第27話 甘味を求めて
「こっちの方に狙いの奴らがいるんだな?」
俺は今回一緒に来ているオードリアギルドの受付嬢に聞く。
「はい。この街道上にトレントが多数出現し、交易の邪魔になっています。時間がかかってもかまわないので、徹底した駆除をお願いします」
街道は森を突っ切るように通っていて、その両側は木々が立ち並んでいる。
そんな道が数キロも続いていた。
街道から30mはトレントを狩ってほしいというのが今回の依頼だ。
詳しく説明してくれるのは、以前俺たちの対応をしてくれた黒髪ロングの美人受付嬢さん。
今回の依頼の案内をしてくれるということでついてきてくれた。
「わかった。シーナは受付嬢さんを守ってくれ」
「はい」
「いえ、その必要はありません。私はこれでも元Cランクの冒険者です。自衛くらいはできますよ」
「そうなのか。じゃあサクッとやっていく」
「お願いします」
「『設計図』」
俺は早速魔法を起動し、狩っていこうと決める。
トレントは前に相手をしたが苦労しなかった。
だけど、奴らの本領はその擬態能力。
そんな隠れたままの奴らを見つけるにはどうしたらいいか?
簡単な魔石の力を引き出し、それを射出するゴーレムを造る。
「『土人形製造』」
俺はゴーレムを造って左手に着ける。
ちょっとしたサイ〇ガンのようだ。
そして、もう片方が手で剣を握る。
「「?」」
シーナと受付嬢さんが首を傾げているので、俺は早速行動に移す。
「ファイア」
ドシュシュシュシュ。
左手から小さな炎の矢が飛び出し、木々に突き刺さっていく。
『グゴオオオオオオオオオオ!!!』
数本突き刺した内の1本がトレントだったようで動き始める。
「エクスさん!?」
「駆除って森ごと燃やしてって意味じゃないですよ!?」
シーナと受付嬢さんのテンションがとても上がっている。
俺はとりあえずトレントを両断して、魔石だけ取って2人の元に戻った。
「護衛がいらないんだろ? シーナ、消火を頼む」
「そういうことですか……」
「ああ、これを全部やっていく。それが一番早い」
「わかりました」
俺たちはそう言っていたけれど、受付嬢さんはぽつりと。
「なんて力業……」
とつぶやいていた。
俺たちのやり方だと処理速度は早い。
トレントは剣で簡単に両断できるので、見つけられるかどうかが問題だからだ。
1日も経った頃には、指定された箇所のトレント狩りは終わっていた。
シーナは今料理をしてくれている。
俺と受付嬢さんは火を囲んでゆったりとしていた。
「早い……どんなに上手くいっても2週間は覚悟していたんですが……」
「そうなのか?」
「ええ……トレントは擬態能力もですが、その耐久力も相当のものです。この依頼が受けられなかったのも駆除をする期間が長いからなんです。それをこんな短時間で依頼を達成されるとは……素晴らしいです。私としても長期間オードリアを開けるのは好きではありません。すぐに帰れるのはありがたいです」
「帰らないぞ?」
「え」
「帰ったら甘い物が食べられないじゃないか」
「……」
受付嬢さんは口を固く閉ざし、視線で説明を求めてくる。
「トレントが多い……っていうのはいい。だが、その奥にアカシアトレントがいるそうだな?」
「え、ええ……確かに情報ではいるそうですね」
「討伐依頼も出ているよな?」
「はぁ……確かに出ていますが、ランクはAランクになります。ですので、一度戻って依頼を達成し、ランクをあげられてからでもいいのではないかと」
「さっき君は言ったじゃないか。『こんな短時間で依頼を達成されるとは』と」
俺がそう言うと、彼女は驚いたように目を見開く。
「確かに言いましたけど!」
「なら、そのまま狩ってもいいじゃないか。甘い魔獣がいなくて残念に思っていたが、アカシアトレントは違うんだろう?」
「アカシアトレントはトレントの上位個体で、確かに甘い物を持っている可能性は高いですが……」
「なら狩ってもいいだろう? 問題ない!」
「いやそんな……流石にAランク相手だと自衛できるか怪しいのですが……」
「シーナが守ってくれる。安心してくれ」
「そんな……」
ということを話していると、シーナが食事を持ってきてくれる。
3人で一緒に食べた食事はとても美味しかった。
******
私はディアーナ。
元Cランク冒険者で、今はオードリアのギルドで受付嬢として働いている。
エクスさんとシーナさんに案内をするために依頼についてきた。
後は、ギルドマスターからどれほどの実力か、あの《星導》様が認める人の実力を見極めてこいと言われている裏の理由もある。
ただ、おかしい。
トレントの駆除なんて普通騎士団とかが総出でやるような問題なのに、それを1日で終わらせてしまっていた。
しかも、甘い物が食べたいからAランクの魔獣に挑むという。
信じられなかった。
命を粗末に扱いたい自殺志願者かと思ったが、そういう訳でもない。
今も、アカシアトレントを狩るとかで森の奥深くに進んでいる。
「グゴオオオオオ」
「邪魔」
ズバン!
エクスさんは襲い掛かってくるトレントを剣だけで両断している。
相手は木で、それも魔獣のためかなり固い。
なのに、それを素振りをするように切り裂いていた。
危険な森にいるはずなのに、ハイキングに来たような軽さだ。
「お、あれがそうじゃないか?」
「そうですけど……本当に戦うんですか?」
「じゃないとはちみつ、ゲットできないだろ?」
「普通のはちみつでもいいじゃないですか……」
「今ゲットできる最高の甘い物が食べたい気持ちだったんだ」
私はそんな軽い気持ちでAランクの魔獣に挑みたくない……。
そんなこれから挑む相手はAランクの魔獣であるアカシアトレント。
アカシアの木を20mほどに大きくした感じで、普通のトレントと比べて動きが速く頑丈。
しかも、ハニーキラービーというBランクの魔獣と共生していて、かなり厄介な魔獣だ。
ハニーキラービーは体長1mはあろうかと言う大きさのハチ型の魔獣で、そんな魔獣が30体くらい群れている。
「じゃあ俺が片付けてくる。シーナは受付嬢さんを守ってやってくれ」
「わかりました!」
「気を付けて……」
ということで、エクスさんはアカシアトレントに向かって行く。
当然のようにハニーキラービーが空から、アカシアトレントが根を地面から差し向けてエクスさんを狙う。
「よっほっ。うーん。どうやって狩るのが一番はちみつを集められるかな」
彼が剣を振ると襲い掛かっていたハチが弾け飛び、根が両断される。
戦いながらのんびりしすぎではないだろうか。
「ねぇ……いつも彼ってあんななの?」
「そうですよ? もっと強い敵の時はすごく凛々しくなってかっこいいですけど」
「もっと強い……」
「はい。というか、エクスさんのお陰でこっちには全然敵が来ませんね。警戒しているならどんな料理作るか考えていようかな……」
「頼むから守ってくれない?」
「あ、はい。わかりました」
なんなんだこの2人は。
普通Aランクってもっと緊張するものじゃないのかしら。
町でも滅ぶ可能性があるはずなんだけど。
「よし、今回は普通に倒そう」
と、彼は剣だけを使ってハニーキラービーを倒していく。
確かに淡々と狩っていく彼の姿を見ていたら、特に守ってもらう必要があるようには思えないけれども。
「でも、せっかくだから『設計図』んで『土人形製造』」
彼は目の前に新しいゴーレム。
斧型のゴーレムを造りだした。
……なんで? それゴーレムなの? ただの斧じゃないの?
大きさは彼自身の背丈くらいあり、茶色の中に赤い模様があった。
「行くぞ! 斧加速斬撃!」
彼がそう言うと斧ゴーレム? の後ろから火が噴出した。
斧は私では目に見えない速度になる。
彼はそれを横に薙ぐと、アカシアトレントは真っ二つに切り裂かれた。
『グゴオオオオオ!!!!!』
ズズン、と音を立ててアカシアトレントは仰向けに倒れた。
そして、周囲に生き残っていたハニーキラービーたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「後ははちみつの収穫だ!」
「はい! 何作ろうかな♪」
シーナさんは気にした風もなくアカシアトレントの上部についているハニーキラービーの巣を目掛けて一直線だ。
私は一応ということで警戒をしていると、2人はあっという間にアカシアトレントやハニーキラービーの解体を終えていた。
息の合ったいいコンビだと思う。
「それじゃあ飯にしよう!」
「ですね! すぐに作ります!」
「待って待って待って!? ここ森の深部よ!? 危険じゃない?」
「えーだって甘い物食べたいだろ?」
「確かに食べたいですけど……」
でも場所の問題があると思う。
そう思っていると、シーナさんが助け船を出してくれる。
「では、戻りながらこのはちみつで何が食べたいか話し合いましょう!」
「なるほど! それはいいな! いつもシーナに任せていたから、心苦しかったんだ」
「わたしが好きに作っているだけなので、気にしないでください!」
見せつけてくれて……と思うが、なんだか恋愛的な感じではないような気もする。
そんなことを思いながら3人で話していると、エクスさんもシーナさんもどの甘味がいいかを力強く語っていた。
私もいつも以上に熱が入る。
それもこれもシーナさんの料理がとても美味しいからだ。
あの《トレメス》に匹敵するかもしれない。
そして、元の街道に戻った頃にはメニューは決まっていた。
「それでは早速作りますね!」
「頼む」
「手伝えることはある?」
「お腹を空かせて待っていてください!」
シーナさんがそういうので、私とエクスさんは言われた通りに待っていた。
甘味を作るのには時間がかかるので、1時間くらい待っただろうか。
ただ、エクスさんが話してくれることは楽しくて、あっという間に時間が過ぎていた。
「できました!」
「待っていたぞ!」
「やった!」
シーナさんが作ってくれた甘味は、ホットケーキのはちみつがけ果物たっぷりというもの。
色々と話していたのだけれど、今ある手持ちではあまり作れないことが分かった。
なので、簡単に作れるものをこれでもかと作ってくれたのだ。
果物は森の中に生えていた物から、街で買ったものまで、イチゴにバナナ、キウイなど様々だった。
早速ホットケーキの部分だけを食べると、ふんわりとしたホットケーキの柔らかさがまずは唇に当たる。
歯を立てればすっと抵抗もなくちぎれて、豊かな香りが鼻をくすぐった。
「すごい……」
次ははちみつがかかった場所だ。
ハニーキラービーのはちみつはかなり高価だが、見合うだけの味がある。
口に入れたそれはホットケーキの素晴らしさを邪魔することなく、そっと手助けをしてくれるようにまろやかな甘さが広がっていく。
「ほぅ……」
緊張していた心がほっと一息つけるような優しさを感じる。
そして最後は果物と一緒に食べる。
これがどんな味に変わってくれるのか、想像もつかない。
私は覚悟を決めて一口食べる。
「はぅ…………」
受付嬢として出してはいけない声が出てしまう。
でも、それくらい美味しい。
先ほどの美味しさに加えて、イチゴの酸味がちょうどよい塩梅で口の中で開くのだ。
あ、甘い……からの酸っぱさでそれを変え、すぐにイチゴの甘さやはちみつの甘さが再び躍りかかってくる。
一口で何回味が変わるのだろうか。
シーナさんは料理でも魔法を使えるのだろうかと思う。
私は幸せな味をこれでもかと堪能すると、いつの間にかホットケーキはなくなっていた。
「嘘……もうない……」
こんなにすぐになくなるなんて……。
愛犬のタマが死んでしまった時くらい悲しい。
「はい。おかわりありますよ」
天使がいた。
私の目の前に、笑顔でホットケーキを出してくれる天使が。
「ありがとう!」
「いいえ、そうやって美味しく食べてくれると嬉しいんです」
彼女はそう言った後、美味しそうに食べるエクスさんを見てずっとニコニコしていた。
それを見て悟る。
彼女は彼のために料理を作るのが最高なんだろうなと。
それから、私は満腹を超えるくらいまで食べた。
「食べ過ぎて歩くのが辛いわ……」
「まだまだ材料は残っているので、作れますよ?」
「う……食べたいけどダメ。制服が入らなくなっちゃう……」
そんなことを話しながらオードリアに戻ってくると、なんだかいつもより騒々しい。
「あれ……何かあったのかな?」
「んー鉱山で何かあったみたいだ」
そう言うエクスさんの表情は、とても険しかった。