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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
改革

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5-1 断罪と救済

 陽光を弾く白銀の髪、濃く長く生え揃った睫毛は形よく瞼を縁取り、その中にある瞳は深い青……深海を知らぬものには天空の蒼に見える。

 輝く瞳は真っ直ぐに一堂を見据え、瞬くたびに輝きを増すようだ。顔全体が精気に満ち、整った造りがさらにその魅力を増していた。


 彼女が城内に現れたのはたった二日前。アギアの隊長、アステルによって連れられ、気品高く、所作振る舞いも美しく……何の役割を持っているのか定かではなかったが、城内の誰もに気に入られていた。


 その、彼女によって謁見の間に集められた数十人は戸惑いの表情を浮かべていた。



 

 アイリスは調理場に現れては芋の皮剥きを手伝い、庭師に話しかけては土いじりに参加し、下女たちが食事をとる時同じものを食べながら愚痴を聞く。

誰とでも親しく話し、時には手助けをしてくれる陽だまりのような優しさを持っていた。


 ――そんな彼女がいま浮かべているのは明らかに冷笑で、纏う衣服はシンプルなドレスではなく漆黒のアギア隊服だった。



 

「皆様にお集まりいただいたのは、宣下を行うためですわ。――本日をもって、あなた達は王城から下がっていただきます」


「は?」

「何を言ってるんだ!!」

「理由が必要でしたらご説明差し上げますが、いかがでしょう」


「ひ、必要に決まっています!私たちは必死になって市井育ちの聖女様に教育を、」

「そも教育とは何でしょうか、アンナ先生」



 


 優雅な立ち姿のままアイリスは首を傾げ、隣に立つ青年はため息をつく。――確か、カイと言ったか。アイリスの付き人だと聞いていたが、彼もまた素晴らしく美しい人だった。


 アンナは必死で考えた。このため息、温情をくれようとした女主人に対してのものではないか?解雇だと告げたその口は、なお『先生』と呼んだ。

 まだ挽回のチャンスがあるのだ、と勘違いした彼女は立ち上がる。かっちり閉められたブラウスの下にある十字架に触れて顔を上げた。



 

「王城に暮らす者は立ち居振る舞いから気品を持ち、歩む一歩でさえ威厳がなければなりません」

「聖女様にはそれがない、と」

 

「はい。あの方は生まれてこのかた、貧民街でお過ごしでしたから」


「ならば、慣れない場所から来たという事情に配慮はございましたか」

「恐れながら、そのような余裕はございませんでした。聖女が参加する儀式は多く――」

「聖女様、と」

 

「…………え?」




 アイリスはアンナの口上に割り込む。顎を引き、抗弁する女をひたと見つめる。

 一つに纏め、だんご状にした黒髪。それはきつく結い上げたため、瞳は釣り上がっている。冷たいシルバーの眼鏡の奥にある瞳は漆黒だが、やや濁っているように見えた。


「聖女様は100年に一度お生まれになり、この世を救うお役目を持っておられます。

 様をつけ忘れるのは、大変な不遜ではございませんか。わたくしたちの誰もが頭上に戴き、(こうべ)を垂れる存在であらせられます」

「……すみ、ません」




 有無を言わせない様子のアイリスはもう一度瞬き、アンナに鋭い視線を投げかける。彼女が持つ風格は、王家の誰もが持つ物で間違いなかった。


 ――この王城では、しばらく見られなかった色だ。


  

「教育を施す者は、心に驕りを抱いてはなりません。相手が聖女様であるならばなおのこと。

 あなたは、いつからそのように『教育してやっている』と思い始めたのでしょうか」


「そんな事はありません!」

「いいえ、そうでなければあのような振る舞いにならなかったでしょう。わたくしが皆さんの中に入っていたのは、聖女様に対する振る舞いを観察するためです」


 沈黙が広がり、集められた人員は皆俯く。そう、アイリスは監視役の人間だったのだ。それを遣わしたアステルはいま、謁見の間の入り口で壁に背を預けて口と目を閉じたまま黙っていた。


 


「わたくしが思うに、あなた達は盛大な勘違いをなさっておいでです。聖女様にお仕えする立場を忘れ、彼の方を侮っておられます」

「ねぇアイリス、もういいよ。去っていく人間にこれ以上教えてやる義理はない」

 

 カイがアイリスの肩を叩き、彼女は小さく頷いた。胸元から紙を取り出し、ゆっくりと広げる。カイが同じような紙を持ち、まずは髭を蓄えたふくよかな男性に手渡す。

 

「あなた達には、『修行のし直し』を手配いたしました。受け入れられない場合は解雇となりますので、謁見の間を出られる際にアステル様へこの紙をお返しください」



  

「……まず、調理場のスーシェフ・ジョリー。あなたは聖女様の体調がすぐれない時も油物ばかりお出しになりましたね。最初からそうだったとお聞きしました」

「黒の国では、油が基本で……」

 

「基本?料理の基本は食べる方のためを思う事です。王城はあなたが自分の腕を披露する場ではありませんわ、それこそ基礎から学び直すべきでしょう。今後は城下の食堂に弟子入りできるよう取り計いました。次、」


 スーシェフ(副料理長)が受け取った紙には城下町で一番の行列ができる店が記されている。ジョリーが得意とするスパイシーで油をよく使う料理が出される人気店だ。

 しかし、親方が大変厳しいことでも有名だった。ジョリーは思い悩みつつ、その紙を持ちながら立ち尽くす。

 

 自分の出自であるよく知ったその店を思い、苦笑いが浮かんだ。


 


 次々と名前が呼ばれ、紙を手渡された人々は同じように立ち尽くし、呆然としている。

 

 朝食を部屋で取りたいと言ったパナシアを叱り、自分の母を捨てた王のいる前で食事を摂らせ続けた侍女。


 シルクの生地に慣れないパナシアが、リネンの布団カバーを望まれても頑なに変えず『これだから貧乏人は』と呟いたランドリーメイド。

 

 そして、最後にカイから紙を手渡されたアンナはアイリスの瞳から目を逸らした。



「アンナ先生、なぜ聖女様を蔑むのですか?わたくし自身が受けた王女教育も大変厳しかったですが、あそこまでではありませんでした」


 アイリスの言葉に目を見開き、思わず顔を上げる。アンナは目の前に迫った彼女の潤む瞳に息を呑んだ。


 

 

 

「蔑んでなど……」

 

「いいえ、あなたのなさりようは彼の方をコントロールしようとしているように感じました」

「コントロール……」

 

「フォークを持つ時の角度、ナイフの入れ方、グラスの持ち方、そのようなものは確かに美しくなければなりません。ですが、あなたは王の目の前で教育を為されていた。しかも、大きな声で怒鳴るように」

 

「…………」


「彼女が足を踏み出せば指導棒が床を打ち、怒声が廊下に響き渡る。腰を下ろせばすぐに立たせて何度もやり直しをさせる。

 そんなものは教育ではありません。虐待と言います」

 

「…………ぎゃく、たい?」


「虐待とは『虐げる』という字の通り、相手の暴虐を待つしかない〝絶対的弱者〟の立場に相手を追い込むことですわ。

 そして、その態度がここにいる皆さんに負の感情を立ち上がらせたのです」


  

「そんな、私は他人に強要などしていません!」


「あなたは聖女様に一番近しい場所のお仕事を任じられた。この立場になれる方は教養も高く、城内では尊敬の的です。

 市井の出身がたくさんいるメイド達の中で、人望のあるあなたがどのような振る舞いをされるかで全てが決まります」


「…………」

 

「あなたが教育されたかったのは、そのようなものではありませんでしたか?

 『王族の立ち居振る舞いは、指先の動きですら審判を下すのです。それは、大役を背負った尊い立場のお方だからなのですよ』」


 



 アンナが口癖のように、聖女に向かって放っていた言葉。それをアイリスから受け取った彼女は、渡された紙を初めて目にした。

 黒の国でも一等厳格である修道院の名が書かれている。そこは、彼女の出身である施設だった。


「あなたならきっと思い出して下さるわ。聖女様と同じ生まれを持ち、市井で育ち、ここまで上り詰めたアンナなら」

 

「………………」




 アンナはその紙を丁寧に折ってポケットにしまい、アイリスにカーテシーを捧げる。スカートを摘んだ指先は力を入れすぎて白くなっていた。

 

 反論など、できるはずもない。おそらくここにいる人員をきちんと調べ、その出身である場所へ全員が戻されるのだろう。

 彼女は驚くほど短期間で自分達の振る舞いを把握し、そしてただ放り出すのではなく『立ち直れ』と示した。


――間違いなく、これこそが王族の振る舞いだ。



「アイリス様、厚情をいただき感謝申し上げます。……王城に戻りましたら、改めてお礼を申し上げたいと存じます」

「ええ。そうなるよう、心から祈っています」




 アンナは彼女の悲哀に満ちた表情を眺め、背筋を伸ばして歩き出す。

入り口の前でポーカーフェイスを貫くアステルに一礼し、颯爽と謁見の間を去って行った。



━━━━━━


「結局は、全員が修行のし直しになったな」

「当然ですわ。黒の国の方達は忍耐強く、根性がおありです。本来ならば、ああはならなかったはずですから」


「王のせいだよ」

「カイ、口を慎みなさい。ここは隊舎ではないのよ」


「隊舎のほうがマシだよ。軍人の方がちゃんとしてるでしょ」

「それは……否定できないわね」



 

 足早に謁見の間を去り、アステル、アイリス、カイは聖女の待つアギアの宿舎へ向かっている。

 衛兵達も、下男下女達も一行を認めて慌てて礼を取っているが……それは形として大変崩れたものだった。


 

「青の国と比べたら、王城にいる人たちの立ち居振る舞いこそなってないよ」

「それはそうね」

 

「……そうしたものには疎いから、オレは指摘すらできなかった」


「アステル様、すべての振る舞いは心からくるものです。目上の者への尊敬の念があればあのように堕落しないのですよ。

 ……王独りになられたとはいえ、あのようにされていては、管理が行き届かないのは仕方ありません」

 

「そうか……」


「本来宰相が瑣末な事まで差配されるのが当然ですが、まさか空席だなんて思いませんでした」

「そうだねぇ、しかも王様は酒浸りで朝食の場にも二日酔いで現れるし」

 

「ご親族を亡くされた悼みは、聖女様を愛すればいつか癒える筈ですのに。……いいえ、こんなことを言っていても一円にもなりませんわ。パン代にもなりません!」




 アイリスの言いように吹き出したアステルと、苦笑いのカイは華奢な彼女の背を見つめる。どんな場所にも違和感なく溶け込み、問題点をさらい出し、力技でそれを正そうとするその人は……か細くたおやかな姿で憤っていた。


「さぁ、ここからが本番ですわ!王様の件は別として聖女様と共にやらなければならない事が山積みですの!」

「あぁ、気を引き締めて行こう」

 

「やれやれ、本当に山積みなのが目に見えてて頭が痛いよ。とりあえず頑張るしかないね、アギアの『新・副隊長どの』」




 大股で歩いていたアイリスは振り返り、しょんぼりした顔を晒して二人を眺める。老兵達の根回しも終わり、無事満場一致で彼女の〝スピード出世〟はなされた。


「あの、()()()は、あまりにも重責ではありませんこと?私はまだ黒の国に来て十日足らずですのに」




 アイリスの肩を叩き、アステルはイタズラな顔で微笑む。


「オレもここに来て三日でアギアの隊長になった。副隊長としてはそのくらいでいいだろう」

「…………」


「副隊長の補佐官カイ、お前もよろしく頼む」 

「僕は何でもやりますよ、アイリスがそう望むなら」 


「だそうだ。オレは隊長としても、パナシアの兄としてもアイリスがいないと困る事になりそうだ」

「むむむ……」




 朗らかな笑いを浮かべるアステルとカイ、むくれた顔のアイリス達を眺めた衛兵達は驚愕のまま一行を見送った。

 



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