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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
変わりゆくもの

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6-2 それぞれの光

「ありえませんわ、解釈違いです」

「相変わらず珍しい使い方するな、アイリスは。だが必要だと思ってんのは俺だけじゃないぞ」

「…………むむ」


 アギアの新人達は、珍しく全員揃って隊長に呼び出されて同じ部屋で待機している。アリストが『アイリスの警護を強化すべきじゃ無いか』と言い出し、真っ向から本人が否定している。



「私はただの一兵卒にすぎませんわ」 

「嬢ちゃんはいずれ時の人になるぜ?今のうちに身の回りを固めた方がいい」

 

「な、何を仰るんですの!私ではなく、賞賛はアギア隊隊長であるアステル様へお願いいたします」


「アイリスがそう言っても、逸話が広まるのは抑えられない。あぁ、以前言っていた『人の口に戸は立てられぬ』と言うものだな。私はアリに賛成だ」

「テオまで何を言い出すの!今は、聖女様をお守りするのが第一でしょう?私のことなど……」


「――二人の言うとおりだ。オレはその提案のためにお前たちを呼んだ」




 アステルがいつのまにかドアの前に立ち、背を預けて佇んでいた。隊員たちは席を立ち、直立不動で彼を迎える。

 

「気楽にしてくれていい。座って話そう」


 アステルが椅子にかけ、全員が同じように席につき、卓を囲んだ。

 大きなため息を吐き出した隊長は、目の下に今までよりも濃いクマを作り、疲れた様子だ。


「知っての通り、パナシアの体調が改善しない。だが、もうすぐ『原初の龍(ビギニングス)慰霊祭』がある」

  

原初の龍(ビギニングス)慰霊祭?」

「なぁにそれ?」

 

 首を傾げたのはアイリスとカイのみで、他の面々はそれを聞いて驚きを表した。



 

「もしや、青の国には無いのか?」

 

「えぇ、お祭りと言いますと海神祭しかございませんわね」

「青の国には王族の生誕祭があるって意味だよ。海神は現王の祖先だからね。そしてそれぞれ王妃、姫君たちの誕生日を祝うんだ」


「海神……そうか、青の国は原初の龍(ビギニングス)ではなく海神の伝説を戴くのだったな」

「そう、王族は全員その血を引いてるから。地上ではこの革の持ち主のお祭りがあるってこと?」

 

「ちょっと、カイ。失礼ではありませんか。地上には地上の神話があるのでしょう?私たちの隊服はその恩恵をいただいてるのですよ」

「まぁね、確かにこの服は役に立つけど」


 

 カイの不遜な物言いにアイリスが嗜めるが、地上に生まれた全員は苦笑いになった。お祭りはあるものの、原初の龍(ビギニングス)の存在は形骸化している。

 それはどの世界でも起こりうる時の流れの産物だった。


「この世を作りたもうた原初の龍(ビギニングス)の亡くなった日とされる、テーロース()、3回目のヘリオス(日曜日)が祭日だ」

「…………テーロース、ヘリオス」



 

 アイリスはこの世界の設定を思い出す。この世界の根源である〝乙女ゲーム〟の設定はかなり細かく、古のオタクたちがこぞって考察をしていた。

おおよその大綱として『ギリシャ神話』がテーマだが、複数の神話が複雑に組み込まれているのだ。

 

 そして、この原初の龍(ビギニングス)慰霊祭はストーリー上の詳しい説明はなかった。アステルと聖女パナシアが街を散策し、過去を思い出す切ない逢瀬のイベントがあっただけだ。


(この感じだと、メインストーリーのイベントにのし上げられている感じですわね。私が知らないストーリー展開なのか、それとも死んだ後に追加されたストーリーなのか……初めて予測がつかない展開だわ)

 アイリスはギリシャ神話をゲームの考察のために学んでいたが、今は遠い記憶だ。何しろ、20年前の事なのだから。

 


 

「お祭りの内容は、どのようなものでしょうか」

「一般的なものと相違ない。黒の国では国土全体で花を町に飾る。花に囲まれた龍を、天上に送る儀式を行うんだ」

「それで最近お花の匂いがしていたのですね」


「アイリスは鼻もいいのだな」

「テオ、無為に褒めても私はあなたを認めませんわよ」

「……私の守護対象は手厳しいな」


「私ではなく、聖女様をお守りしてください!」

「副隊長の補佐なのだから、それは当然の話だ。『聖女様を守らんとする主』を支えるのが私の勤めと言うもの。向かう先は変わらない」

 

「…………むむむ……」


 テオとアイリスのやりとりをうんざりした表情で眺めたカイ。ここ最近こんなやりとりばかりで、もう一人の補佐官としては飽き飽きしている。早く話を進めて欲しいとばかりに、アステルを見つめた。

 




「余談はここまでとして……アイリスの護衛はしてもらう。副隊長の補佐であるカイ・テオを中心に、聖女守護近衛のお前たち全員でそれに当たってほしい」

 

「なっ……アステル様まで!何故ですの?」


「副隊長には重要な役目を頼みたい。祭りが終わるまでの、一時的な決定だ」

「重要な役目、ですか?私が?」


「そうだ。……アイリスには原初の龍(ビギニングス)慰霊祭の祭事をやってもらう。城下の聖堂巡礼、最終日のレクイエムを唱え歌うところまで」

「………そ、れは……まさか、」


 アステルは真剣な眼差しでアイリスを見据えた。

(心労が増すことはわかっていても、他に適任がいないんだ。すまない)と心の中で侘びながら彼女への任務を口にした。


「アイリスには、聖女のふりをしてもらう」


 ━━━━━━

 

「両手をあげてくださいまし」

「えぇ、はい」

「おみ足が小さいのですね、まぁ……血豆が」

 

「すみません、先日荷物を落としてしまって……サンダルを履くわけではありませんよね?」

「はい、靴は先端まで覆われておりますから大丈夫です。しかし、女性と言えども重い荷物を運ばれるのですか?」


「いえ、私が重い本を勝手に運んでいたからです。運搬業務は男性陣がお手伝いくださることが多いのですよ」

 

「あら、手にも豆が……」

「…………すみません」




 さわさわとアイリスの周りで囁く数人の女性たちは、彼女の衣服を作るレディーズメイドたちだ。

聖女の身の回りを世話する女官で、下女とは一線を画した貴族出身の女性。


 先日の大量解雇劇からすぐ後に雇われた、身分の保証が明らかな女性達。アイリスの目に叶った侍女は聖女にも優しく、周辺の人々へも礼儀正しい。

だが、少々かしましいところもある。


 全員が黒の豊かな長髪を結いあげ、装飾の控えめなドレスに身を包み、手首に針坊主とまち針を刺したバンドを巻いている。

女官は皆裁縫ができなければならない。男性に送る刺繍を施したハンカチを作ったり、夫の服を繕うこともある。多彩な才能を持つ女官は『アギア唯一の女性』に夢中だった。


 


「私では、装飾しがいがありませんわね。兵士ですから、傷もありますし足も手も豆だらけですもの」

 

「この手で国の宝をお守りするお役目を果たしていらっしゃるのですから、謝らないでください」

「そうですわ!私も剣を習いはじめました。アイリス様の勇姿を拝見し、決意しましたの。世紀末ならば女も戦わねばならぬのですから」

「剣が使えれば、いざと言う時聖女様をお守りできます。きちんと鍛錬をしていますからご安心くださいね」


「まぁ……」




 女性たちの勇ましい笑顔に釣られ、アイリスも微笑みを浮かべた。大変な世の中で、女性が立ち上がるのはとても良いことだ。

 貴族社会では女性が戦闘の何某かを学ぶことはない。淑女として育った彼女らが第一線に立つことは難しいだろう。

だが、何かが起きた時に武器を使えると言うのは大きな差異がある。


 心強さに頷きつつ、アイリスは侍女たちの手を見つめた。数人が包帯を巻き、アイリスのように血豆はなくとも慣れないものを扱って苦労している様は伺えた。

 

「剣はとても重たいでしょう、あなた方の手にも豆ができてしまいますよ?」

 

「大したことはございません。アイリス様のように戦えなくても、お役に立ちたいからこそ王城にいるのです」

「……私たち、嬉しいんです。アイリス様のお仕立てができるなんて」

「そうですよ!城内でもヒーローですからね!」

 

「そ、そうなの?」


「「「そうですとも」」」


 口々に彼女を褒めそやし、テキパキと計測をして去っていった女官を見送り、アイリスは熱くなった頬をおさえた。

 足元がふわふわするような心地と、言葉にならない不安を抱えてドアを開く。


  



「――人気者だな、副隊長殿」

「アステル様……」


 部屋を出てすぐ、アステルが柱の影から姿を現した。彼は珍しく隊服を脱ぎ、ワイシャツとスラックスを身につけている。両方とも黒であるから大して見た目は変わらないが、フードがない分顔立ちがはっきりと見えた。

 変な声を出しそうになり、すんでのところで堪えたアイリスは俯く。


「とても、複雑な気持ちです」

「そうか」

 

「…………アステル様、申し訳ないのですが」

「聖女役を降りるという話なら、受け付けられない」

 

「……」


 

 黙りこくってしまった彼女に向かって緩やかに肘を上げ、彼はエスコートの意を示す。アイリスは戸惑いつつも手を差し伸べ、そっと触れた。

 そのまま二人はゆっくりと歩き出し、廊下を渡っていく。

 


 

「命の危険は、ある。それについてはこちらが謝るべき事態だが、他に適任がいないんだ」

「でも、まだ祝日には日があります。パナシア様が回復される可能性もあるのでは?」

 

「…………なぁ、アイリス。オレは最近思うんだ。パナシアが本当に聖女だったのだろうかって」

「!!」



 前髪に瞳を隠した彼の声は低く、密やかだ。

 

(そうだわ、アステル様はずっとそう望まれていた。慎ましい暮らしの中で、聖女様と仲良く過ごしたあの日に戻りたいと。パナシア様が聖女でなければ、さらって逃げたかったのだと)


 アイリスが聖女であれば、パナシアはどうなるのだろうか。王の血縁としてこの場に留まるのか、それとも。

 

(私が身代わりになれたのなら、本当に良かったのに……私自身が聖女ではないことを悔いる日が来るなんて、思いもしなかった)

 

 いたたまれない気持ちになったアイリスは、何を言ってもおかしいような気がして唇を噛んだ。

 



「次はダンスの練習だ。祭日の日は城内でパーティーがあるそうだから」

「そうなんですね。あ……来賓の方もいらっしゃるのでしょうか。だから国境警備に人員を?」

 

「ああ、他国からも人が来る。パーティーの準備が間に合うのかはわからないが。……人魚はダンスをするのか?」

「えぇ、致します。ここで行われる大概のことは、私にはできるでしょう」

 

「そうか、そうだったな」


 互いに気まずい気持ちを抱え、二人はダンスホールに辿りつく。天井までの大きな窓ガラスが日差しをたっぷりと取り入れ、美しい影を描く漆黒の床に二人の足音が響く。


 ダンスホールの柱の影にはアギアの同僚たちが潜んでいる。本当に自分を警護しているのだと気づき、アイリスは表情を曇らせた。


 


「そんな顔をするな、守られるのに慣れてないわけじゃないんだろ?」

「そういう問題ではありません。本来聖女さまを守るべきアギアをこのような……」


「今、その名を背負うのはアイリスだ。パナシアは老兵たちと侍女が守ってくれる。さっき聞いただろ?彼女達も修練を重ねれば立派な護衛になる」

「それは、好ましいことですが。本当に今の体制で聖女様をお守りできるのですか?」


「外に出るよりも危険は少ない。本人が伏せたままだから、部屋から出ないのも好都合だろ」

 

「………………」


 いまだに納得できないままのアイリスを見つめ、アステルは思わず口端が上がる。

(頑固だな、本当に。真珠姫というより、頑固姫だ。)



 

 彼には、この頑固さが心地いい。妹を聖女としてではなく、一人の人として見てくれているのがわかるから。アステル自身の命よりも大切なパナシアを想い、守りたいと願い続けるその気持ちを尊重してくれているからだ。

 

 臍の曲がった頑固姫の機嫌取りをすべく、アステルは『おほん』とわざとらしく咳をした。

アイリスの深い青に見つめられて、白い髪がふわりと揺れた時……彼は心からの笑みを浮かべる。


  

 

「この国はなんでも黒いんだな。ダンスホールまで真っ黒だ」

「そうですね、荘厳で美しいですわ。人々の夢を守る夜空のようです」


「黒をそんな風にいう人は珍しいと思うが」 

「そうですか?……わたしは、この色が好きです。だって、アステルさまの色ですもの」

 

「…………」


「黒は白き光よりも柔らかく、暖かく夜を包んでくださいます。輝きは尊いものですが、その鋭さは時に人を傷つけますわ。

 でも、黒は人を傷つけず……何者にも染められません」

 

「…………アイリス」




 彼女の手を取り、アステルは胸に手を当てて礼をする。アイリスも慌ててスカートの裾を摘み、礼を返した。


「黒は、何者にも染められない代わりに……全てをその闇に染めてしまう。気を許しすぎると、飲み込まれるぞ」


 ホールの高い天井に響く、アステルの妖艶な声。瞳のハイライトを落とした彼は歪んだ笑みに変わったが、アイリスはまっすぐな気持ちで微笑んだ。

 アステルの気持ちはきっと、光をパナシアだと言うのだろう。自分を黒として、パナシアを害してしまうのではないか……そう、問われた気がした。


「影あるところに光があり、光があるところに影がある。二つは切り離せないのですから、互いに染まっても自分の色を消すことはありません」


「……そうだな」


 

 やがて沈黙が訪れ、そのまま二人は音もなく踊り始めた。静かなダンスは二人の距離を縮め、降り注ぐ光の中に寄り添う影を写した。


 アステルが見つめる光は、果たしてパナシアなのだろうか。

柱の影でアギア達は疑問に思いながらその光景を眺めていた。



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