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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
温もりの中で

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9-3 胎動


「伝令!赤の国からの使者が参りました!」

「こちらも伝令です!緑の国からです!」


「ご苦労さん……これで全ての国から伝令が届いたか。どれもこれも『謎の集団による蜂起』だな?」




 息を切らして巻手紙を渡した兵士はこくりと頷き、会議室の外にいた者に呼ばれて去っていく。

 大きな木の卓を囲み、黒の国の軍隊のトップ、元帥である男が眉をしかめる。


「アステル、アギアの新人たちは?」

「ここに呼んでも仕方ないだろ、あいつらはまだオレの配下だ。あまり情報を与えすぎるのは良くない」

「まぁそうか……さてなぁ、こんな風に四国で一斉に戦が立ち上がるなんて、どこの仕業だ?」



 元帥はアステルよりも体が厚く、背は頭二つ分高い。周りを取り囲んだ鎧姿の男たちも皆大きく厳つかった。

 アステル自身もかなりの背丈がある人物ではあったが、聖女を守る専門部署の彼はこの中では一番小さく細い。

ゾーイに『黒の国の軍人はみんなゴリラ』と言わしめた一員は伝令の紙を眺めてため息を溢した。




「諜報部からはなんの報告もねぇのか?」

「ございません、気配のないところに突然立ち上がった焚き火のようなものですから」

「まぁ、諜報部のいうとおり焚き火だろうな。各国は内政が落ち着く兆候を見せていたんだ」


「アステルがそう言うなら納得するしかねぇか。唯一火の手が上がっていないのは青の国だが」

 

「海が溢れることなどない。あの国は陸への不干渉が常だ」

「だがな、アステル。すでに海は溢れている……お前んとこのアイリスは人魚だぜ?」




 言葉を交わしていた元帥は、アステルの鋭い視線を受け止める。硬質の豊かな髭を扱き、若いアギアの長を見つめた。

 彼自身とて、アイリスを疑っているわけではない。彼女はすでに身内のように黒の国の軍隊に愛されているのだから。


 軍幹部にのみ共有された『アイリスが第二の聖女である』という報せを受けて、さらにその意識は高まっていた。睨む視線がアステルのみだけではなく他の責任者からも感じ、思わず苦笑いが浮かぶ。


 

「アイリスを疑ってるわけじゃない。勘違いするな」

「では?」

 

「海からもたらされた真珠はとんでもなく貴重だった。そんなら協力が得られるかもしれんだろ」

「……あぁ」

 

「そして、彼女を守るアギアには他の国の王弟が揃ってる。

 全ての国が落ち着こうとしていたとは言え、聖女が欲しいのは変わらんよな?そこはどうなんだ」

「彼らも密偵ではない」


「驚いた……アステルが人を庇うとは思わなかったぜ」

「はぁ……情報不足で会議にならないのなら、調査をした方がいい。先遣隊は出したのか?」

 

「はっは、もう出してるぞ。お前さんより軍隊の暦は長いんだから心配するな。

 それでな、アギアの新人たちにはこれを知らせるべきじゃねぇか?祖国の危機だしな」

「国に戻せと?」


「あぁ、自分の国は自分で守らせるのが一番だ。ウチが抱えてていい人材じゃないし、各々の国が戦を収めればいい」

「そううまくいくだろうか。そもそもこの蜂起は何が目的なんだ。犯人がどの国かわからないとは言え、聖女がいる黒の国が一番危険だろう」


「あぁ、だから……」


「――失礼致します!!アギア隊、隊長補佐 アイリス・セレスティアルですわ」




 低い声ばかりが響く室内に清涼な声が通る。小さな小さな彼女は大きな男たちの間を縫ってアステルの横に立ち、背筋を正した。


「アイリス、待って居ろと言ったはずだ」

「隊長のご意志に背いて大変申し訳ございませんが、もう一つ伝令がまいりました。陛下宛に、白の国から」


「国王宛に?」

「はい」



 短く答えた彼女は巻き手紙を広げ、瞬く。壁のような男たちに囲まれても物おじしない姿は彼らの胸を打った。

聖女はすでにアギアの戦闘服に身を包み、臨戦体制になっている。守られる立場でいるつもりはないのだ、と示していた。




「此度の戦乱を受け、当国の『赤の泉』が枯れかけている。直ちに各国は戦乱を収め、平定を為せ。

 黒の国は赤の泉を保つために聖女を白の国に捧げよ――以上です!」



「なるほど、犯人が名乗り出たってわけだな」

「はい、おそらくは赤の泉に聖女を捧げなければならない事態が起きております。

 星隔帯研究所からも伝令がまいりましたが、隔壁周囲の草木が枯れ始めているそうですわ」


「星隔帯が壊れるって事か?」

「それはまだ予測の域を出ません。赤の泉に捧げられた聖女様の遺骸は、永遠に保たれるとされておりました。しかし、世の中を守るうちにその穢れを身に負い、星隔帯を維持する神聖力が尽きてしまう寸前ではないか、とゾーイが言っております」


「……それで、白の国に捧げろってのはどういう意味なんだ?」

「白の国は、聖女が増えたと知ったようですわ。そのうちの一人を寄越せと仰っています」


「アイリス、ダメだ」




 アステルはアイリスの手を握り、すがるような目で見つめた。熱視線に耐えきれず目を逸らした彼女は、元帥へと視線を移した。


「アイリスが行くってのか?」

「みすみす捧げ物になる気はございませんが、星隔帯の消失は五公国の滅亡を意味します」


「じゃあ教えてくれ、白の国に捧げられた聖女は一体何をどうやって赤の泉を復活させる?」





 今度は元帥からも目を逸らしたアイリスは俯き、ついにアステルは歯を噛んだ。その音を聞き、黒の軍隊は瞑目する。痛いほどその気持ちがわかるから。


「ゾーイに聞いてもいいけどよ、アイリスが知ってんならちゃんと教えてくれ。今、この国で一番の聖女はアイリスだ」

「……それ、は」


「パナシアを捧げる気も毛頭ねぇが、お前さんもやらねぇよ。俺たちは独占欲が強いんだ、他の国に聖女をやる気はねぇ」

「しかし、黒の国以外には異なる伝令が飛んでおります。聖女が捧げられれば各国の戦乱を白の国が収める。捧げねば全ての国が滅びるだろう、と」


「星隔帯が壊れるから世界が破滅するってのはそうだろうな。要するにアイリスを出し渋れば他の国が黒の国を攻めかねん、と」

「はい」


「だが、それは猶予があるって事だ。余裕がなけりゃ直でウチに来るはずだが、回りくどいやり方をしてる。赤の泉にも、戦にもまだ手が届く。

 今すぐ結論を出すのは早計だぜ、姫さん」

 

「ですが……ヒェッ!?あ、アステル様離して下さい!!」

「いやだ。君が明言しないと言うことは、アイリスの命が危ないってことだろ。絶対に行かせない」


「ピィ……」

 



 軍隊での会議よりも多くの情報を持ってきたアイリスは、アステルに抱きしめられて顔を赤くしている。謎の鳴き声も健在なほど落ちついていた……先程までは。

 かつて恐れられていたアギアの長が、なりふり構わず彼女を引きとめている。その必死さに、周囲は驚くよりも感心してしまった。


 剣呑さだけを纏っていた彼がここまで変わるものなのか、と。

 


「なぁアステル、アイリスが窒息しちまうぞ。この中で一番小せぇとはいえ、普通の男よりは大分屈強なんだから加減してやれ」

 

「はっ……、すまない。アイリス、痛かったか?」

「ハィ」

「どこか痛めたのか?」

「イエ、アノ、ナントモナイデス」


「さてさて、新婚夫婦はそこまでにしてくれ。対策を立てなきゃならんだろ?」

「そうだな」

「アノ、ハナシテ……」

「いやだ」


「ぷっ……もうツッコまねぇぞ。まぁ、たまにゃ俺も策をひねり出そう。アステル、お前のところの新人を使おうぜ」

「笑うな。新人とはもう言えないが、どうするんだ」


「赤の国、テオーリア。緑の国、アリスト。青の国、カイとアイリス。そして……白の国、リュイ。

 ここまで役者が揃ってんだ。青の国以外は全員王弟って事を忘れちゃいねぇよな?」

「人質にでもする気か?」


「違ぇよ……発想が物騒なのは変わらんな。あー、なんて言うんだ?仲良しこよしでやりゃいいんだよ」

「同盟と言いたいのか?何をするんだ」




 

 始終穏やかだった元帥は自身の長剣を掴み、床に突き立てる。そして誰よりも険しい表情を浮かべて嗤い、口を開いた。


「――革命だ」




━━━━━━




「顔を上げて良いぞ。アイリス……その姿はいかがした。お前は聖女たる資格を得たと聞いたぞ」

「はい……しかし、筆頭聖女様はパナシア様ですわ。私はあくまでアギアの立場を貫かせていただきたいのです」



 謁見の間、アギアの近衛とゾーイ、アステル、アイリスは膝を折って王を拝している。珍しくその隣には気配があり、顔を上げた一同は目を見開いた。


「お久しぶりです、みなさま。アイリスらあなたが私の代理を務めてくださった事……なんとお礼を言ったらいいか」 

「い……いえ、お身体はいかがでしょうか?」


「この通り、元気になりました。それで、緊急事態だそうですわね」

「はい……ええと、」

「俺が代わる」



 アイリスを抑え、アステルが立ち上がった。驚愕したままの兄を見てパナシアはうっそりと微笑む。ここ最近、彼が常に見てきた姿はそこに微塵もなく、たおやかで美しい彼女が腰掛けて彼を見下ろしている。

 不摂生で体重が増え、数日間経ってようやく風呂に入っていた聖女パナシアは、以前の細やかな姿に戻っていたのだ。

動揺を静かに仕舞い込んだ彼は、胸の前に手を置いて騎士の礼を送る。




「――当国を含む四公国で戦乱が起きております。白の国からは聖女を差し出すようにと報せが届いたとか」

「あぁ、そうだ。元帥はなんと?」

 

「まずは四公国の戦を納めるべきとの決です。白の国に対しては時間を稼ぎ、聖女を求めるあまり火種を撒いた罪を問うべきと」

「ふむ……黒の国が白の国を攻めるか」


「いいえ、四公国が手を取り合い白の国を抑えます。赤の泉についてはゾーイが現在対策を立てております」

「間に合うのか?」


「間に合わせましょう。すでに四公国とは同盟の意思決定を賜りました」

「ほう……五公国の形を変えるに、そのように早く同意が得られたとは」


「ここにいるのはアギアの近衛ですが、全員が他国の王弟です。青の国を除いて、ですが」

「なんと!?」




 驚きで立ち上がった王は彼らの顔を一人一人眺め、腰を抜かしたように玉座へと尻を落とした。

 彼らは立ち上がり、それぞれが首から下げたペンダントを掲げる。それは国の継承者が持つ国の宝玉を内包した、王位継承者の証だった。


「赤の国からはじめ、隣接した順に戦を納めます。聖女であるアイリスと共に国を出る許可をいただきたい」

「それは……そうするしかあるまいな、だがアイリスが危険になる、」

「私が行きますわ」


 今度はパナシアが立ち上がり、ドレスの裾を翻しながら壇上から静々と歩み寄る。かしづいたままのアイリスの手を取り、優しく抱きしめた。





「アイリスに全部を任せてごめんなさい。私、神聖力が戻ったの」

「そうなのですか!?」

 

「えぇ、まるで目が覚めたみたいよ。今まであなたにお仕事させていた分を取り戻したいわ。

 いま、力が戻ってもアイリスの神聖力よりも弱いままだから」


 パナシアはあかぎれだらけのアイリスの手に手を重ね、瞼を閉じる。手のひらから溢れた光は小さな傷たちを綺麗に治してみせた。





「私も聖女の端くれだもの、今度は私が役に立つ番よ。アイリスを危険に晒すわけにはいかない」

「しかし、筆頭聖女様はパナシア様ですわ」

「名ばかりの私を保険にするよりも、確実な力を持つあなたを守るべきよ。……そうでしょう、兄上」

「…………」


 アステルは突然覚醒したかのようなパナシアを見つめ、事実だけを受け止めた。ゆっくりと頷き、同意を示す。




「アステル様!私は、」

「アイリス、パナシアの言う通りだ。君はこの国でオレたちの帰りを待っていてくれ。カイを残す」


「でも、あの」

「頼む、アイリス。オレはここに残れない……オレが生き残ることを願うなら、そうしてくれないか。

 待つ人がいて、その人が安全圏にいてこそ本領発揮ができる」



 項垂れたアイリスはゾーイを見つめ、彼もまた渋々と言った様子で頷く。

確かに、アイリスを戦場に出せば無傷とはいかないだろう。

 聖女の保持は、戰の行き先がどうなったとしても最優先に行うべき事項だ。



「では、宣下を与える。黒の国は総戦力を以て戦乱を治めよ。他国の盾となり、剣となり、平和をもたらせ」

「は――」



 再び膝をついたアステルを真上から見つめ、パナシアは拳を握り締め唇を噛み締めた。彼女の浮かべようとした笑みに、歪んだ計略を纏っていることを悟られないために。

  

 



 

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