第5話 シーナ
わたしはシーナ、果てなき森のシーナ。
わたしはエルフの里で生まれ育った。
エルフの里はいい所だ。
森の中にあり、空気も澄んでいるし、風も心地よい。
ただ一つだけ不満があった。
それは料理がほとんど存在しないことだった。
エルフは自然を重んじる。
だからこそ、野菜はそのまま食べるし、肉も焼くくらい。
ある時、特別に許可された人間たちが入って来ることがあった。
彼らは肉や野菜を切ったり焼いたりして、料理をしていた。
わたしが隠れてそれを見ていると、彼らは手招きしてくれて、食べさせてくれた。
その時の味は今でも忘れない。
料理、世の中にはこんなにも美味しい物があるのかと思ったのだ。
でも、エルフの里ではそれは許されない。
わたしが料理をしようとしても、匂いや音でバレてしまう。
そのせいでわたしも家族も嫌な思いを何度もした。
だから、わたしは旅に出た。
人間たちの世界なら、きっといっぱい料理があるのではないか。
そう思って旅に出たのだけれど、とても難しかった。
まず、わたしは狙われる。
あらゆる人に狙われ、追い回された。
料理を学ぶなんて段階ではなかったのだ。
外の世界にエルフはほとんどいないらしく、見世物にも、実験対象としても、ペットとしてもいいらしかった。
幸い魔法で戦って強くはなったけれど、料理の勉強はほとんど出来なかった。
エルフの里でやっていた独学とあまり変わらない程に。
もう帰った方がマシかもしれない。
そう思っている時に、わたしは捕まってしまった。
たまたま立ち寄った場所で、「料理を作って欲しい」そう言われたから作ろうとしていた所、隙を突かれてしまったからだ。
「エルフなんて料理する必要ないんだよ」
「その見た目を使えよ」
「身体を調べさせてくれるだけでいいんだ」
「私の側に控えておくだけでお前には価値がある」
そう……言われ続けた。
わたしが料理できる場所なんてない。
世界中の誰も、わたしの料理なんて望んでいない。
そう思って絶望した。
もう……勝手にわたしの身体でもなんでも使ってほしい。
できれば、心も壊して欲しい。
そうしたら、料理のことなんて考えなくても済むから。
そんな時に助けてくれた人がいた。
しかも、その人は美味しい物を食べたいと言っていた。
わたしに訪れた最後のチャンスかと思った。
「それじゃあ早速料理を作ってくれるか?」
「も、もちろんです!」
そう言ってくるのは助けてくれたエクスさんという人。
わたしは彼に捨てられないように全力で料理を作った。
森の中から隠れて料理人たちの調理を必死で見て覚えたのだ。
その全てを使って、彼が満足できる料理を作らなければと思う。
山賊たちの調理場なんて物はなく、それらは自分の魔法で作った。
食材もいいものはないけれど、腐ったりもしていない。
「よし……とりあえずある物で……」
わたしは一生懸命作った。
エクスさんが喜んでくれるように、何度も味見もして、食材を丁寧に使って。
「出来た……」
完成したのは肉と野菜のスープだった。
もともと山賊たちのアジトにそこまでの食材はなかった。
だけど、あるものでわたしができる一番美味しいと思うものを造った。
わたしはそれを持ち、エクスさんの元に向かう。
彼は山賊たちの財宝の場所にいた。
金銀財宝が結構あったのに、彼が見ているのはその中の本だった。
とても集中して読んでいて、かっこいいと思う。
このまま見ていたかったけど、料理が冷めてしまうので声をかける。
「エクスさん。作ってみました。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
彼は本を置き、椅子に座っているのに、わざわざ立ち上がって受け取ってくれた。
そして椅子に座り直し、さじですくって一口食べる。
「……」
ドキドキした。
これでまずいと言われたらどうしようとか、やっぱり……里に帰るしかないのかとか。
悪い想像がこれでもかと頭の中を巡った。
「美味しい」
「! 本当ですか!?」
わたしが今一番聞きたかった言葉かもしれない。
彼の顔をみると、あんまり変わらない表情をちょっとだけ顔を変えて食べていた。
「スープに野菜のダシが出ている。火加減に気を付けて丁寧に作ったのではないか?」
「!」
「しかも、肉にもちゃんと下味がつけてあって、塩加減もすごいじゃないか。かなり研究したんじゃないか?」
「……」
「野菜の柔らかさも素晴らしいぞ。心地いい食感が残るように計算されて入れたんだろう。全ての食材が調和していて、シーナの料理人としても腕が伝わってくるいい料理だ」
「……」
「シーナはとても努力家なんだな。ずっと料理のことを考えて、食べる者のことを意識している素晴らしい料理人だ」
わたしの……わたしの料理をこんなにも評価してくれる人がいる。
ずっと……ずっとわたしのことをエルフとしてしか見る人はいなかった。
エルフだから自然のままに、エルフだから売れる、価値がある。
でも、彼はわたしのことを料理人として見てくれた。
わたしがずっとなりたかった料理人として見てくれたのだ。
「うぅ……う……」
「え? 泣いてる!? なんで!? なんで作った方が泣いているんだ!? 大丈夫か? シーナ? シーナさん!? 何かありましたー!? こんな時こそゴーレムか!? どんなゴーレムだ? 笑わせるゴーレム……一発芸ゴーレムなら行けるか!?」
「いえ……違うんです……ほんとうに……うぅ……ぐす」
エクスさんはあわあわとしているが、わたしが作ったスープは大事そうに持ったままだ。
その様子もまたわたしの心をくすぐる。
わたしは……エクスさんにもっと……もっと料理を作ってあげたい。
料理人なんて諦めるしかないと思っていたわたしに、料理を作り、振舞うことのうれしさを教えてくれた彼に。
もっと……ずっと……永遠に。
******
速報、シーナが突然泣きだした。
「どうしたらいい? どんなゴーレムを作ればいい? 人と変わらないAI搭載型のゴーレムでも作るか? いや、それはまだ作れない気がする。まずは落ち着くか? そうだな。落ち着けるようなゴーレム……俺の代わりに深呼吸をするゴーレム……」
そこまで考えて俺は深呼吸をする。
深呼吸をゴーレムにしてもらっても変わらない気がする。
「ふぅ……落ち着いてきた。やはりゴーレム、ゴーレムは全てを解決する。シーナ。どうしたんだ。言ってくれ」
前世も今世も仕事仕事仕事、学生時代? 察して欲しい。
そんな俺に目の前で泣かれたのなんて学生時代隣になった女子が……あ、俺も泣きたくなってくるからやめよう。
とにかく今はシーナのことだ。
やっぱり山賊のいるアジトで飯を食べたのがよくなかったのだろうか。
「そうか、山賊が憎いんだな? 生きていることが悲しいんだな?」
「ち、違います」
「なら……このアジトか? 入る時あんまりいい匂いはしなかったもんな。それのせいか? それのせいなんだな? そうか、消臭ゴーレム……財宝の中にあったか? 核は……サラマンダーの魔石、トレントの魔石くらいか……燃やす? 匂いを燃やせるか?」
「そうでは……なくって……」
くそ……。
どうしたらいい。
どうしたら俺は彼女を泣き止ませられるんだ。
俺があたふたとしていると、シーナは目元をぬぐって笑顔を俺に向けてくれる。
「えへへ、エクスさん。ありがとうございます」
「え……何が……だ?」
「わたしのご飯を食べてくれて……です」
そう言うシーナの笑顔は、とても輝いて素敵だった。
俺たちは普通にその日を過ごし、翌日から次の村に向けて出立する。