第9話 やばそうな魔獣
訓練所に入ってきた偵察が口を開く。
「おそらくAランク以上の魔獣です。かなり遠くから見ただけですが気づかれてしまいました。それに、その魔獣の周囲には多くの魔獣が従って動いています。奴らの進行方向は……ここでした」
偵察の言葉で、ギルドマスターが口を開く。
「到着までの時間は?」
「あのままだと……半日もないかと」
「なら、エクスさん。すぐに行ってもらえるかしら」
彼女は俺に向き直り、頭を下げる。
「元々何かあったら……と思って近くの街の冒険者の応援を頼んでいるのだけれど、Aランク相手では歯が立たない。半日後にはこの村は滅んでしまうかもしれないの。お願い」
「最初から言っている。いいぞ」
「いいの!?」
「ああ、俺たちだけで行けばいいのか?」
「いえ、さっき戦ってくれたマックスとその仲間とも一緒に行ってほしい。彼自身もBランクでそれなりに役に立つし、彼の仲間もCランクで役に立つわ」
彼の仲間は……さっきの偵察の男に、戦士らしき男が1人、魔法使いらしき女と聖職者らしき女が1人ずつ。
本人も入れて計5人だ。
「わかった。マックス」
「……なんだ」
「そちらの方が数が多い。お前たちを主軸として、俺たちは援護に回る。ということでいいか?」
「いいが……あんたはそれでいいのか? 主役を奪っちまうぞ?」
「どうでもいい。俺はその美味い魔獣をシーナの調理で食いたいだけだ。だから功績はお前たちにやる。だが肉は寄越せ。それだけは譲れない」
俺がそう言うと、彼はぽかんと口を開けて俺を見つめ返す。
「お前は……いや、そうか。意地を張って一人相撲していただけか……わかった。それでいい。詳しい話は移動しながらでいいか?」
「構わない」
ということで、俺たちは合わせて7人でAランク以上の魔獣の方へと向かう。
森は結構生い茂っているが、通れないほどではない。
先頭は偵察に任せて俺たちは注意深く進む。
戦闘時の陣形だけれど、俺達は2パーティいる。
なので、左右に分かれて戦うようにしようということになった。
連携を即席で組めというのは無理だろうし、どちらかのパーティがもしもの時は即座に帰還するという可能性も残せるようにだ。
まぁ……俺たちが負けたら村の人間は襲われない可能性に賭けて逃げる必要がある。
だから、なんとしてもここで魔獣を倒しておかなければならない。
「ほんとに……最近どうなってんのよ……」
そう漏らすのは俺の近くを歩いている女魔法使い。
俺は他にも異変があるなら聞いておきたいと思って声をかける。
「他でも何か起きているのか?」
「え? そうね……ここ数年の間で、どうしてそんなことが起きているのかわからない。っていうことが起きているの」
「例えば?」
「アバッシオ火山の蒼巨蠍大量失踪、グレービー砂漠のトツゲキダチョウ激減事件、サンラ氷山のアイスドラゴン失踪、テッコロ高原ではコロボッコ族の人たちが消えていたわ」
「へー。それってまずいことなのか?」
「コロボッコ族以外はまずくはないわ。どれも周辺の村や町に被害を与えていたから。でも、誰もそれを討伐したと言っていない。そもそも素材すら残っていない。だからこそわからなくて怖いのよ」
「なるほど」
そう言われて納得して、ふと思い出したことがある。
蒼巨蠍は護衛用ゴーレムを造る時に必要と言われて結構狩った記憶がある。
それもアバッシオ火山で。
トツゲキダチョウに関しても、抱き枕ゴーレムが欲しいと言われた時に狩った。
グレービー砂漠は暑かった思い出。
アイスドラゴンに関しては、『本物のドラゴンを見ないと設計欲が沸かん!』と開発のクブリさんに言われて狩った。
狩ってもいいドラゴンの所在地を聞かれてサンラ氷山に行った時は、暖房用のゴーレムを造っていて良かったと思う。
「……あれ?」
これもしかして俺か?
いや、コロボッコ族とかはまじで知らない。
っていうか、テッコロ高原は一度も行ったことがないからな。
……よし、俺じゃない。
そう思った所で、シーナに怪しむ目を向けられた。
「エクスさん……もしかして……」
その目はほぼ俺がやったことを確信している目だ。
俺は慌てて小声で弁明する。
「いや違う。たまたま俺もそこに行ったし、言われている魔獣も狩ったことがある。でも狩ったことがあるだけで、その犯人が俺だと言うのはちょっと決めつけが過ぎるんじゃないか?」
「そう……ですよね。勝手にエクスさんならできると思ってそうだと思ってしまいました」
「誰にでも間違いはある。気にせずにいこう」
「はい。ちなみにエクスさんがやったのはどれくらい前なんですか?」
「蠍は1年前くらいでダチョウは3年前かな。ドラゴンは半年前だったか。コロボッコ族は知らない」
シーナはそれを聞くと、女魔法使いの方を向く。
「あの、さっきの事件が起きたっていうのは、それぞれどれくらい前だったか覚えていますか?」
「え? 確か……蠍は1年前くらいでダチョウは3年前、ドラゴンは半年前だったと思う」
「…………」
「…………」
「ど、どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」
痛い。
シーナからの『やっぱりやったのエクスさんではー? ねぇねぇ、エクスさんではー?』というじとっとした視線が痛い。
いや違うんすよ。
そのころトライマイスターからの要求がドンドン上がっていて、その対応でかなり寝不足だったんですよ。
だから……とシーナに説明しようとすると、先頭から小さいが聞こえる声が飛んできた。
「敵だ。グレートウルフ5、サンダーホーンラビット10、トレント3。こっちに気づいてんなこりゃ」
「なら俺たちが先にやろう。エクスさんたちは控えていてくれ」
マックスが剣を抜き、他のメンバーもそれぞれの武器を構える。
「わかった。危なそうなら手を貸す」
「必要ない。行くぞ!」
そう言って戦ってくれる彼のパーティだが、普通にすごかった。
グレートウルフの連携を見切ってかわし、サンダーホーンラビットの雷をまとった突撃を正面から受ける。
トレントには弱点である火を放って簡単に燃やす。
手助けなんかしたら逆に邪魔になりそうな安定感があった。
シーナもそれを見て勉強している。
「すごいですね。Cランク3体にDランク15体の魔獣相手に余裕です」
「ランク……? ってそういえばなんなんだ?」
マックスのパーティの戦闘を肴にそんなことを話す。
「え……冒険者ランクと一緒ですよ。その魔獣強さを表します。下から……」
Fランク……大人なら勝てるレベル。例、ゴブリン
Eランク……鍛えている大人なら勝つことができるレベル。例、コボルト
Dランク……装備を持ち、十分な知識をつけた者なら勝つことができるレベル。例、グレートウルフ
Cランク……十分な経験と装備を持った実力者が勝つことができるレベル。例、トレント
Bランク……英雄級の者が勝つことができるレベル。例、蒼巨蠍
Aランク……英雄級の者達が集まって勝つことができるレベル。例、アイスドラゴン
Sランク……国家が討伐に全力を注いで勝つことができるレベル。例、エンシェントドラゴン
「へぇ、知らなかった」
というか、アイスドラゴンってそんな強い魔獣だったのか。
ビックリ。
「そんな軽いノリで倒していい相手じゃないんですよ……?」
「それよりも、Sランクの魔獣ってどれくらい美味いんだろうな。楽しみだ」
「Sランク……と言っても色々ですからね。Aより上なんて区分する意味がないっていうので、全部まとめられているだけですので、普通にAランクよりは圧倒的に強いだけで入れられていることもありますから」
「それって普通にSランクでいいんじゃないのか?」
超強いならおかしくないと思うんだが。
「あーっと、強いだけならいいんですよ。でも、国を亡ぼしたり、環境を変えるレベルでやばいSランクもいたりするので、そういう意味では色々ですね。あ、希少過ぎてSランクというのもいますよ。隠れるっていうのか、見つけられない。っていうのでSランクになっている魔獣」
シーナがそうやって丁寧に教えてくれる。
「なるほどなぁ……なら、あいつもそうだったりするのか?」
マックスがさっきの群れを倒した後、奥の方からとても大きな牛? が現れる。
大きさはゾウよりも大きく、身体は牛柄だけれど色は赤と緑だ。
特徴的なのは背中に載っているとても大きな花……つぼみだろうか。
背中の上に大きな葉っぱが開き、その上にはピンク色をしたつぼみが載っているのだ。
そこから何かが上下運動で周囲にまき散らされている。
目はドロッとしているが、その表情は醜悪と言っていいかもしれない。
「…………」
「どうした? シーナ?」
黙ったままの彼女に聞くと、彼女は顔を真っ青にして首を横に振っていた。
「……あり……えま……せん」
「何がだ?」
「あれ……あれは……ブルームバイソン。Sランク指定の魔獣です!」
「Sランク、あの美味そうなのがか」
俺がそう言うと、シーナは俺の袖をつかんで村の方へ引っ張りながら叫ぶ。
「逃げましょう! エクスさんでもあれには勝てないですよ!」
「なぜだ。美味そうじゃないか」
「そうかもしれませんけど! あの背中の花から飛んでいる胞子を吸い込み続けると操られてしまうんです! 森に魔物がいなかったのもそのせいです!」
「そうだったのか」
「しかも! いいですか!? あの魔物は昔、国を滅ぼしかけたと言われたことがあるほどの魔物なんです! ここにいたらわたしたちも操られて、死んだらあいつの養分にされてしまいます!」
旅に出て数日。
いきなり洒落にならない魔獣に出会ってしまったようだ。