『後三条天皇東宮のとき、烏帽子姿で速記のこと』速記談1058
後三条天皇が東宮のころ、烏帽子姿で速記をしていらっしゃったという。東宮が速記をなさるとき、烏帽子をかぶるということは普通はなく、退位なさって太上天皇となられてからおかぶりになるもので、後三条天皇は、東宮の時代が二十四年ほども続いたので、最後のころは、もう即位する日は来ないだろうとお考えになって、そのようにされたのではないかという。大学頭、文章博士藤原敦光の書き物の中に書かれたことである。
教訓:後三条天皇は、藤原家の外孫ではないため、みずから東宮を辞退することを期待されていたと見られ、我慢比べの様子がうかがえる。