反射させてアイリスとゾーイを神秘的に飾った。

 光に溢れたその泉は、ゆっくりとその波紋を広げ……やがてその神聖な力は星隔帯にまで届いた。



 

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