第18話 助けた人は
俺とシーナは走り、声がする方に向かう。
すると、崖から少し離れた所にうずくまる女性がいた。
その崖は登るための急な坂があるので、上っている途中で落ちてしまったのだろう。
「大丈夫か!」
俺は声をかけた。
前世の記憶でこういう時は若くて美人の女性と決まっている。
別にだからなんだという訳ではないけれど、ただそうだと思っただけだ。
「ああ、あたしゃ問題ないよ。心配しないでおくれ」
そう言って顔をあげたのは、50年ほど前だったら美人と言われそうな女性だった。
別にがっかりなんてしていないが、俺は彼女が抑えている足を見る。
すると青あざになっていて、回復をさせた方がよさそうだった。
「この近くに治療院はあるか?」
「え? 何する気だい。あたしゃ……」
「くじいたんだろう? 連れていく」
「……でも」
「その足で歩くのは無理だ。魔獣の餌にでもなる気か?」
「……そっちの方に村がある」
「わかった」
俺は彼女を抱え、シーナと共にその村に向かった。
村は小さな村で人口は100人くらいか。
ドチュウの村よりも小さい。
「ばあさん……年なんだから無理しちゃダメだよ」
「は! あんたよりは若いさね!」
そう言ってばあさんは治療院の医師にそう言い返していた。
「全く……『回復の光』」
頭の反射がすごい医師がそう言ってケガをした患部に手をかざすと、青色だった幹部が元の色に戻っていく。
「さ、これで治ったよ」
「ありがとよ」
「また美味い飯作ってくれ」
「は、あたしの飯でもその髪は生えてこないがね」
「うるさいよ。あんたの減らない口も治療できたら良かったんだが」
そんなことをお互いに言い合っているので、仲はとても良さそうだ。
「と、あんたたちには迷惑をかけたね。代わりと言ってはなんだがウチで飯でも食っていってくれ」
「いいのか?」
「ああ、助けられてなんの礼もしないほど落ちぶれちゃいないさ」
ばあさんがそう言ってくれるので、せっかくなら甘えようか。
でも、シーナの料理も食べたい。
俺が少し悩んでいると、医師が声をかけてくる。
「せっかくなんだから食っておきな。めちゃくちゃ美味いから。なんたってそのばあさんは……」
「うるさいよ! 余計なことは言わないでおきな」
「全く……別にいいだろう」
「さっさとおし」
そう言って彼女はスタスタと歩いていくので、俺とシーナは互いに顔を合わせた後についていく。
彼女の家は1人暮らしだと大きいようだが、大事にされているようだ。
家の外には花壇があるし、野菜が植えられた畑もあった。
中も手入れが行き届いていて、すごくきれいだ。
俺たちは案内されたダイニングで席について待っているように言われた。
「20分くらいでできるから少しだけお待ち」
「はぁ」
「わかりました」
ということで、シーナと一緒に料理のことについて話したり、戦いの時のコツなどについて話す。
「さ、待たせたね」
そうしてばあさんが持ってきたのは、木の器に入ったシチューだった。
「じっくりことこと煮込んだ美味しいシチューだ。味わって食べとくれ」
「ありがとうばあさん」
「あたしゃばあさんじゃないよ。クロアってもんさ」
「……クロアさん。ありがとう」
ちょっと危ない名前な気がするが、気にしても仕方ないだろう。
次元というか世界が違う、気にするだけ無駄だ。
「それじゃあいただきます」
俺はスプーンですくって口に運ぶ。
「!」
う、美味い。
医者が言っていたことは本当だった。
めちゃくちゃ美味い。
ホワイトシチューのクリーミーな味わいは当然として、その奥にある味の深みとでも言えばいいのだろうか? それが舌の上で様々な味わいを見せてくれる。
野菜の旨味だったり、肉の旨味だったりがしっかりとシチュー全体に広がっていて具材を食べなくてもとても美味しい。
しかし当然というように具材も入っている。
その具材は具材で、食べやすいサイズにカットされているのは当然として、それぞれにされている下処理も完璧、余計な臭みや苦み等も一切ない。
こんなシチューが存在するなんて考えられなかったくらいだ。
野菜たちが荘厳なオーケストラを組んで曲を奏でている。
すべてがかみ合い、調和していると言っていいのだろうか。
そんな中でも、それぞれの良さが引き出しあっている。
俺はがつがつと食べて、あっという間にカラにしてしまう。
「ふふ、おかわりもあるよ」
「もう一杯!」
「はいよ」
クロアさんはそう言ってお代わりをよそいにキッチンへと向かってくれる。
俺はそれを今か今かと待っていると、ふとシーナの様子が気になった。
彼女も俺と同じようにお代わりをすると思っていたからだ。
そんな彼女の方を見ると、彼女はほとんど減っていないシチューをじっと見つめ、1人ぶつぶつとつぶやいている。
「この奥に隠されているのはなんのお肉だろう? 下処理はして……結構寝かせているからこれだけの味が出てるのかな? それともこのお肉本来の味だけで? そんなのブルームバイソンでもないと……」
と目の前のご飯を味わうよりも、分析し、美味しさを見つけようとしていた。
今はそっとしておく方がいいと思い、俺はクロアばあさんのシチューを楽しむことにした。
「ふ~美味かった……こんなに食ったのは3日ぶりだな」
「最近じゃないかい」
「はは、そうだな。しかし、これだけ美味い飯が作れるっていうのはクロアさんは有名な料理人なのか?」
「そんなんじゃないよ。気にしないでおきな」
そう話すクロアさんは聞いて欲しくなさそうだった。
なので、俺はそれを聞かずに別のことを聞く。
「そういえば、なんであんな危ない道を登ってたんだ?」
「ん? ああ、あの上には旦那の墓があるんだよ」
「だからって……あんな危ない道……」
「ちょっと前に魔獣の影響? で、安全な方の道は壊れてしまってねぇ」
「修理はしないのか?」
「そう行く者もいないし、こんな小さい村じゃ修理する人手も足りないんだ。仕方ないよ」
「そうか……なら、俺が行けるようにしてやろうか?」
「はぁ? あたしゃ支払えるようなもんはないよ」
別に金には困っていない。
でも、墓参りがしたいという彼女の力にはなってあげたいと思う。
一人でも危ない道を登ろうとするほど、相手のことを思っているのだろうから。
それに、俺がやる方法では、困っている人の助けになるのは一度だけじゃない。
ゴーレムを造り、それを任せ続ける。
ずっとやってくれるのがゴーレムのいい所だ。
俺がこの村を離れても、ゴーレムが残っている限り、ずっと彼女の力になってくれる。
「別にいいぞ。ただ、頼みたいことがある」
「……なんだい」
彼女はそう言って身体を隠すが、俺はそんなつもりは全くない。
「シーナに料理を教えてやってほしい」
「料理……このシチューをかい?」
ちなみにシーナはずっとぶつぶつ言い続けていて、時折シチューをすくって口に運んでいる。
多分俺たちの話を聞いていない。
「そうだと嬉しいが……シチューのレシピ……というか、そういうのは貴重なんだろう?」
ラノベで昔の料理のレシピは貴重だって学んだ。
ばっちゃも言っていた気がする。
だから、
「レシピじゃなくていい。シーナは料理人をしているが、料理を習うことができなかったんだ。だから、少しでいいから教えてやって欲しい」
この理由としてはこうだ。
この依頼を受けてゴーレムを造ってクロアさんが喜ぶ→シーナの料理の腕が上がる→俺が美味しい料理を毎日食べられてカラフルハッピーマテリアルゴーと言う勝利の方程式の完成だ。
だから、ぶっちゃけ今回のレシピだけじゃなくて、小さな料理の技術だけでもいいのだ。
それの積み重ねが俺が堪能する美味いに変わるのだから。
「……あたしの裁量に任せるっていうのかい?」
「ああ、それでいい」
「……わかった。それじゃあ頼むとするかね」
「今回の依頼。このエクスが承った」
こうして、俺はこの村のためにゴーレムを造ることにした。
ふふ、最高のゴーレムを造ってやろう。