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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
変わりゆくもの

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6-3 交わる想い


「嬢ちゃんにも弱点があったとはなぁ」

「なんで前もって言わなかったの?いや、僕が言えばよかったな。アステル隊長に『靴の先端に鉄を仕込め』って」


「ぷくぅ……」



 アリストとカイに言われたアイリスは頬を膨らませ、自分のフードをマスク状にして顔を隠す。宵闇の中で城を巡り、警備にあたっていたが、途中で出会ったアステルがアイリスのつま先を見て苦笑いしたのを見逃さなかったらしい。


 そう、アイリスはダンスが苦手なのだ。ヒールで散々アステルの足を踏み、最後に「もう少し初歩の練習からしよう」と言われてしまっていた。


 


「人間の足が浮いてないと言うことを忘れていたんです!そんなに揶揄わないでくださいまし」

「青の国でも、僕は散々鰭で叩かれたけど」

「カイ!!余計なことを言わないでください!!」


 アイリスの柔い拳を受け止めながら笑い出したカイは、彼女の変わらぬ様子にホッとしていた。

彼女のダンスの相手はいつも自分だったが、毎回喧嘩になっていた。足を何度踏まれても顔色ひとつ変えないアステルに焦りを覚えたのだ。

 あの余裕は、自分にはないものだ。そして、二人ははよく似ている。

心を許した者への寛容さと、一途な心がアイリスにもアステルにも同じように存在している。



 

(陸の上にも沢山の人がいるのに、アイリスはアステルだけを見てる。僕にはそれが理解できなかった。だってアステルは、聖女が好きなんだから。

 でも……自分のために恋をしないアイリスには、何も関係ないんだ)


 侍女・アステル・同僚やゾーイと言う選抜メンバーを鑑みれば、彼女に人をみる目があるのは確かだ。だが、優秀な人材の誰もに心移りする気配すらない。


 そしてアステルに恋しているのは間違いないのに、アイリスは彼を手に入れようとはしない。

 これは、長年アイリスに片想いするカイにも、周りに侍るようになった同僚たちにも不思議な光景だった。



 

 見返りを求めないからこそ、彼女に惹かれてしまうのだとカイは思う。

自身の苦労を厭わず周囲に対していつも手を尽くし、仕事に対しても真摯で努力家だ。

 そして、その彼女の行動の全てはアステルのために捧げられている。


 ――こんな風に想われたい、と男である自分が少女のような夢を抱いてしまう。彼女自身の意外な脆さや慈愛深さを間近に見せられ、一度目を奪われれば離せなくなる。


 テティスで新たな力を得たテオーリアも、留守をしていたアリスト・リュイもアイリスの不思議な魅力に、ここ数日で完全に気づいてしまった。

 

 カイには『ライバルだらけ』な状況であり、いつどこから掻っ攫われてもおかしくないが……中心にいる真珠姫は周囲の好意に鈍感だ。

『自分が想われる対象』になることを、一度も考えたことがないからだろう。


 今身近で一番危険なのは、完全にアイリスに惚れてしまったテオーリアだ。しかし、アリストにもリュイにも目線に熱を帯びたのは明白だった。




「最近、俺たちはアイリスを一方的に眺めるしかないからな。ダンスの相手くらいできるぜ?」 

「はっ……!アリは、もしかして踏まれたい趣味の方なのかしら?」

 

「誤解が生まれるような言い方はやめろ。嬢ちゃんが隊長の爪先を踏み続けて、本番のエスコート前に骨折でもしたらどうする」

「確かにそうですわね。私の足がご迷惑をかける前に、改善が必要です」


「だから、俺たちとも練習すればいい。ここには男だらけだしな。幸い、今日の自主的城内警邏も終わったところだ」

「では、休息をとられてはいかがですの?私は……その、寝ますから」

 

「今日はどこで寝るつもりだ?資料室か、事務室か、ゾーイの部屋という事もあったな。一晩同じ場所にいた事はないのだから、私たちも眠れない」

「そうですね、テオ。寝室にじっとしていないアイリスを早朝まで追いかける毎日ですから。ダンス練習をしてくれるなら交代で眠れそうなのに」

「リュイが言う通りだな、俺たちも流石にそろそろ眠いぜ」




 早朝まで仕事か、調べ物かをしているアイリスは眠ったと見せかけて寝室から抜け出し、大体寝落ちして寝室以外で朝を迎えている。

 寝ずの番を交代しながら警護するはずが、全員でアイリスを探し回るため、彼らの目元にはクマができている。


 そのうち『個人警護は必要ない』と言われるのを待っていたアイリスには、耳が痛い指摘だ。

彼らを苦しめたいわけではなく、彼女は聖女の仕事を習うから、自分の仕事が溜まっていただけだった。

 もちろんアステルは『聖女役が終わるまではアギアの仕事を免除』している。忙殺されているのは、彼女が自ら望んだ結果だった


 頑なに仕事を手放さないアイリスを毎日見て、心配せずにはいられないだろう。『自分のために寝ろ』と言っても聞かない彼女には自分達が『疲れた』と言うのが効果的なのも、十分わかっている。



 

「……今日は大人しく休むことにしますわ。明日からダンスの練習に付き合ってくださいまし」


 苦々しげにつぶやくアイリスは彼らから目線を逸らし、大きなため息を落とす。

 カイはもう一声だ、とばかりに身を乗り出した。


「副隊長の仕事をテオと僕で分担したら、睡眠時間が増えるよ。計算はテオが得意だし、僕は判子を押すのが上手い。

 本当にダンスの朝練をしてくれるなら、寝坊もできるね」

「……はアアアァ………わかりました」


 アイリスは完全敗北を喫し、個人警護を担うアギアたちはお互いに目配せして小さな成功を喜んだ。



 ━━━━━━


「…………嬢ちゃん。もう朝だぜ」

「ハッ!?な、なぜ起きていると!?」

 

「布団の中から光が漏れてるんだよ。幸い、いつもよりは気付くのが早かった。まだ寝れる。本をよこせ」

「……ぐぬぬ、」



 寝室のベッドの中から這い出してきたアイリスは枕元で悔しげな顔を覗かせる。

長椅子に横になっていたはずのアリストは、起き上がって背もたれに腕を置き、気だるげに彼女を見つめていた。


「今日は大人しく寝る、って言ってたよな?」

「ベッドには入りましたわ」

「誰にでも気を遣うアイリスは、警護対象を心配する俺たちには……気遣いをくれないのか?」


「……?どう言う事ですの?」

 



 首を傾げたアイリスは、ゆっくりとベッドサイドにやってきたアリストの手に分厚い書籍を渡した。先日届いた、赤の国の災害資料を読み耽っていたようだ。


「〝寝る〟ってのは〝テオのために徹夜する〟って意味だったのか」

「そうじゃありません。赤の国の方々がいつ被災されるかわかりませんもの。少しだけ読むつもりが、色んなアイディアが浮かんでしまって」


「はぁ。俺たちはどうしたらきちんとわかってもらえるんだろうな」

「……アリ?先ほどから何のことを、」

 

「嬢ちゃんのクマが一番ひどい。隊長だって気づいてるぜ?アイリスに苦労ばかりかけている、ってぼやいてた」

 

「…………」




 伝家の宝刀『アステル』を持ち出したアリは、俯く彼女の横にかけた。分厚い本を開き、中にメモをたくさん挟んだそれをめくって、目を細める。

 人のためを思うからこそ、こんなふうにやりこんでしまう彼女の心の温かさが見えた気がした。


「あの……すみません。私がわがままなばかりに迷惑をかけてしまいました」

「別に迷惑だと思ってはいない。ただ、お前さんのひたむきさが()()()とは思うが」


「一度手をつけてしまうと、終わるまで気になってしまうんです。1日の時間がこんなに短いだなんて思いませんでした」

「カイの話じゃ幼少期からそうだったみたいだが」

「む、むむ……」


「文句を言いたいわけじゃない。アイリスだって人間……いや、人魚だが。それこそ神様だって眠るんだぜ?原初の龍(ビギニングス)だって最期は死んだ」

「…………はい」


「嬢ちゃんまで倒れちまったら、隊長はどうなる?わかるだろ、それくらい」

「はい」

「じゃあ、本当の朝までは、せめて寝てくれ」

「はい……」




 かけ布団の中に入ったアイリスは半分だけ顔を出し、ベッドサイドに腰掛けたままのアリストを眺めた。彼は締め付けを嫌い、胸元を開けたラフなシャツ姿だ。

お色気担当の攻略対象である彼は、こう言った服装がよく似合う。


「早く寝ろ」

「わかってますわよ」

「寝る前の話でも必要か?寝かしつけてやろうか」

「まぁ……素敵!お願いします」


「…………はぁ……」


 部屋の中には、アイリスとアリストだけ。一応男女のはずで、二人とも妙齢なのだが……アイリスは一切そう言った警戒心は持っていないようだ。

 昔から女に寝所へ入り込まれてきた彼にとっては、彼女の無垢さはとても新鮮に映る。


 恋を知りながら、男女の距離感に対する危機感がないのは自分を守れるからか、それとも目の前の男に信頼があるからか。

 そこまではまだ、わからない。




 わずかに迷ったアリストは本をサイドテーブルに置いてベッドに上がり込み、寝転がる。笑顔のままのアイリスは掛け布団を分けて、彼の話を待っている。

 蝋燭の明かりにきらめく彼女の青はどこまでも澄んでいて、暖かな光に照らされるその表情は少女のようだ。


(かなわねぇな。こんなやつに惚れちまったら、身を滅ぼしかねないぜ)

「何の話が聞きたいんだ?」


「あなたの国の話を聞かせてください」

「……わかった」



 蝋燭の明かりを消し、アリストはゆっくりとした口調で語り始める。遺跡の長い名前を繰り返し聞かせ、アイリスはだんだんと瞼を開けていられなくなった。

 やがて小さな寝息を立て出した彼女の頬を撫で、彼は間近で微笑む。

 

「寝てる時まで、嬢ちゃんは可愛いんだな」




 ――自分の発した言葉に驚き、彼は目を見開く。アリストが思っているよりも、アイリスに惹かれていることに気づいてしまった。

 『可愛い』だなんて、口にしたのは初めてのことかもしれない。女性を『面倒な生き物』だと思っていたはずの自分は、一体どこへ行ってしまったのだろう。

 

 胸の中に湧き起こる複雑な感情を感じつつ、彼は静かに眠るアイリスを見つめ続けた。


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