始まりは唐突に 【月夜譚No.333】
どうやら迷子になったようだ。右を見ても左を見ても、見覚えのない道が続いている。
何処をどう歩いてきたのか、記憶がない。――というより、はっと気づいた時にはここに立っていた。
青年は腕を組みうーんと考えるが、つい数分前までの自分の行動も思い出せない。
ひとまず現在地を把握しなければなるまいと、丁度前を通りかかった女性に声をかけた。
「あの、すみません」
「……何ですか、貴方」
不審に思ったのか、女性は不躾に青年を睨み「変な恰好」と呟くとさっさと行ってしまった。
自分の身体を見下ろしてみるが、変なところはないように思う。普通のパーカーだ。
そこではたと思い至る。今の女性が着ていた服は、民族衣装のようなドレスだった。それに、周囲に建っている建物は日本ではあまり見ない石造りだ。まるで、テーマパークか海外にでも来てしまったかのような雰囲気である。
益々疑問に思って立ち尽くしていると、道の向こうから物凄い勢いで体躯の良い男が走ってきた。
「おーい! ああ、良かった。召喚した座標を間違えたから、迎えに来るのが遅くなってすまない」
そして、青年が言葉を返す間もなく、肩に担がれる。
「え、あ、ちょっと……!」
「急いで戻るから、舌を噛まないようにちゃんと口を閉じていろよ」
爆速で流れていく見たことのない景色に酔いながら、青年はこれから一体どうなるのだろうと思いを巡らせた。