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わたしの恋心を砕いた幼馴染に恋人のふりを頼まれた結果  作者: ねむのき新月


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6/6

ふりが終わってはじまる

 小花模様の磁器のティーセットが並び、コック自慢のビスケットとブルーベリーパイも用意されている。


「ミュゼット嬢は、スメ男爵と結婚したよ」


 傍目には優雅なひとときに見えるその場で、最初にレナルドが口にしたのは、それだった。


「そうなの? えっと。ベアトリスに聞いたのよ。スメ男爵は、ミュゼット嬢にずっと求婚していたって。でも、何が、どうして、そうなったの?」


「ミュゼット嬢は、男を手玉にとって喜ぶ女性でね」

「ああ――」


 なんとなく、そんな雰囲気をまとっていた。よく知らない相手を思い込みだけで判断するのはよろしくないけれど、この場合は、当たっていたようだ。


「ネックレスを買ってくれたら、あなたとの結婚を考えるわ。毎日、花を届けてくれれば愛と認めるわ、とか。そんな感じかな。ネックレスを贈ったところで、好みじゃないとか安物とか難癖をつけて、別の男性から贈られたものをこれ見よがしに身に着ける。花を贈ってきた相手には、キスマークのついたカードを返したものの、求婚者の大半はそれをもらっている。彼女の言動に一喜一憂する連中を見て、喜んでいたみたいだ」

「はあ」


 愛を試しているといえば試しているし、そういう駆け引きが好きな男女もいるだろうから一概に善悪は決められないとはいえ、やっぱり友人にはなりたくはない。


「ミュゼット嬢は、ぼくが彼女の美貌になびかなかったのが、不満だったらしい」


 どうやらレナルドは、あの時の説明をしにきたようだ。


「ふうん。あなた以外に大勢侍っていたのにねえ」


 お父様にはどう説明したのか気になるものの、落ち着いてきたわたしがしみじみ言うと、レナルドが少し笑った。


「彼女になびかず、アリーヌと付き合っているのが面白くなくて、きみのことも気に入らなかった」

「どうせ、行き遅れとか尻軽とか似合わないドレスとか、見下しているような言葉を並べたんでしょうね」

「――」


 黙り込んだところをみると、正解だったらしい。それ以上の悪口雑言があったのかもしれない。


 レナルドはこほんと咳払いをひとつして、話を戻した。


「ともかく、自分を崇拝しているスメ男爵に、アリーヌが花婿を探している、彼女と結婚してくれれば、愛してあげる――とか言ったんだって。きみたちをふたりきりにして、そこにぼくとミュゼット嬢が押し込み、あらぬ場面を発見させる手はずだったそうだ。ぼくは彼女に、アリーヌの具合が悪くて客間で休んでいるって、案内されたんだよ」

「なるほど」


 あの一連の出来事を思い返すと、納得できる。


「ミュゼット様は、あなたと結婚したかったんじゃないの?」

「さあ、そこまでは聞かなかったな。どうでもよかったから。スメ男爵はアリーヌをお飾りの妻にして、ミュゼット嬢と愛をはぐくめると真剣に考えたようだね」

「その思考回路が謎だわ」


 男爵の言動は、酒の上での醜態ではなかったようだ。

 どちらにしろ、迷惑千万であることに変わりはない。


「ふたりは本当に結婚したの?」

「うん。特別許可証を手に入れて渡した。スメ男爵は喜んでいたよ。今後、その喜びがどこまで続くか見ものだね。ああ、でも、あの男を八つ裂きにしたいのであれば、アリーヌの望むようにする」

「いいわ。顔を見たくはないだけよ」

「少なくとも、ぼくがいる場所に顔を出すことはない。そうおど――約束してある」


 いま、脅したって言いかけた?

 聞かなかったことにするわ。


「男爵はともかく。ミュゼット様はそれでよかったの?」


 スメ男爵と、本当に結婚を考えているような気配はなかった。

 彼女がスメ男爵を選んだのは、ただ都合よく動いてくれそうで、爵位が低くさほど社交界に影響力もないからだろう。


「アリーヌこそ、ミュゼット嬢を許せるのか? 全部、彼女が仕組んだことだ。スメ男爵と結婚するはめになるところだったんだぞ」

「でも、レナルドが助けてくれたもの」


 ミュゼット嬢が、本当にレナルドが好きだったのなら、その気持ちはわからなくもない、と言えないこともない。

 許せるかどうかと聞かれると、実害はないに等しいため、悩むところだ。


「ぼくは彼女を生涯許さない。ついでにスメ男爵もだ」


 いつになく強い言葉に、二の句が継げずにいるわたしに、レナルドが続けた。


「彼女の父親のマイリー侯爵は、年を取ってから授かったミュゼット嬢を溺愛しているんだ。それであのざまなんだが。彼女の奔放振りにはさすがに困っていたようなんだけど、可愛すぎて叱ることさえできなかったそうだ」


 そうすると、ああいう令嬢が仕上がるわけか。

 持って生まれた本人の資質もあるとはいえ、成長環境も大切という見本かもしれない。


「いままで彼女が、求婚相手に望んだことや、アリーヌにしたことを伝え――ちなみに、彼女から嫌がらせを受けた令嬢は他にもいる――、ぼくはかなり怒っていることも伝えた。スメ男爵がミュゼット嬢の望みをかなえるためにしたことを考えるなら、ふたりを結婚させたほうがいいだろうとも言った。侯爵は納得してくれたし、最終的にはミュゼット嬢も受け入れた」

「でも、そんなに溺愛している娘のことなのに、侯爵様はよく納得してくれたわね?」


 スメ男爵が、侯爵令嬢が嫁ぐのに相応しいかどうか――父親ならいささか不安を覚えないだろうか。


「マイリー侯爵家は、実は財政があまりよくないんだ。ミュゼット嬢は知らないのか、気にしていないのか、金遣いが荒い。あの侯爵領の特産品は木材なんだけど、うちの流通経路や輸出で利益を出している部分もあるし、まあ、そういうことを持ち出したら、侯爵はすんなりうなずいてくれたよ。スメ男爵が、麗しの女神の浪費癖を支えられるかどうか、気にする義理はないね」

「そ。そう……。ていうか、なんていうか、レナルド」

「うん?」

「……いえ、なんでもない」


 レナルドがお人好しなんて、とんだ思い違いだったようだ。


 マイリー侯爵様もお気の毒――なんて、同情はしない。

 まあ、関わりなく暮らせればそれでいいわ。お互い離れたところで幸せになればいいだけの話。彼女が幸せかどうかは興味ないけど。


 ああ、そうか。許すかどうかっていうより、わたし、関心がないのね、彼女に対して。


 気になるのはただ、目の前の人物のことだ。


「じゃあ、お芝居は終わりね?」

「うん」


 お芝居は終わり。恋人の時間は終わり。

 わたしは、少しぬるくなった紅茶に口を付けた。


「恋人のふりはもう終わり。だからね、アリーヌ。ふりじゃなくて、本当に恋人になって」

「――ごほ。――は?」


 辛うじて紅茶を噴き出さなかった自分を、誉めたいと思う。


「ぼくは、あの夜、スメ男爵に決闘を申し込むところだったんだよ」

「ええ、短気を抑えてくれて本当によかったわ」

「短気じゃない。本気だった。本当に、アリーヌに何かあったら――」


 レナルドの拳がぎゅっと握られている。


 これはつまり、どういうこと?

 わたしの勘違いじゃなければ、レナルドはいま、わたしに交際を申し込んだ?

 いやいや、都合よく考えるのはよくない。


「スメ男爵の件は、あなたが悪いわけじゃないんだし、気に病むことないわよ? あなたに責任を取ってもらうようなことは、何もないから」

「そう来たか。責任云々じゃない。じゃあ、わかりやすく言い直すよ。結婚を前提に、お付き合いしてください」

「――あなたは、お淑やかな女性が好きなんでしょう?」


 ふうっとレナルドが息を吐く。


「やっぱり、聞いていたんだ。あのとき」

「聞こえたの」


 わたしたちが思い出しているのは同じ、七年前のこと。


「聞いているとは思った。だから、わざとそう言ったんだよ。それで、アリーヌが淑女みたいになるんなら、きっとぼくのことを好いているってことだから、そうしたら、まず婚約してもらおうって思っていたんだ。でも、きみはぜんぜん元気なままで。ぼくはわりとショックを受けた」

「わたしもショックだったわよ!」

「え?」

「だって、お淑やかになんて、わたしには無理だもの」


 わたし、何を口走っているの?


「わたしなりだけど、努力はしたのよ。でも、ドレスの裾は踏んづけるし、我慢してるのに言いたいことは口に出ちゃうし」

「ああ、ぼくのために、淑やかになろうとはしてくれたんだ」


 うれしそうにレナルドは笑い、それからわたしの手を取った。


「ごめん。本当に。ぼくが全部悪い。ぼくはそのままのアリーヌが好きだよ。他の令嬢は全部同じに見えるんだ」


 レナルドはまっすぐに、わたしを向いていた。


「きみはきみのままで、ぼくと結婚してください。アルズ子爵に求婚の許可は取ってある。アリーヌが承知するなら反対はしないって、言ってもらえた」


 夢かしら。

 なのにわたしは、この期に及んでも、ひねくれた言葉を返す。


「わ、わたしが、あなたのことが嫌いならどうするつもり?」

「嫌われていないと思ってる。ふりに付き合ってくれるくらいなんだから、そう思っても大丈夫だろう? いまは友達としての好きでも、恋人としての好きになってもらえるように、努力する」

「――」

「ミュゼット嬢がこんなことを仕組むとは思わなかったんだ。だから、いい機会だと思った。エスコートを引き受けたら色々面倒が発生して恋人が必要だって、アリーヌに頼めばいいんだ、って。実際、そうなるだろうことは予想できたし、その通りだったからね。どんな理由にしろ断られたら、アリーヌのことは諦めようと思った。でも、引き受けてもらえたから。ふりをやめるときには、結婚を申し込むって、最初から決めていたんだよ」

「――」

「アリーヌ?」


 ベアトリスは変わろうと頑張っている。

 レナルドは努力すると言っている。


「――わたしも、もう少し淑女であるように心掛けるわ」

「え? いや、アリーヌはアリーヌのままでいて欲しいけど」

「対外的に、伯爵夫人にふさわしいふるまいをするってことよ。根っこは変わらないわ。だって、わたしなんだもの」


 そう胸を張ると、レナルドは少しだけほっとしたように笑った。


「それは、ぼくと結婚してくれると思っていいんだね?」


 でも、ほんのちょっとだけ、いたずら心が顔を出す。


「どうしようかしらね?」

「アリーヌ」


 わたしの指先をそっと持ち上げて、口づけた。

 レナルドのすがるような眼差しに、なんだかどきどきする。


「ええ。あなたと結婚するわ、レナルド」


 ああ、ベアトリス。わたしの親友。数十年予定より早いけど、今度会ったときに、謝ってお礼を言って大笑いしたいわ。


 レナルドは前髪をかきあげつつ、呟く。


「……はあ。よかった」


 新緑の目が、恨めしそうにわたしを見ていた。


「アリーヌが早く結婚してくれれば、諦めがつくって思ってたのに、結婚どころか、恋人の噂すら出なくて」

「わたしもそう思っていたわよ。あなたがさっさと結婚してくれれば、すっぱり忘れるのにって」

「七年、損した気分だよ」

「ふふ、でも、七年はそこそこ楽しかったわ」


 わたしたちはそう言いあって、同時に吹き出した。


 お互いにそんなふうに思いあっていたなんて。

 でも、七年があったから、きっといまがあるのだ。


 思い込みと勘違いで砕け散ったわたしの恋心は、話し合いと本心でふたりの新たな愛となった。

最終回となります。

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