協定2
「いなく…なった…?」
「見るの初めてカ?」
頷く僕をワンは見下ろしてきた。
「あいつは俺の大事なものヲ…」
ワンは拳を強く握る。悲しい声色をしていたワンを僕は見つめていた。
「お前も…ワンもああなるのか?」
「あいつはサツイダ。俺はザイアク。制御できればああはならなイ」
「そうなんだ」
僕は下唇を噛んだ。
「それより、話があるんだろ?」
僕はスズキたちに、先に帰ってもらうようサインを送った。
「俺たチ…俺ハ、人間と協定を結びたイ」
「協定?」
こうして当たり前のように殺人と話せていることに、吐き気を催したが、なんとかこらえる。
「一ツ、街を暴れ回っているサツイヲ、俺たちが排除すル。二ツ、人間に危害は加えなイ。三ツ、こちらの情報を提供すル」
「それで、僕たちに何をしてほしいんだ?」
「殺人同士の争いは見逃してほしイ」
僕は耐え切れず、立ち上がった。これ以上ワンの声を聞いていると頭がどうにかなってしまいそうだった。
何も言わず去って行ったユイの背中をワンはただただ見つめていた。
「俺たちはみな元は人げン。争う理由はないはずダ。兄ちゃン、頑張るからナ」
ワンは背中の腕を引っ込めると、一粒の涙を流した。
翌日、ワンから聞いた内容をそのままスズキに伝えた。タカハシのこともあるため、信憑性は低いものの、情報提供という点に興味を持ち、協定を結ぶよう言われた。
警察であるのに、殺人と手を組むことに躊躇があまりないことに驚いた。
殺人を取り締まるために動いているというのに。殺人と手を組むなんて。これが大人の判断か。まだまだ自分は周りを見れていない。客観的に物事を捉えられるようにならないと。
俯いた表情で食堂に向かうと、イトウとコバヤシが昼食をとっていた。
「どうしてそんな悲しそうな顔を?」
「ワンとかいう殺人と何かあったの?」
「いずれ聞くと思うけど、殺人と手を組むことになるんだ」
「どういうこと?」
「殺人の情報がない現状、手を組むと得が多いって。信用しすぎというか、二つ返事で決定できることじゃないと思うんだ」
「そのお方、少々危険かもしれない」
僕たちのすぐ近くで食事をとっていた、カウンセラーのナワが口を開く。
「この方は?」
「ナワさん。以前、お世話になったこともあるカウンセラーの人だよ」
「初めまして。私も目の前の餌に飛び込んでいる獣のように思えます。自分の目的のためなら周りが見えなくなっているような。何か隠しているのかもしれない」
確かに。スズキさんはタカハシさんのこともあるし、僕たちの知らない部分まで知っているのかもしれない。そもそも、まだ出会って数日の人の言うことを完全に信用することはできない。
「監視してみるといい」
「なるほど。では、第一課として行動している時は、見るようにします」
「同じく」
「合同の時は僕も注意するようにするよ」
「では、私はこれで。何かあればカウンセリングルームで待っているので」
ナワは食器を片付けに向かった。
「ナワさん、少々気味の悪い方ですね」
「同じく」
「そうかな。良い人だと思うけど」
「ユイさんはお人好しなんですよ」
「疑っても何も始まんないしね」
「殺人に対しても同じように接してくれればいいのに」
「何か言った?」
僕の耳にイトウの声は届かなかった。
僕たちはスズキの素性を調べ始めた。スズキは第一課の課長であり、全体会議や、他署への出張もあるため、ここの部署にいることの方が少ない。それでも、誰かとの会話や目を通したもの等、イトウとコバヤシは隠密に調べていた。
数日が経ち、三人は集まって報告し合った。合同での出動はなかったため、結衣からの報告はない。
「まず、出張がない限り、朝は決まって八時に出勤。一秒の誤差なく、着席します。それから、机上に置かれた資料に目を通すも、流すように印鑑を押していたため、頭には入っていない模様。九時に席を立ち、部屋を出ていきます。廊下でサトウさんと合流し、歩き出すも、途中で見失ってしまった」
「おそらく、方向的にもタカハシさんと会っているんだと思うよ」
「十二時半、食堂にてカレーを注文。カレー以外を頼むことはありませんでした」
「明日はカレー頼んでみようかな」
「十三時から会議が立て続けに入っていました。次に部署に来たのは十七時で、すぐに帰宅の準備をすると署を出て行きました」
「何か裏があるとすれば、出張中、会議中、タカハシさんと会っているとされる時、帰宅後、それにカレーか」
「カレーは大丈夫でしょ」
ナワがカウンセリングルームに入ってくる。
「私の方でも少し調べていたのだが、カレーは」
「カレーに秘密が!?」
「カレーは美味しい。ただそれだけだ」
僕たちは顔を見合わせた。
「それと、スズキさんは上の人と仲が悪い。出張とか会議では行動を起こせないだろう」
「じゃあ、タカハシさんに会いに行った時と帰宅後が怪しいですね」
「明日から私たちはサトウさんと合流した時を狙ってみる。ユイは帰宅後を頼める?」
「わかった。くれぐれも悟られないように」
「対象を見ている時、対象もまた見ているんだよ」
「なんで!?」
気づかないうちに僕の背後にスズキが立っていた。
僕ら新人組に気を取られているうちに逃げ出そうとしていたナワは、入口のサトウに止められる。
「先輩を舐めちゃいけないよ。ワンからの協定を結ぼうとしているのは上からの命令。元からそうするよう催促されていたのよ。ただ、情報の提供は助かるけど、それ以前に住民への被害が心配。情報はもらえなかったらそれまでだけど、危害は加わった後じゃ遅い。反対はしてみたけど、ナワ君の言う通り、上の人とは逆相思相愛だからね。意見は通らなかったよ」
「それを言いにここへ?」
「それともう一つ、サプライズがあるの」
「第五課への異動が決まった」
スズキの声を遮るようにサトウが告げる。
「ちょっと!驚かせようとしたのに、そんなあっさり言っちゃダメでしょ」
「な、何ででしょうか?」
コバヤシの問いに対し、スズキは声をあらためてから言う。
「それは、その…」
「ケンカしたから」
「え?」
拍子抜けの解答が返ってきて、素の反応が出てしまった。
「だって、住民と情報を天秤にかけて、情報に傾くんだよ?そりゃ反抗したくなるでしょ」
「真面目に仕事してないツケが回ってきたんだよ」
「本当にそれが理由なんですか?」
僕は真剣な目をスズキに向けた。
「そうだよ。ちなみにサトウ君も一緒に異動だよ」
「スズキさんが抜けるとなると、一課の課長は誰になるんですか?」
イトウが問う。
「順当に繰り上がるならタナカ君かな。別の部署から異動があることもあるから、なんとも言えないけどね」
スズキが僕の肩に手を置いてきた。
「これからは特によろしくね、ユイ君」
その一言がトリガーとなったかのように、カウンセリングルームに勢いよくカトウが駆け込んできた。
「殺人が現れました!」
「この時間に…じゃ、行こっか、ユイ君!」
スズキは僕の手を引いて、サトウと共に勢いよく部屋を飛び出た。
イトウとコバヤシも後に続こうとしたが、その足取りは重かった。




