第2話 世界を味わう
エクスがクビにされて数日後。
《アクリスケディアス》の一室。
あたしは久しぶりにエクスに会えることを楽しみにしながら《アクリスケディアス》を訪れていた。
自分の仕事としては、《アクリスケディアス》のゴーレムを卸してもらい、それを販売するという物。
いわゆる小売店と思ってもらっていい。
コンコン。
「失礼しますーす」
あたしはテンションが少し上がりつつも、エクスに会えるという気持ちで部屋に入る。
「お待ちしておりました。アンナ様。こちらへどうぞ」
「へ……あ、はい。よろしくお願いします」
しかし、そこに待っていたのはエクスではなく、営業部の他の人だった。
「あの……エクス……いえ、エクスさんはどうかされたのですか?」
「彼はクビになりました」
「………………クビ!? え? クビ!? なんでですか!?」
あたしは信じられず、目の前の彼に詰め寄らんばかりに聞く。
だって、エクスから漏れ聞こえる話と、彼以外から聞く話からどう考えでも《アクリスケディアス》の要はエクスだった。
彼が設計をして、製造もこなして、量産もする。
最初話を聞いた時は嘘だろこいつと思った。
でも、実際にこの話し合いの場で目の前でやってみせてくれた。
あたしがこんなのを欲しいと無茶ぶりをしたのにも対応してくれた。
彼はトライマイスターに教えてもらっていると言っていたけれど、絶対嘘だと思う。
彼より実力が上の人間が3人もいるなら、今ごろこのクランは国で一番……いや、近隣諸国を含めても1番になっている。
しかも、すごいのはそれだけではない。
ゴーレムの素材を自分で取りにも行っていることだ。
一度仲間が連れていってもらったことがあるらしいが、仲間曰くけた違いの実力者という評価だった。
ドラゴンを単騎で狩って、それを素材にするとか……。
なんでと聞いた時にはそうしないと儲けが出ないからとか言っていた。
それはそんな契約を取ってきたカス……多分クラマスだと思うけど、そいつが悪い。
エクスはそれのしりぬぐいをしていたのだ。
彼はゴーレムを自分で設計し、素材も集めて製造し、量産までできる。
彼一人いれば怖い物はないだろう。
それほどの男をクビにする。
《アクリスケディアス》には頭のいかれた奴しかいないのだろうか。
相手の男はそのことを理解しているのかいないのか、淡々と話を続ける。
「ええ、クランマスターの判断でそうなりました」
「は……クランマスター……」
あのハゲ、中身のしわもハゲているんじゃないのかと思う。
でも、これは好機かもしれない。
彼がもしまだこの街にいるなら、なんとしてでも勧誘する!
以前から何度も引き抜こうと話をしていたけれど、恩があるからと聞き入れてはくれなかった。
だけど、今ならきっと聞き入れてくれるだろう。
「すみません。急用を思い出したので、失礼しますね」
「え? 来たばかりでは……」
「すいません。何においても優先するべきことができましたので」
「はぁ……」
あたしは急いで自分のクランに戻り、仲間にこのことを伝える。
「本当か!?」
「本当みたい! なんとしても仲間に引き入れないと!」
「ああ! 《アクリスケディアス》と付き合いのある奴らなら全員が狙うはずだ。先を越される前に行くぞ!」
ということで、あたしたちはエクスの捜索を始めた。
お願い……この街にいて……。
******
時は戻り、《アクリスケディアス》をクビになってすぐのエクスは、街をトボトボと歩いていた。
「はぁ……これからどうするかな……」
夕焼けに染まる街を俺は何をするでもなく歩く。
今まで必死に働いてきた俺に、何かできることはあるのだろうか。
「この匂いは……」
気づいたら裏路地に入っていて、鼻孔をくすぐるいい匂い。
グゥゥゥゥゥ。
こんな状況でも腹は減る。
俺はフラフラと小さな料理店に入った。
「いらっしゃい。好きな席に座っとくれ」
中には店主以外誰もいない。
店主はかなりの老人で、少し腰も曲がっていた。
俺は適当な席につく。
「何を食べたいんだい?」
「……このいい匂いの料理を食べたい」
「ほう、いい鼻持ってるね。少しまっていておくれ」
店主はそう言って厨房に引っ込み、少しすると木の器に入ったスープを持ってきてくれた。
見た目は鶏ガラスープだけれど、野菜や肉が入っていて食べ応えがありそうだ。
「いただきます」
「なにかのおまじないかい? まぁ、好きに食べとくれ」
俺はスプーンを手に取り、スープをすくって口に運ぶ。
「!!!!!!!?????」
スープを口に入れた途端、虹が口に入り込んだような錯覚を味わう。
塩味、甘味、酸味、苦味、旨味は当然として、そこから何かわからない何かが口の中で踊る。
正直この味全てが混ざって美味しいとは思えないだろう。
でも、なぜか美味い。
虹色の人が口の中で踊り狂い、俺の手をとって美味いだろうと強引に頷かされているような意味の分からなさがある。
でも、美味しい。
それ以外の言葉が出てこない。
はっきりとした旨味と塩味、これを起点として、甘味や酸味、苦味も要所要所で出てきていい味を出しているのだ。
スープの中という液体でそれが成立していていることが理解できない。
でも美味い。
それ以上の言葉が出てこない。
俺は夢中になってスープを食べ始めた。
「美味かった……」
「おかわりはもういいかい?」
「はい……流石に5杯は食べ過ぎた……」
「料理人としてはうれしい限りだよ。それで、どうかしたのかね」
彼は俺の前の席に座り、じっと優しい瞳で見つめてくる。
「いえ……最近クビになりまして……これからどうしようかなと」
「クビ……そりゃ大変だ。何をしていたんだい?」
「えっと……ゴーレムを造るののお手伝いを……」
「おお、ゴーレム。すごいねぇ。私の店でも使っているよ。食材を冷やすゴーレムを使っているんだ」
「それって……《アクリスケディアス》で出ていた?」
「知っているのかい? あそこはとてもいいゴーレムを造るね。同じ作り手として尊敬するよ」
その食材を冷やすゴーレム。
通称冷蔵ゴーレムを造ったのは俺だ。
いつものように任され、造ったものが使われている話を聞くととてもうれしい。
「普通に冷やす冷蔵庫の魔道具とは違っていてね、時間帯によって冷やす温度を変えてくれるのがいいね。しかも移動もしやすい。素晴らしいよ」
「ありがとう……ございます」
「君が造ったのかい?」
「はい……上司が監修して……ですが」
「それでも、造ったのは君だ。君がすごいんだよ」
「そう……でしょうか……」
俺は彼の目を見つめ返すと、笑顔で頷く。
「ああ、君のゴーレムだ。自信を持っていい」
「はい……ありがとうございます」
俺はそう言ってもらえたことが嬉しくて、また来たいと思う。
「あの、また来てもいいですか? 美味しくて……こんなにも美味しい物があるなんて知りませんでした」
「ふむ……そう言ってくれるのはうれしいが、残念ながらこの店は今日でたたむんだ」
「え!? どうして!? こんなに美味しいのに!?」
「私の身体がね……ついていかないんだ」
「そんな! なら、俺が造りますよ! あなたの世界最高料理を再現できるゴーレムを!」
俺は料理人ではない、ゴーレムマイスターだ。
俺がそう提案すると、彼は少しうつむいてくつくつと笑う。
「なるほど、それは面白い。私の味が後世まで残ると?」
「絶対にやってみせる!」
これはいいかもしれない。
彼の味を再現できるゴーレムを造り、なんなら、もっと……世界中の美味しい物を食べにいく。
ああ……それがいいかもしれない。
仕事で色々な場所に行くことがあった。
でも、仕事があるからと、ほとんど食べずに携帯食料でごまかしてきた。
それを、その土地に行き、その土地で美味しい物を食べつくす。
そんなことをしてもいいのかもしれないと思った。
「なるほど、だけど、君は世界を見て……いや、味わってからそうしてくれると嬉しい」
「世界を味わって……?」
「そうだ。私も若い頃は色々な場所を旅してね。美味しい物も、あんまりな物も味わってきた。それらを全て味わった後で、それでも私の料理が世界一だと思うのなら、お願いしよう」
彼は俺の頭が読めるのか、そう言って提案をしてくる。
俺がやりたいと思っていたことをまるでわかっていたかのように。
「わかりました。すぐに行きます」
「くっく、若いとはいいな。ただ、あてもなく旅をするのは難しいだろう。これをもっていきなさい」
「はい」
彼から手渡された紙には、世界中の街の名前と店名? のようなものがかかれていた。
「それは私が心から美味しいと思った店の名前だ。守る必要はないが、気になったら行ってみるといい」
「ありがとうございます。早速行ってみる!」
「であれば、最初はオードリアへ行くのが近いだろう」
「わかりました。すぐに行きます!」
「気を付けて」
「はい!」
こうして、俺のこれからの目標が決まった。
旅をして、世界中の美味い物を食べつくす。
俺はその日の内に荷物をまとめ、翌日の朝一には宿を引き払う。
世界中の美味い物を食べ、おじいさんの料理を再現するゴーレムを造る。
これをなんとしてもやり遂げる!