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わたしの恋心を砕いた幼馴染に恋人のふりを頼まれた結果  作者: ねむのき新月


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2/6

恋人のふりを頼まれる

 そう友人。わたしはちゃんと友人をできているはず。

 誰にも噂されないのがその証拠よね。

 そもそも、レナルドがさっさと身を固めてくれれば、わたしもすっきりするんだけど。


 内心で言いがかり気味な文句をつけていると、目の前に手が差し出された。


「もともと彼女とは、会場までという約束だったんだ。なので、アリーヌ、一曲お相手していただけるかな?」


 わたしは、パチンと扇子を閉じて応じる。


「残念ね。わたし、ちょっとお腹空いてきたから、別室で軽く何かつまみたいの。ほかの相手を探して」

「それなら、ぼくも行く」


 立ち上がったわたしの手を、レナルドはさっさと自分の腕にかける。


「あなたと踊りたい令嬢はたくさんいると思うけど」

「ぼくが踊りたい令嬢はいないから」

「そう? 独身の令嬢は、それなりに来ているみたいよ」

「ざっと見たけど、もれなくぎらぎらした母親がついてくる感じだからね。暇だったから出席したけど、今晩は逃げようと思う」


 そんな台詞に、ほっとした自分が、いやになるわ。

 いい加減、この感情どうにかならないかしら。


 でもおくびにも出さないように、わたしはそっけなくうなずいて見せた。


「じゃあ、付き合ってさしあげてもよくってよ」

「あはは、よろしくお願いします、お嬢様」


 レナルドにエスコートされて、わたしは軽食が並べられている別室へ向かった。


 音楽がかかりはじめたばかりのせいか、こちらにいるひとは少ない。

 さすが公爵家というか、見た目も種類も、文句のない軽食が並んでいる。

 わたしはキュウリのサンドイッチをいくつかお皿にとって、目立たない壁際の椅子を目指すと、レナルドはシャンパンを持ってついてくる。


 腰を下ろしてから、レナルドがひどく改まったふうに口を開いた。


「折り入って、アリーヌに頼みがあるんだ」

「ん? 何?」


 かじったサンドイッチを飲み込んでから聞き返す。


「ぼくの恋人のふりをして欲しい」

「――はあ?」


 サンドイッチを落としかけたものの、慌てて持ち直した。


 なんで恋心を砕いた――まあ、わたしが勝手に砕けたんだけど――相手の恋人のふりをしなくちゃいけないのよ。


「ミュゼット様にでも頼みなさいよ」


 それから行儀悪く大きな口を開けて、食べかけのサンドイッチを放り込む。


 わたしに恋人のふりを頼むなんてという腹立たしさと、他でもないわたしに頼んできたという多少の満足。


 キュウリの食感が好きなんだけど、感情が乱れて楽しむ余裕はない。


「冗談だろう、アリーナ。彼女に頼んだら、最悪、家同士が結託して教会まで最短コースの道ができる」

「んんー? じゃあ、なんでエスコートしたの」

「彼女に頼まれたから」

「レナルド……」


 わたしは肩を落とした。


 頼まれればなんでも引き受けるなんて、そんなお人好しだったかしら。


 うちのお父様はのんびりしていて、領地の経営もほどほど、社交もほどほど、娘の目から見て可もなく不可もない。でも使用人や領民には好かれているのだから、それが一番だとも思う。

 お母様がしっかりしているから、バランスはとれている。


 レナルドのお父様であるロセ伯爵も、わたしには優しいおじ様であるけれど、マティアス様から少し聞いた話では、なかなかやり手なのだそうだ。

 領地の農地改革や、物流を考えた街道の整備はもちろん、貿易船に出資して莫大な利益を上げているらしい。国王陛下とも学生時代の友情が続いていて、さらに領地のパン屋の値段から異国の大臣の趣味のことまで、幅広く情報通であるという。


 そんな父親を持つ息子が、こんなにお人好しに育つなんて、伯爵家の行く末がちょっと不安だわ。


「アリーヌ?」

「え? えっと、なんだっけ?」

「ミュゼット嬢のエスコートは、頼まれたからしただけ」

「ああ、そう、その話ね」

「そもそも、それを引き受けたせいで、恋人が必要になったんだけど」

「どういうこと?」

「彼女は毎回違う男性にエスコートを頼むんだよ。求婚者を順番にね」


 ――ということは、彼も求婚しているのね。

 やっぱりほんの少し胸がうずいたけど、上手に隠せていたと思う。

 わたしも未練がましいわ。まだ好きなのかしら。まあ、好きだけど。レナルドが結婚すれば、綺麗さっぱり消え去る感情でしょう。


「あなたも彼女に求婚していたってことなのね? それならいいじゃない」


 求婚相手にエスコートを頼まれたのだから、本望だろう。


 ところが、レナルドは真顔で否定した。


「ぼくは彼女に求婚していない。ちなみに、彼女以外にも、誰にも求婚はしていない。だから、どうしてぼくに頼むのか、本人に直接聞いたんだ。そうしたら、順番に頼んでいたら回数が合わなくなって、二回のひとと三回のひとがでて喧嘩になる。端数合わせにお願いって」

「はあ」


 あんまり聞かない理由だけど、そういうことをする女性もいるという勉強にはなった。


「ぼくは婚約者もいないし、噂になるような恋人もいないし、迷惑にならないだろうと思ったって、ミュゼット嬢は言ったよ」

「まあ、その選択は正しいわよね?」

「その選択を引き受けた結果、彼女に求婚している連中に睨まれて、面倒になりそうなんだよ。さっき、さっそく、あとから来た若造のくせに、って誰かに舌打ちされた」

「ああ……。そこまで考えなかったの?」

「んー」


 返事が曖昧だったところを見ると、深く考えてはいなかったのだろう。


 彼女が順番にエスコートを頼んでいるということを、求婚者たちは知っているだろう。

 レナルドがエスコートしたということは、求婚者の仲間入りをしたとみなされたに違いない。ライバルが増えて、うれしい状況ではないのだ。

 しかもレナルドは、人気の花婿候補のひとりでもある。

 女性の嫉妬や牽制もたいがいだと思っていたけど、殿方も変わらないようだ。


「だから、ぼくには恋人がいるって示したいんだ。ミュゼット嬢をエスコートしないで、アリーヌにくっついていれば、男連中の嫉妬はなくなるだろう?」

「そうでしょうけど。ほかの令嬢も寄りつかなくなるんじゃないかしら?」

「それは、いまのところ問題はないよ」


 レナルドはにっこりと笑う。


 ええ、そうでしょうとも。

 わたしは知っているわ。

 毎年、妙齢の令嬢やその母親、関係者が、あなたに紹介されたがっていることを。あなたは、パーティでは気が向けば踊るし、気が向かなければさっさと帰ってしまうということも。


『本当にいつまでもふらふらと! アリーヌ、あなたもそう思うでしょう!?』


 シュザンヌおば様はそう嘆き、同意を求められたけど、わたしは曖昧に笑うしかなかった。


 それはさておき。


「わたしの結婚事情はどうなのよ。あなたの恋人だって噂になったら、わたしに男性が寄ってこなくなるわ」


 そもそも最近は誰も寄ってこないし、求めていないけど。


 そうすると、レナルドが不思議そうな顔をする。


「え? 結婚しない予定だって、聞いたけど」

「誰に?」

「アルバン」


 知られていたか。

 それも当然かもね。隠しているわけじゃないし、アルバンには宣言のような形で伝えていたし。

 あの子は、姉と自分の将来の何を想像したのか、複雑な顔をしていたけど。


「まあね。その代わり、何か自立する手段はないかって考えていたら、特に何も思い浮かばなくて、ちょっと困ってるのよね」

「ああ、もしかして、さっきの百面相」

「ええ」


 百面相? そんなに顔に出ていたのかしら。

 次からは扇子の陰で考えることにしようと心に決める。


 そのとき、レナルドが思いついたとばかりに指を鳴らした。


「じゃあ、恋人のふりをしてくれたら、アリーヌが自立できる援助をするよ」


 なかなかそそられる提案だ。レナルドの意見を参考にできるかもしれない。


「例えばどんな?」

「そうだな。新興の富裕層の令嬢に淑女教育をするような教室を作るとか? どこか立地のいい場所とかを選ぶのに――」

「本気? わたしに淑女教育の教師ができると?」

「……ええっと」


 レナルドの目が泳ぐ。

 なんて正直者。


「ちなみに、ピアノも刺繍も水彩画も、そこそこよ」

「……知り合いのご婦人に、コンパニオンとして推薦するよ」

「いいわね。最終手段としてあると気が楽になるわ」


 一番無難な選択肢でもある。

 ベアトリスにお願いしようかとも思ったけど、友人からお手当をいただくのも何か違うような気がして、いやだったのよね。


「じゃあ、引き受けてくれる?」

「そうね。いざとなったら、コンパニオンの件、お願いね」

「わかった」

「期間は? 今シーズン? ミュゼット嬢の婚約が決まるまで?」

「そうだな。短ければ彼女の婚約まで、長くても今シーズン」

「じゃあ、商談成立ね」


 そこにいた使用人から、レモネードを受け取って、わたしはレナルドのシャンパングラスに軽く当てた。


「ところで、恋人のふりって何をどうすればいいの」

「まずは会場に戻って、二曲ばかり相手をして」

「それはいいけど。でも、わたしたちって、そういう関係にはならないって思われているんじゃないかしらね。このお芝居、あんまり真実味がないと思うんだけど」

「真実味があるように、がんばるし、がんばってよ」

「はいはい」

「あ、誰にも内緒だよ。謀は密なるをもってよしとする」

「ベアトリスにも?」

「当然。そうすれば秘密は漏れないからね」

「了解」


 それから会場に戻って、ワルツを二曲踊ることになった。

 さすがに少し注目はされたものの、普段が普段だからそれほど気にもされなかった。


 ただ、途中で視線が痛いなと思ってちらと見れば、ミュゼット様に睨まれていた。

 なぜ?


 美人だと思うけど、なんていうか、底意地が悪そうな顔立ちなのよね。友人じゃないし、友人になろうとも思わないから、構わないけど。


 音楽が終わり、レナルドにエスコートされて壁際の椅子を目指していると、待ち構えていたかのようなベアトリスが、控えめながらしっかりと腕を組んできた。


「ベアトリス? どうしたの?」

「ええ、ちょっと。よろしいかしら、レナルド様?」

「もちろん」


 さっきと逆のパターンである。

 レナルドは令嬢や母親たちをうまく避けつつ、友人たちのほうへ向かっていった。


 ベアトリスに引っ張られるようにして、わたしは椅子に座りこむ。


「どうしたの、ベアトリス。マティアス様と喧嘩でもしたの? わたし、文句を言ってくるわ」

「わたしのことじゃないわ、アリーヌ。どうしたのはこちらの台詞よ。レナルド様と続けて二曲踊るなんて」


 確かに、いままではどんなダンスも、相手が誰であれ一回しか踊らなかった。


「そういう気分だっただけよ?」


 なんてことないふうに笑えば、ベアトリスは軽く目を見張る。


「き、気分て。熱でもある? 何か変なものでも食べた?」

「大丈夫。正気よ。友人だもの、踊りたいだけ踊るわ」


 砕けた恋心の話は、ベアトリスには話してある。

 七年も前のことだし、いまはレナルドとは友人だし、結婚は諦めていると話してもいる。

 だからベアトリスは、純粋に、わたしを心配してくれているんだろう。


「アリーヌ。本当に、大丈夫なのね?」

「ええ、もちろん」

「ごめんなさい、余計な気を回しすぎたみたいだわ」

「まさか。心配してくれたんでしょう、ベアトリス。うれしいわ」

「じゃあ、ついでにもうひとつ。三回目を踊る前に、よく考えてね?」


 一晩で同じひととの三曲のダンスは、結婚を意味する。

 なかなか馬鹿げたしきたりだと思うものの、そう周知されているのだから仕方がない。


「ええ、わかってる。さすがに、それはしないわよ」


 お芝居だと話せればいいんだろうけど、レナルドと約束したし、友人関係だから気分次第ということで押し通すしかない。

 終わってからすべて話せば、きっとベアトリスは理解してくれるだろう。

 そもそも自分の結婚式の準備で、それどころではないかもしれない。

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