第1話 クビ
本日10話更新予定です!
「エクス。今まで私の秘書としてよく働いてくれた。これからは自由にするといい」
俺の背後で、そう言って肩をポンと叩くのは、俺が所属するクランの長であるガーランドさん。
禿頭にあごひげを生やしていて、交渉の場で舐められないようにとても威圧感がある。
日頃はこのクラン長室で指示を出し、このクランを大きくしてきたすごい上司だ。
呼ばれて彼の執務室に来た途端これ。
俺は彼の言っていることの意味が理解できずに聞き返す。
「え? これからは自由って……どういう意味ですか?」
「どういうとは何、君はわたしの秘書ではなくなるだけだよ。簡単だろう?」
彼は後ろで手を組んでゆっくりと歩きながら話す。
でも、俺は納得できない。
「そんな!? 俺は秘書として真面目に仕事をしてきました! それなのにどうしてですか!?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。我がクランがより高みを目指すため、君は邪魔なんだ」
ガーランドさんは楽しそうに話す。
「我が《アクリスケディアス》はどのようなクランか知っているか?」
「知っていますよ。新しいゴーレムを開発し、実用化出来そうならそのゴーレムを製造します。そして、多くの人の生活を素晴らしい物にするためにそのゴーレムを量産して販売するんです」
「よく知っているではないか。そして、我が自慢のゴーレムを製造する者たち……ゴーレムマイスターの中でもトップ中のトップの実力を持つ、トライマイスターを知っているか?」
「いつも話していますよ……。開発のクブリさん。製造のカンテさん。量産のティダーさんです」
いつも彼らに仕事の進み具合などを聞いたり、聞かれたことに答えたりしてきた。
だから目の前のガーランドさんよりもよほど知っている。
「そうだ、彼ら至高の3人さえいれば、我がクランは安泰だ。そして、上に行くために、必要なことがある」
「必要なこと?」
「そう、我々が上に行くために貴族と協力関係を結ぶ必要がある。そして、私の右腕に貴族の子女を受け入れてくれないかと言われてな」
「はぁ」
「それで、エクス。貴様のような平民が私の秘書では見栄えが悪いんだ。わかるね?」
言われた意味は分かる。
わかるが納得はできない。
「そんなことのために俺を首にするんですか!? 俺は毎日頑張って働いてきたんですよ!? 毎晩毎晩あれが欲しいこれが欲しいという要求に答え続けて、寝る暇も食事をする暇もなく働いて来たんですよ!?」
ウチでやっている仕事はさっき話した通り、ゴーレムを開発、製造、量産して販売するというもの。
まずゴーレムとは、魔石を核にして、作られる魔法物のことだ。
大きさは手のひらサイズから山のように大きな物まで、用途によって分けて作られる。
畑を耕すだけの簡単な物から、戦闘に使えるように様々な機能を備えている物まで、本当に数多くのゴーレムが存在していた。
平民でも一家に何体もゴーレムを置いていることだってあるくらいだ。
と、話がそれたが、ゴーレムの開発は、魔法陣を展開し、ここに土を何キロ、ここには魔力をこれくらい注ぎますよといった設計図を造る。
それをもとに、素材と設計図に魔力を流しながらゴーレムを設計図通りに作っていく。
最後に作ったゴーレムに異常がなく、流通にのせられるということになったら全く同じものを量産して、販売するというものになっている。
俺は秘書として頑張ってみんなの手伝いをしてきた。
何度もされた無茶ぶりにも答えてきたのだ。
開発のクブリさんには『どんなゴーレムがあったらいい?』ちょっと街で調べてきてくれと言われて情報を集めてきた。
そしたら『今度はこれを実現するためにどうしたらいい?』と聞かれて設計図を作って見せると『満点だ』と俺を試すようなことを言ってそのまま開発を進めた。
製造のカンテさんだってそうだ。
『持ってきた設計図通り造ってみろ、何、失敗したらオレが造り直してやる』とか言っていたのに、失敗しても『お前ならできる!』って言って何度も造るように言ってきたので、彼の指示通りに頑張って造った。
量産のティダーさんだって、『エクスができる所まででいいから、やっていってくれ』って言って、1人帰っていく。
俺は彼が帰っていくのをしり目に、納期に間に合わせるために頑張って量産した。
秘書だから目立つこともなく、有能な人たちの手伝いを必死でやって頑張ってきたのに!
ガーランドさんにだって、このままだと納期とかやばいからもっと人を増やしてって言ったのに全く聞いてくれなかった。
そして、今回もガーランドさんは俺の話に耳を貸してくれない。
「ああ、そうか。ご苦労だったな? これからは好きに生きるがいい。ああ、そうそう、ついでにあるとしたら、私は君の珍しい黒髪黒目が嫌いでね。不吉だとすら思うんだよ」
「そんな……」
「これでもう見なくなると思うとスッキリするよ。ああ、君は引き継ぎもなにも考えずにすぐに出て行ってくれ。ではな」
そう言ってガーランドさんは出ていけとでも言うように手を振る。
「待ってください! もっと……もっと働きますから! 国とか精霊にも認めてもらえるように! 俺にできることを何でもしますから!」
これまでずっとここに置いてくれた。
何度失敗しても、たくさんのミスをしても、みんな笑って許してくれた、俺をとても大事に扱ってくれていた。
もっとここでみんなと一緒に……。
「だったらすぐに辞表を書いてくれたまえ。君に願いたいことはそれくらいだよ」
「そんな……10年以上もずっと働いてきたのに……」
若くしてこのクランに入った時は、貴族と協力なんて言ったら笑われる規模のクランだった。
だが、トライマイスターの3人が実力を示し、有名になるにつれてどんどん規模は膨れ上がっていった。
それにつれて毎日毎日が忙しくなり、家に帰る時間は1時間、2時間とどんどん遅くなっていく。
しまいには月に1日帰れれば御の字というような状況だったのだ。
それでも、俺を拾ってくれた恩から、このクランのために頑張りたいと思っていた。
俺を迎え入れてくれた場所だから。
「ぐっ……」
頭に割れるような痛みが走る。
そして俺は前世の記憶を思い出した。
『お前のようなゴミが上級国民である私の秘書? 馬鹿も休み休み言え、いや……今日までご苦労だった。これからは自由にするといい』
『そんな! 私はずっと一生懸命やってきました!』
『一生懸命なだけなら猿でもできる。お前のような底辺が一瞬でも私の秘書になれたのだ。それだけで光栄という物だろう。いいから行け』
俺は……それから……どうしたんだったか。
覚えていないが、俺は……また同じようなことをしている。
一生懸命働き、人のために全てを捧げ、俺にできることと関係ないことで捨てられる。
それでも……俺は……。
俺は意識を現実に戻す。
ガーランドさんは机に向かい仕事を始める。
俺がここにいないかのように扱っているのだ。
「あの……」
「……」
「ガーランドさん……」
「……」
しかし、彼がピクリとも反応することはなかった。
ただ、俺はそこらに落ちている石のように、あってもなくても変わらない存在ということなのだろう。
そこまでされては……もう……俺は……。
「今まで……ありがとうございました」
「……」
俺はそう言って部屋を出るが、返事は何一つなかった。