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「一輪の花」(One Flower):咲×草太×陽葵×Lisa

#慰霊日にショートショートをNo.3『Hello,Again〜君がいる場所〜』(Hello,Again)

作者: しおね ゆこ

2021/8/15(日)終戦の日 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n5564ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/nc32677909a29)

【関連作品】

「一輪の花」シリーズ

 あの日、兄が言っていた言葉を思い出す。床に臥せっていた兄は、途切れ途切れになりながらも、こう言葉を空に綴った。

「あいつには…言わないでほしい……」

「僕のことなんか忘れて…元気にやってくれれば……」

「だめだよ兄さん……!もう一度、会いに行かなきゃ……!」

兄の手を握りしめ、涙を零さないようにそう訴える。目にしたのは一度だけだったが、私には〝それ〟が彼女だとすぐに分かった。布団の横で自分を見守る私の頭の上に、兄さんがポンッと手を載せた。

「咲はえらいなあ。未来は大丈夫そうだな。」

あの時と全く同じ言葉に、あの時よりもすぐそこまで別れが迫っているような気がして、握りしめた兄さんの手を抱くように必死に包む。こらえ切れなくなった涙が、ポタポタとシーツの上に落ちた。

「…泣くなよ……」

兄さんが私の頬に手を伸ばす。

「嫌だ……!兄さんが会いに行くの……!」

駄々をこねるように泣きじゃくる私を見て、兄さんは困ったように目を細めていた。


 28歳の私は、妹とともにロサンゼルスにある空港に降り立っていた。先日、知人を介してアメリカの新聞に「戦争が始まる少し前の日本にて、〝草太〟という日本人の恋人がいた外国人女性を探しています。」とのメッセージを英語で載せてもらった。彼女にメッセージが届くのかも分からなかったし、メッセージが届いたとして、彼女が会いに来てくれるのかも分からなかった。無駄足になるかもしれないが、それでも、少しでも可能性があるのなら、兄の〝最期の願い〟を叶えてあげたかった。

 「新聞に〝恋人を探している〟という内容の記事を載せた者です」と英語で記したプラカードを持って、現れるかも分からない兄が愛した人をひたすら空港のロビーで待つ。

新聞に載せた記事では、日時を指定していなかった。3日間待って、再会出来なかったら諦めて帰国しよう、そう考えていた。

 1日目と2日目は、空振りだった。3日目もそれらしい人影はなく、いよいよ夕刻。帰りの便の時刻まであと2時間と、タイムリミットが迫っていた。

「……咲?」

声が掛けられたような気がしたのはその時だった。声のした方に顔を向けると、ブロンドの波のようにうねる豊かな髪を纏った一人の女性がこちらを見ていた。

「リサ……?」

女性はこちらに歩いて来ると、鞄の中から新聞記事を取り出し、私に見せた。

「これ、書いたのあなたよね?あの時の…妹さん……?」

記事に目を遣って頷く。16年ぶりに再会出来たことをお互いに認識したことが分かり、私たちは思わず抱き合った。抱擁のあと、私の隣りに立つ妹と彼女の視線が躊躇いがちに絡んだ。妹とリサは初対面だ。

「妹の…陽葵です。」指し示す。

「はじめまして、咲姉の妹の陽葵です。」

妹が伸ばした手をリサが握る。

「リサです。よろしく。」

握手のあと、彼女が訊いた。

「…草太は……?」

私と妹の他に男性の姿が見えないことに、彼女が不安そうにあたりを見回した。

「兄は…死にました。」

私の言葉に、彼女は目を見開き、絶句した。

「…いつ……?」

「16年前…まだ戦争をしていた頃です。」

彼女は両手で顔を覆うと、わっと泣き出した。

「また…逢えると……隣りにいてくれると……思っていたのに……」

「草太……草太……」

彼女は泣きながら、何度も、何度も、兄の名前を呼んだ。


 空港内のカフェでお互いにこれまでのことを話し、私たちは国境を越えた友情を育んだ。

「草太とは一度も、キスをしなかったわ。」

その言葉に私が彼女を初めて見た時に声を掛けてしまったことを謝ると、彼女はクスッと笑った。

「ううん、それで良かったのよ。彼はあの時…躊躇っているように見えたから。きっと私たちの国同士がこれから対立することを考えて、お互いにもう会えなくなる可能性を理解して、その時に私が自分のことを無かったことに出来るように…私が他の人のものになれるように……」

彼女はそこまで言うと、両の瞳を潤わせ、口を噤んだ。

「彼は…臆病だったけれど……とても…とても、優しかった。」

兄の最期の言葉を思い出す。あの時兄は、「あいつには言わないでほしい」「僕のことなんか忘れていい」と言いながら、どこか寂しそうだった。

許されなかった恋に、涙が滲む。妹も隣りで睫毛を顫わせた。

「…咲……?…陽葵……?」

彼女が心配そうに私たちの名前を呼んだ。涙を拭い、また零れそうになる新たな雫をぐっとこらえて、彼女を見る。

「…兄は……最期まで……あなたのことを考えていました」

「あなたのことを……心の底から、…愛していたから。」

「兄は…自分のことを犠牲にして、私たち妹のことを守ってくれたんです」

「お兄ちゃんに…甘えちゃったんです……」

詫びるように、妹がそう口にする。肌身離さず持っている缶を取り出す。

「最後のひと粒も、私たちより先には食べられないと。」

リサが缶を振った。丸めた手のひらに、赤いドロップスが転がり出る。

「…それ、リサが持っていて。」

リサはその小さなひと粒を、じっと見つめた。

「…ううん、受け取れない。…これは、草太が、あなたたちを守ってくれた、お守りの証でしょう?咲が持っていないと。」

その言葉に人知れず隠していた心の蓋を開けられたような気がした。兄の手を握って、炎が咆える畦道を歩いた日を思い出す。このドロップスは、兄が、私たち妹2人を、守ってくれた唯一の証なのに。

その大切なひと粒を、私は手放そうとしていたなんて。

「…お兄ちゃん……」

隣りで妹が、目を真っ赤に腫らして兄の名前を呼んだ。つられるように、視界が半透明の膜に覆われる。

「お兄ちゃん……ごめんなさい……」

ポロポロと膝に涙を落とす私と妹の肩を、リサがそっと抱き寄せた。

「持っててくれる……?」

「うん……」

リサの言葉に頷く。

「……ありがとう……」

マリンカラーの飛行機が、背景の中で、大空へと羽ばたいて行った。


 夏の木漏れ日のした、2人は軒先に並んで腰掛けていた。彼女のブロンドの波のようにうねる豊かな髪が、風に揺蕩い、木漏れ日を浴びてきらきらと輝いていた。2人が会っていたのは、お昼間のほんの数分間だけだった。それでも2人は、確かにお互いを想い合い、愛し合っていた。両親が用事で出掛けている日中、陽葵を寝かしつけ、たまたま軒先に出た私は、兄さんが見知らぬ女性の髪の毛に手をくぐらせ、唇を重ねようとしているところを目撃した。見知らぬ異国の来訪者に驚いた私は、思わず「兄さん」と声を掛けてしまっていた。それが偽りの誓いになってしまう前に、触れる寸前、私の声にピタリと動きを止めた兄さんは、数秒の静寂ののち、ゆっくり立ち上がると、物陰に立つ私のところまで歩いて来た。

「……見ていたのか。」

「う、うん。」

「…………」

兄さんは目を泳がせ髪を掻くと、長い息を吐いた。いつもの兄さんとは違う狼狽えたようなその姿に、沈黙が堪らなくなった私は、矢継ぎ早に質問を重ねた。

「誰……?」

「外国の人……?」

兄さんは私の言葉にどう答えるべきか迷ったように、何度も口を開きかけては閉じていた。

「…僕の…フィアンセだ。」

「ふぃあんせ……?」

聞き慣れない言葉に首を傾げる私に、兄さんは恥ずかしそうにしながらも、少しだけ幸せそうに微笑んだ。その仕種や表情に2人が〝友情を越えた親密な感情〟で結ばれた仲であることを確かに曖昧に理解した私に、兄さんは「誰にも言わないでくれ」とだけ告げた。私は2人の関係が、許されないものであるということも、同時に理解してしまった。

2人の逢瀬を見たのは、それが最後だった。異国の彼女を見たのも、それが最後だった。

戦争前の時期、家族にすら言えず、誰にも悟られないように、2人は隠れて、密かに愛を育んでいた。

【登場人物】

○咲(さき/Saki)

Lisa(リサ)

○陽葵(ひまり/Himari)


*回想

●草太(そうた/Souta)

【バックグラウンドイメージ】

○平田 研也 氏作/『小さな恋のうた』

○橋本 光二郎 監督作品/『小さな恋のうた』

○MONGOL800,小さな恋のうたバンド/『♪小さな恋のうた』,『♪あなたに』,『♪DON'T WORRY BE HAPPY』

○小さな恋のうたバンド/『♪SAYONARA DOLL』

○My Little Lover/『♪Hello,Again〜昔からある場所〜』

【補足】

①時代設定について

1961年設定

○咲:28歳

○Lisa:32歳

○陽葵:21歳



*回想(1945年設定)

●草太:17歳

○Lisa:16歳


○咲:12歳

○陽葵:5歳

②タイトル候補について

○『Hello,Again』(『Hello Again』)

○『Hello,Hello』(『ハロー,ハロー』,『ハローハロー』)

○『Hello My Dear』

【原案誕生時期】

2021年7月下旬

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