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【完結】『泡になりたい人魚姫』─転生人魚、恋愛フラグをへし折ります─  作者: 只深
初任務

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4-4 秘密と罠


「パナシア様!」

「――っ」


 アイリスが手を伸ばしたわずか先、彼女よりも大きな手が聖女を抱き止める。アステルに抱えられた彼女は青白い顔で囁くように「大丈夫です」と告げた。

 修繕の終わった星隔帯は波打ち、虹色の光に揺れている。



「問題のヒビは直りました、これで……」

「あっ!?気絶されてしまいました!」

「騒ぐな、アイリス。問題ない」


 アステルは気絶した聖女を抱え上げ、眉間に皺を寄せた。老兵たちは穢れた空気がどうなったか確かめるために付近の草花を持ち、時間経過とともにそれらが影響を受けるか確認している。





「神聖力を使うと、いつもこうなるのですか?」 

「パナシアはそうだ。星隔帯だけでなく人に対して使ってもこうなる」

「そんな……」


 アイリスは彼女の顔を覗き込むが、閉じられた瞼はぴくりとも動かず唇まで血色を失っていた。

星隔帯にあった『ヒビ』は親指の先ほどだ。しかし、それを修復するのに数時間を要し、聖女は気絶するほど消耗してしまった。


 

「少々おかしいのではありませんか。神聖力を使うだけで……普通こうはなりません。

 伝承では星隔帯が崩れ落ちた時、一瞬で治された聖女様が居られたはずです」

「リュイ、今はそのような、」


「いいえ、アイリス。今聞かなければなりません。この世界の今後に関わる重要なことですから」




 リュイはマスクをしていてもわかるほど不機嫌な様子だ。彼の出身は白の国『神聖国メセオ』だった。五色公国の中心に位置し、『神聖力』については一番詳しいと言える。


「聖女様はずっとこうなのですか?例えば、幼子の擦り傷を治した時は?」

「同じだ。身体・傷の大小に関わらず治癒を施した後、必ず気絶している」


「他の儀式についてはいかがですか」

「……国の式典で祝福を与える場合は二、三日寝込む事もあった」

 

「それは……確かにリュイが言うようにおかしい。聖女だけじゃなく俺だって寝込むなんてことはないぜ」

「アリ、私たちが使う神聖力は聖女様とは種類が違う。何かを癒すことは何人たりともできない。聖女たる所以はこれで、唯一無二だ」


「テオが言う通りだとしても、こりゃ力が弱いからってワケじゃない。どう見ても神聖力を持て余してるんだ。

 体の中に力がうまく巡ってないぜ、隊長さんよ」

「ふむ……リュイはどう思う?」


「隊長、わたしもアリと同意見です。テオが言ったように唯一無二とは言え、強弱ではなく使い方の問題ではありませんか?」



  

 アイリスは一人、パナシアの顔を見ながら思い悩む。聖女が『力不足』だと言われるこの状況下で、正しい原因を知っているのは彼女だけだ。


 所謂『神聖力』は星隔帯の中に住まうものは全員が持っている。 

それは魔法のような不可思議なもので、人によっての使用効果は異なる。


 〝雨が降る時間がわかる〟と言った生活に関わる小さなものから、アギアに選ばれたものたちが良く持つ、〝身体能力強化〟など多種多様だ。


 ここにいる全員もその力を持っているが、こういった情報は秘匿するのが通常である。

特に軍人であれば相手に手札を見せるようなものであり、入隊時には『仲間にも明かすな』と念を押されるほどだ。


 そして、聖女が持つ神聖力は唯一無二で他のものは持てない。人を癒す、場を浄化する、祝福として幸運を授ける……そんな事は聖女以外にできない。

――その、はずだった。




 なかなか空気の浄化が進まず、アギアの新入隊員とアステルの応酬が続く。彼らの国はそれぞれ出身が違い、さまざまな知識がある。ゲーム内のメインストーリーでもこのような話し合いの末、神聖力の使い方を特訓する運びになった。


(けれど、神聖国メセオの出身で一番詳しいはずのリュイですら……その解決策は見出せなかったわ。最後までパナシアはこの力に苦しんでいた)


  

 アイリスは話し合いの合間にアステルの袖を突く。

  

「聖女様を寝かせて差し上げましょう、これではお休みになれませんわ」

 

「あぁ、頼む。空気の浄化が終わるまでここにいなければならない。あまり離れるな」

「はい」


 


 パナシアを抱え上げ、アイリスは一人霧の中へと隠れた。仮に刺客がいたとしても空気が穢れているうちは近づけないだろう。

 注意深く漂う霧の流れを観察し、濃い霧が自分の体を覆った瞬間――アイリスは指先をパナシアの額に滑らせる。

何度か冷や汗を拭うように触れると、やがて彼女の唇はバラ色を取り戻した。


 


「……ん、う」

「お加減はいかがですか、パナシア様」

「アイ……リス?」

 

「まだ具合が悪そうですね。もう少し眠っていてください」

「えぇ、ありがとう……」


 わずかに瞼を上げたパナシアは繊細なまつ毛を震わせて、再び意識を失ってしまった。アイリスはもう一度霧が自分たちを隠している事を確認し、彼女に触れ続けた。





「――僕が見張ってるから、もう少し回復させてあげた方がいいよ」

「さすが私のカイね。ありがとう」


 いつの間にか霧の中に立っていたカイが見張りを変わり、アイリスは深呼吸を始める。両手を聖女の胸に置き、瞼を閉じた。



「――僕、知らなかったよ。アイリスの神聖力が……唯一の筈である、聖女様と同じだったなんて」


 カイの苦しそうな囁きは、白い霧の中に溶けて消えていった。



 ━━━━━━



「ずいぶん時間がかかりましたなぁ、それで?」

「星隔帯の修復は完了した」

「あぁ、お疲れ様でございます。茶でも飲みますかぁ?」


 星隔帯研究者の塔内部で研究者たちに囲まれ、アステルとパナシアは腰を下ろす。

 多少の回復はできたものの、パナシアはまだ顔色が悪い。来た時と同じく早駆けで馬車を置いてきた場所に戻ることは現状では厳しいだろう。

そう判断したアステルは頷き、研究者に手渡された報告書類に手をつけた。




「アイリス、大丈夫よ。いつもより回復が早いから……もう落ち着きました」

「ご無理はいけません。本当は一晩くらいお休みいただきたいのですが、そうもいきませんから」


「アイリスの言うとおりだ。支えてもらって少しでも体を休めろ」

「はい……兄上」


 椅子に腰掛けたパナシアはアイリスを背もたれにして体を預け、小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。


「聖女様はお役目を終えられたばかりなのです。あなたにしかできないお仕事をされたのですから、何も謝るようなことはありません」

「……でも、こんな風にフラフラしていては刺客が来た時に対処できないわ」


「そう言うの、フラグって言うんですよぉ〜?そんなこと言ってると本当に賊がきますよぉ〜??」


 キヒヒ、と奇怪な笑い声を発した研究者はアステルとアイリスの睨みをものともせず、温かいお茶を差し出す。

温かいマグカップを握らせて、アイリスはもう一度自分の力をこっそり彼女へと流し込んだ。


 


 アステルが書類を書き終えた瞬間、ドアが乱暴に開け放たれた。

「隊長!刺客が現れましたぞ!」

「数は?」


「かなり居ます。塔を取り囲む騎馬が20、歩兵が霧に紛れているかと」

「辺境までご苦労なことだ」

 

「どうしますか」

「逃げるしかあるまい」

 

「では、予定通りと参りましょうか。殿(しんがり)はお任せ下さい」

「…………頼む」


 

 報告書を乱暴に研究者に押し付け、アステルが聖女を抱えた瞬間、研究棟に大きな球が飛び込んでくる。窓ガラスが割れ、派手な音が塔内に響き渡った。

 

 ジリジリと火花を纏ったそれを見て、全員が足早に広間から散っていく。



「――っ全員騎馬に乗れ!突破口はオレが開く!」


 アステルはパナシアと自分を手早くロープで結び、駆け出していく。やや遅れて新人隊員、そして老兵が扇状に展開して塔の周りを囲んだ騎馬の群れに突っ込んだ。


 ━━━━━━

 ━━━

 ━


 


「停止!どう、どう…………。老兵も半分残ったか」

 

 もうもうと煙を上げて騎馬を回頭し、アステルがつぶやく。後ろ側から射られた矢はかなり多く、火薬の球が複数あった。恐らく、研究塔は壊滅しただろう。

 

「新人達は揃っているか」

「――アイリスがいない!」


「なんだと?」




 砂煙の中で姿を現した隊員達を確認すると、アリが言った通りアイリスの姿がない。青ざめた顔色のカイは、低い声で囁いた。


「アイリスから伝言だ。『先に戻れ』ってさ。老兵が残ったのは、彼女の作戦が成功した証拠だよ」

「なっ……何を言ってるんだ!騎馬もなしにどうやって逃げ仰るつもりだ!?」

 

「研究者の塔の馬を使うって」

「あれは年老いた馬だ。どんなに早く走っても刺客からは逃げられない!」

 

「…………頼むから、アイリスの気持ちを無駄にしないで。あの子はおじいちゃん達を死なせないためにそうしたんだよ。僕は、あなた達を馬車まで送ったらアイリスの元へ行く。早くして」



 カイの苦しそうな呟きは、砂塵に溶けていく。眉根を寄せたアステルは、あまりの事実に震えるパナシアを抱きしめて……再び走り出すしかなかった。



 ━━━━━

 

「あらー……あっけないですわね、仕掛けた罠にこうも簡単に引っかかるとは。ハックション!……煙がしみますね」




 アイリスは煤けた鼻をくしくしと擦り、黒煙を追い払うようにパタパタと手を振った。

周囲には焦げた木片と砕けた石が地面に散らばり、まだ熱を帯びた瓦礫がじりじりと音を立てている。 


「お前!!何をしたんだ!?」

「研究塔がなくなってしまったじゃないか!!」

 

 彼女と同じく煤けた研究者達は、地面に丸まっている。ガタガタ震えて立ち上がれないまま顔だけ持ち上げ、恐怖に満ちた目でアイリスを見た。




「申し訳ないのですが、研究棟に爆薬を仕掛けましたの。刺客が近づいた瞬間に爆破させて、下敷きにすれば一網打尽という算段です」

「なっ、何を言ってる!?そんな、そんなことをして……」

「そうでなければ、あなた達は全員死んでますわよ?おじいちゃま達も、きっと生き残ってくださいます」


「「「「………………」」」」

「アギアは手段を選ばないってことかぁ?キヒヒ……さすがアステルが連れてくるだけあって残酷だなぁ!」




 鷲鼻の研究者はアイリスに歪んだ笑みを送るが、彼女は一瞥しただけで目を逸らした。瓦解した石の塔を遠い目で眺め、穏やかに瞬く。

少女に見えるうら若きアギアの、凛としたままの立ち居振る舞いに彼らは驚き口をつぐんだ。


「アステル様は本来、冷酷無比な方ではありません。悪様(あしざま)に言うならここに置いてきぼりにいたします」

「そりゃぁ困る。水はどうにかなっても飯がない。騎馬をあんたに取られたらどこにも行けないさぁ」

 

「そうでしょうとも。私はあなた達を全員黒の国にお連れするつもりですわ。ただし、その後は研究者として復帰はできません」


「えっ……」

 

 アイリスは彼を見つめて優しく微笑む。彼らの目には恐ろしいことをしでかした彼女の顔しか見えていない。必死で踏ん張り、震える足を叱咤して立つ彼女の心のうちなど見えないのだ。



 


「あなた達はお分かりになっている筈ですわ。星隔帯を研究した結果、この星隔帯がなければ私たちは生きてゆけぬと」


 しなやかな指先が老いた馬を引き、質素な箱車を結びつける。彼らをそこに乗るよう促し、真剣な眼差しでもう一度目線を全員と交わした。


  

「聖女はなりたくてなる物ではないわ。自身を犠牲にして誰かを救い、誰かを助ける。そして、それが当たり前のことだとして誰にも褒められたり認められたり致しませんの。……あなた達のように」

 

「…………」

 

「全員を抱えることは恐らくできませんから、お一人だけになると思います。

 筆頭研究員ゾーイ。あなたをアギアの補佐として抱え上げていただくよう私が進言いたします」



 

 彼女の、今日の大切な仕事の一つがこれだ。星隔帯研究者の『ゾーイ』を黒の国に召し抱える理由を作ること。

 

 パナシアは大人になってから聖女になったためその力をうまく使えていない。聖女はもっと早くに見つかって教育を受けるのが通常だ。しかし、生まれのせいで教育を満足に受けないまま聖女たる役割を果たしていた。

 兄であるアステルも、黒の王国の人達も、はるか昔の伝説しか知らない。彼女の助けになるのは現在進行形で聖女に大きく関わる『星隔帯』の不思議に関与する者だった。




 名指しされたゾーイ――鷲鼻の研究者は顔を真っ赤にして歪め、突然横たわる。そして子供が駄々をこねるように足をバタバタ動かした。

 

「ヤダヤダヤダ!ゾーイは研究したい!他のことなんかやりたくないよぉ!」

「うわ、ゾーイが臍曲げた」

「気持ち悪……」



 同じ研究者から困惑の声が立ち上がり、彼らは箱の隅に手を取り合って避けた。箱の真ん中でバタバタと動き続けるゾーイはやがて、大声で笑い始めた。

 

「アッハッハ!!キヒヒッ、こんなおかしな奴がアギアに役立つのかねぇ?!ケヒャヒャ!!どうやっていうことを着かせるんだぁ!?」




 アイリスは一言も発さず、真剣な顔のままで彼を見つめていた。やがて疲れたゾーイは体を動かすのをやめ、ついにアイリスと目を合わせるしかなくなる。

  

「同じ(はら)に生き、同じ悩みを抱えるなら手を取り合うべきです。聖女と研究者はそのどちらもが確かに国を守ろうとしている。

 あなたは狂者ではありませんわ、ゾーイ」

「…………あんた、なんなんだ」

 

「私はアギアの隊員、アイリスと申します。誇りを持ってこのお仕事を目指し、今まで生きてまいりました」 




 ゾーイは再び不気味な笑い声をあげ、自分の鼻を指で掻く。長い前髪の中にあるメガネを押し上げ、片方の口角を歪に持ち上げた。


「突然しゃしゃりでた女の子が何を言ってる?何ができるんだぃ?」

「聖女様は現段階では未熟です。港町の新聞でもたびたびそう書かれていましたが、今日この目で見て確信しました。

 ならば、することは一つでしょう」


「ひっひ、何をするってぇ?」

「ゾーイ、星隔帯研究の第一人者であるあなたは彼女の『神聖力強化』に役立っていただきます」


「っは!ワシのように醜いものを聖女の傍に置くってかい?しかも、ダァい好きな研究を手放して?」

「聖女様のおそばにあれば、星隔帯へは何度も訪れることになります。あなたの()も無かった事にして下さるでしょう」




 ゾーイはアイリスの言葉に青ざめた.研究者の誇りである、黒の国の紋章が記された白いマントを握りしめて震える体を抑える。

 彼がこの研究所に来てから既に30年は経った。その間離れていった同志を何度も見送った。

それでも彼は、確固たる意思でここに残り続けていたのだ。アイリスが思う通り、狂者であるはずがない。


  

「今回星隔帯を傷つけたのは、ゾーイ…………あなたですわ」


 ゾーイが目を見開いた瞬間、晴れやかに笑ったアイリスは手綱を取り、馬の腹を蹴った。


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