一心同体
「この気味の悪いのはなんなんだ!」
「私がいますシ、君たちは戻りなさイ」
シュウがそう言うと、生徒と教師はフェードアウトしていった。
「私たちは君が外へ出てくるのを待ち侘びていタ」
「僕を?」
「現ざイ、十六いるザイアクでハ、殺人の生産が間に合っていなイ。しかシ、十年まエ、君たちの存在を確認しタ」
「十年前…」
脳裏にハジメが映る。
「その通リ、君の弟であるハジメ、いヤ、今でハ…おっト、これ以上はだめだったカ」
「お前!ハジメのこと知ってるのか!」
「はイ。私が彼の元へ誘って差し上げましょウ」
僕はハジメのために警察になって、弟と妹の、いや、自分のために今は戦っている。他の三人が今どうなっているかわからないけど、こいつの目的は僕だ。ハジメのことを知ることができるし、三人を助けることにもつながるはずだ。
僕がついていけば…
僕はシュウの差し出す手の方へ歩き出した。ゆっくりと、一歩ずつ踏みしめる。ついていくことを決めたはずなのに、間違っているのではないかと、何度も頭の中をよぎる。
間違っていてもいいんだ。僕がしたいことなんだ。結果的に少しでもプラスに傾けばいい。
僕はシュウの目の前に立ち、差し出された手に自分の手を重ねようとする。
(だ、だメ!)
その時だった。どこからか聞こえた声に僕は辺りを見渡し始めた。しかし、声の主はその空間にいなかった。
あと一歩のところだったシュウは目を細めていた。
「どうしタ?弟のこと知らなくていいのカ?」
「ここには僕とお前しかいないんだよな?」
周囲を見回すばかりの僕をシュウは不思議そうに見つめる。
それっきり声が聞こえなくなってしまったため、気のせいだと思うことにし、再びシュウの目前に立った。
「そうダ。己の欲望のままに選択するのダ」
再び手を重ねようとした時だった、僕の体に突然力がみなぎってきたのだ。差し出そうとしていた手が、いきなり拳に変わり、シュウの頬をえぐった。
「ど、どういうつもりですカ?」
殺人の細胞はかたく、力強い渾身の一発にも関わらず、シュウは少し後ずさるだけだった。
「こ、これは僕の行動じゃ…」
(おイ、バカ!そんなやすやすと殺人の言う事を聞く人間がどこにいル!)
次に聞こえた声は聞き覚えのあるものだった。
「殺人であるお前が言うなよ」
(詳しい話は後ダ。今は俺の言う通りに動ケ)
「嫌だ!僕が考えて動く!」
僕はワンの言うことを聞き入れず、シュウとの戦闘を始めた。しかし、いきなり運動能力が向上した体を脳が制御しきれず、散々だった。
シュウのパンチを避けたかと思えば、想像より体が動いたせいで、その勢いのまま壁にぶつかってしまった。反撃しようと、シュウに飛びかかったが、速すぎて自分もろとも壁に打ち付けてしまう。
「そんな力があるとハ、報告を受けていないのだガ」
ぎこちない攻撃だったが、少なからずシュウには効いていた。
(大人しく言うことヲ…)
「嫌だ」
(頑固だナ)
「これは僕の戦いだ。理屈はわからないけど、力を貸してくれてるんだろ?それについては感謝する。だけど、初めから人に頼るのは嫌なんだ」
(…仕方ないやつダ。わかっタ。シュウについて説明すル。それト、力にもリミットがあル。この会話をしていることでモ、消費されていク。もっテ、あと十分ってとこだナ)
「うまく言葉を汲み取るよ」
(シュウは多対一を好ム。いツ、どこから現れるかはわからないガ、気をつけておケ。それを除けバ、ナナシと同じダ。あとは意散はしな…イ…)
「どうした?」
ワンの声は、回線の悪くなった携帯電話のように、ブツブツと途切れていった。
(僕もいるかラ!)
幻聴が聞こえてきた。先ほど、シュウと手を重ねようとした時に聞こえてきたのと同じ声だ。
ハジメ、見ててくれ、そして、僕に力を貸してくれ、背中を押してくれ。
「「一心同体だ!」」
僕は運動能力が向上しすぎた体を制御しつつ、ワンからの助言を元に、シュウに立ち向かう。
一般の人間をやってきた僕が、殺人の運動能力にどうついていけばいいか。いや、簡単なことだ。とにかく、動いてみればいいんだ。
僕はこれまでの人生で一流になることは一度もなかった。しかし、二流、三流になら、誰よりも早く到達することができた。要するに、物事への理解と、それを身体に反映させることが得意なのだ。
殺人の運動能力を得られたが、体自体は一般の人間のまま。これ以上、ぶつかると体がもたない。少し加減して、五割で動くか。
僕は拳を構え、シュウに向かって飛び出す。出だしはいい感じだと思ったが、ユイの拳はシュウに当たらず、直前で止まってしまった。
「ついてきてくれる話ハ、なかったことにしていいんだナ?」
僕は六割の力で急いで距離をとる。
「ああ、弟に止められたんでね」
「よくわからないことを言うナ」
距離をとり、着地をした時、何者かに足をつかまれた。足元を見ると、地面から手が生えてきていた。
「仕方なイ、力づくで君を持ち帰ることにしよウ」
足元だけでなく、教室のいたるところからナナシが現れた。僕は掴まれた右足を力づくで解放する。
教室内はやがてナナシで埋め尽くされた。これでは、動いて力の加減を試せない。いや、逆だな。
僕は低く構え、両手を広げ、十割の力で壁に向かって突っ込む。二割のナナシが僕の腕に巻き込まれ、圧により意散していった。
僕の行動を見たナナシは距離をとり始める。
「兄が見た地獄をお前にも見せてやル!」
ナナシが四方八方から襲いかかってくる。向かってくれるなら好都合。こっちにはリミットがあるんだ。
一気に殺ってやる!
僕はナナシを次から次へと跳ね除けていく。時折、ナナシの間から見えるシュウの表情は心なしか悲しんでいた。
ナナシを一掃し終わると、シュウとの一騎打ちが始まる。と思っていたが、床から新たに現れたナナシに足を取られてしまった。力づくで解こうとしたが、リミットが近づいており、思うように力を出せなかった。
「付け焼き刃の体なラ、そろそろ限界だろウ」
シュウに察されていた。言うとおり、僕は視界がぼやけ始めていた。シュウの声もうまく聞こえなくない。
僕が倒れるのに時間はかからなかった。足を掴まれたまま、前に倒れてしまった。
「これは研究のしがいがありますネ。この兄妹は謎が多すぎル」
シュウがゆっくりと横たわっている僕に近づき、担ぎ上げようと触れた時だった。シュウの体は雷が落ちたかのように、突然意識を失って倒れてしまった。




