第29話 Sランクの魔獣
「鉱山の魔獣がこちらに向かっているそうだ」
俺は耳を澄まして聞いたことを2人に伝える。
「鉱山の魔獣が!?」
そう言って驚くのは受付嬢さん。
シーナはへーっていう顔をしている。
「エクスさん! シーナさん! 一緒にギルドまで来てもらえますか!?」
「いいぞ」
「わかりました」
「こちらです!」
彼女は速足で進むので、俺たちもそれを追いかける。
ただ、この間は暇だったので彼女に魔獣について聞く。
「鉱山の魔獣っていうのは、どんな奴なんだ?」
「知らないのに倒すって言っていたんですか!?」
「いけると思って。それで、どんな奴なんだ?」
「奴の名前はメタルドラゴン。最強と言われる竜種です」
「続けろ」
「メタルドラゴンはSランク……ですが、ギリギリAを超えるくらいのSランク……というレベルです」
「なんだ。大したことないじゃないか」
これでもブルームバイソンを狩ってきたのだ。
最底辺のSランクなら問題ないだろう。
「しかし、それは奴が本体そのままの場合です」
「どういうことだ?」
「奴は鉱山に入り、その鉱石を食べ、食べれば食べるほど、その強さは上がっていきます」
「なんと……」
「しかも、奴は一度Sランクパーティに敗北しています。なので、それを超えるまでは来ないでしょう。もし、奴がここに向かって来ようとしているのであればそれは……」
「Sランクパーティでも勝てないほどの強さを持っている……ということか」
「はい」
ということであれば、かなり厄介なのかもしれない。
ただ、一目見ておきたいと思った。
「鉱山はどっちの方角だ?」
「え? あちらですが……」
受付嬢さんは右手の方を指さす。
「少し裏路地に入るぞ」
「え?」
「こっちだ」
俺はそう言って1人で入ると、2人も素直についてきた。
「少し様子を見てくる。待っていてくれ」
「え? 見てくるって」
俺は足に力を込め、さらに足元の土を一気に上に向かって立ち上らせる。
「『土の塔』」
俺は天高く跳び、メタルドラゴンがいる方を見る。
「なるほど、あれは確かに洒落になっていないな」
遠くに見えるのは体高30mはあろうかという四つん這いの竜。
身体は鉱石の色で金、銀、銅、鉄色に輝いていて、様々な鉱石を食ってきたのが分かる。
そいつが一直線にオードリアへと向かってきているのだ。
速度はとてもゆっくりだけれど、1日もしない内にたどり着くだろう。
俺は下に降りる。
「戻った。すぐに行こう」
「は……はい!」
ということで、ギルドに行くと結構な数の冒険者が集められていた。
その奥のひときわ高い所にはギルドマスターがいて叫ぶ。
「これより緊急クエストを発注する! Dランク以上の冒険者は必ず参加してくれ! 報酬は約束する!」
そう言っているが、冒険者たちのやる気はあんまり高くない。
「無理だろ! あのSランクパーティが倒せなかったんだぞ!」
「死にに行くようなものじゃないか!」
「オレは1人で帰らせてもらう!」
そう言って戦いに行くような感じではなかった。
というか最後の1人は死にそう。
いや、死なせるようなつもりはないが。
そんな冒険者たちの言動を見て、ギルマスはかなり苦しそうだった。
しかし、その視線が俺たちに止まる。
「見ろ! 入口にいる彼はあの《星導》様に認められた方! あの方がにくきメタルドラゴンを狩ってくれるだろう!」
「え?」
俺が驚いていると、その場にいた全員が俺の方を向く。
「本当か!?」
「あんたならやってくれるのか!?」
「おれたちだってまだ死にたくない! 助けてくれ!」
そう口々に懇願してくる。
まぁ元々倒すつもりだったし、ちょうどいいと言えばちょうどいいかもしれない。
ただ、奴に対抗するには時間が必要なのだ。
「俺なら奴を狩れる」
「おお! 本当か!?」
「信じていいんだな!?」
「救世主様!」
「ただ、条件がある」
「条件?」
全員が不安そうな顔になる。
「俺が奴を倒す。ただ、その準備に時間がかかるんだ。どれくらいかかるかは分からない。だが、必ず倒してみせる。だから、俺の準備が整うまで時間稼ぎをして欲しい」
「時間……稼ぎ……Sランクの魔獣相手に……?」
俺の言葉で、その場が瞬時に静まり返る。
やはり相手が悪い……仕掛けるまえに準備をしておきたかったのだけれど、これでは……。
戦いながらやれるかということに頭を悩ませていると、静寂を打ち破ったのはシーナだった。
「わたしはやりますよ」
「シーナ……」
「エクスさんが倒してくれると言ってくれたんです。それまでの時間、なんとしてもわたしが稼いでみせます!」
「いいのか?」
「はい! わたしはエクスさんを信じています! この街のために戦うのでしょう? それに時間が必要なら、わたしもできる限りのことをします!」
シーナはそう言って笑いかけてくれる。
相手はバカでかいSランクの魔獣。
普通に考えたら死ぬ可能性の方が高い相手。
よくよく見ると膝も笑っているのに、それでも戦うと真っ先に声をあげてくれる優しい彼女。
「嬢ちゃんだけにやらせていい訳あるのか? そんな腰抜けしか冒険者にはいねぇのかぁ!? あぁん?」
そう言うのは、以前俺に《トレメス》で飯を食べたいなら貴族か商会かギルドと仲良くなれと言ってくれた男。
今は騎士のような格好をしている。
「ふ、ふざけんな! 領主の兵士なんかよりつえーに決まってんだろ!」
「そうだ! 嬢ちゃんだけに任せておけるかよ!」
「おれたちだってやってやる! やってやるさ! 鉱山の化け物め!」
「エクス君。素晴らしいタイミングで帰ってきてくれた。感謝するよ」
そう言って近づいてきたのは、檀上から降りたギルマスだった。
「いえ、では、俺はすぐに準備に取り掛かりますね」
「ああ、何か手伝えることはあるか?」
「そうですね……受付嬢さんをお借りしてもよろしいですか?」
「え? 私ですか!?」
「構わないが……理由を聞いても?」
「一応外で無防備になるので、何かあった時の護衛を頼みたいと思いまして。シーナに頼んでも良かったんですが、彼女がいなければ奴の足止めもできないかなと」
「なるほど、構わない。早速やってくれ」
「はい」
俺はそう返事をして、受付嬢さんをお姫様抱っこで運ぶ。
「それわたしがして欲しかったです!」
後ろからシーナの声が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。
準備の方に少しでも頭を使わなければ。
「後でちゃんと彼女にやってあげてくださいね……」
受付嬢さんからはそう言われた。