あやめの行き先
「うーん、ここはどこだろう。」
あやめは今まで何をしていたのかさっぱりわからなくなってしまった。よく考えても思い出せない。しかし、ここが現世ではないことはすぐにわかった。なぜなら、見たこともない奇妙な生物が目の前にいるからだ。その生物はまるで巨大な単細胞生物であり、現世では認識できない色で光り輝いていた。
「おや、俗世の子かい?」
奇妙な生物がまるで脳に直接話しかけてくるような感じでしゃべる。
私は死んでしまったのだろうか。それとも最近流行りの異世界転生というものなのだろうか。この光り輝く生物は何。おばあちゃんはどこへ。
いろいろな考えが頭の中を駆け巡った。しかし、答えは何も見つからない。
「どうしたんだい?私が怖いかい?」
その奇妙な生物は、再びあやめに話しかける。あやめは正気に戻り、
「いえ。ですが、私は今何が起こっているのかさっぱりわからなくて。」
と答えた。あやめは冷静に答えたが、内心パニックでおどおどしていた。
奇妙な生物はまたあやめの脳の中に直接、
「ここは、俗世で一旦修行が完了した魂が集う場所だ。ここで、魂は修行の振り返りをして少し休息期間をとって、これからどうするかを決めているんだ。どうしてここに紛れ込んできたのかい?」
と語りかけた。
あやめは全く理解できなかった。
俗世は修行なの?振り返り?修行後も何か待っているの?私は死んではなくて、偶々死後の世界に紛れ込んでしまったっていうこと?
疑問でいっぱいになって、あやめは固まってしまった。
「大丈夫かい?」
奇妙な生物は話しかけ続ける。
あやめは、唖然としつつも、一つずつ疑問を解決していくことにした。
「ええ。大丈夫です。」
「そうかい。それならよかった。さっきからずっとぼーっとしているものだから。あなたみたいな俗世の子が、ずっとこちらで何もせずにいると魂が抜けて死も同然になってしまうから、気をつけるんだよ。」
「ありがとうございます。気をつけます。申し遅れましたが、私は中峰あやめと申します。」
あやめは、この生物に礼儀正しくしておいた方がいいと直感的に思った。
「あ、言い忘れてたな。私はシキネ。よろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。ところであなたはどういったお方なのですか?」
「私は、ヤオヨロズの一部だよ。そうだ。あなたは俗世からやってきたのだから、魂としての記憶は消されているはずだね。最初から説明しようか。」
「ありがとうございます。」
あやめは「ヤオヨロズ」という言葉を聞いて、よくさちおばあちゃんが「八百万の神」の話をしていたことを思い出した。
「昔々、ヤオヨロズは一つの浄化された大きな魂だったんだ。だけど、ある事をきっかけにヤオヨロズから魂が分離するようになった。それが何かは今もわかっていないんだが、兎に角それをきっかけにヤオヨロズに邪気が入るようになったんだ。邪気によって小さな魂がヤオヨロズから出ていくようになってしまった。今では魂がたくさん抜けた結果、ヤオヨロズは最初の半分ぐらいの大きさになったんだ。このままでは危ないと感じたヤオヨロズは、魂の邪気を浄化してヤオヨロズに戻す事を考えたんだ。」
あやめは、シキネが言っていることを聞いたことがあると思ったが、それがなんの話だったか思い出せずにいた。
「小さく分離した魂がどこへ向かっていたかというと、俗世なんだ。俗世で魂としての記憶をなくし、形というものを持って生活していた。これをどうにか浄化しようと考えた結果、ヤオヨロズは、俗世で小さく分離した魂に苦難を与えて修行させることにした。そして、十分な苦しみを得て修行が完了すると、死を起こしここへ戻ってくるようにしたのだ。そうして修行を繰り返し、完全に浄化された魂は、再びヤオヨロズの一部となるのである。ヤオヨロズの一部となったものには様々な場所で仕事が与えられている。例えば私、シキネはこうしてこの世界の門番をする役割を与えられている。あなたのような間違ってやってきた魂を、俗世に送り返したりするのが私の役割なんだ。」
シキネは、優しく語りかけた。
この時、あやめは思い出した。さちおばあちゃんは、魂としての記憶が消されているのにも関わらず、この真実を知っていた。あやめは、幼少期にこの話をよくさちおばあちゃんから聞いていた。