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殺人  作者: つくし
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一番目vsヒヒ

 カトウの一言で、ホボを除いて僕たちは現場へ向かった。カトウによると、僕が一ヶ月前、大怪我をした時に発生した火災に似ているようで、老人ホーム内で暴れているとのことだ。


「ヒヒは厄介だね」

「ヒヒ?」

「エノモトさんの下についてるのに聞いてないのか」


 サトウに冷たく言われる。


「まずは警察としてのノウハウを教えているんだよ。殺人についてはこれから知っていくと思うけど、私たち警察は殺人の能力に応じた名前をつけて呼んでいるの」

「どうしてですか?」

「元は人間である彼らを、仕方なく変わってしまった殺人と呼ぶのはかわいそうだと思ってね」

「上の連中は今でも、何とかの殺人って呼んでるけどね」


 スズキは身近に殺人がいないからだと、推測し、返した。


「ヒヒは厄介なのでしょうか?」


 コバヤシがかしこまった口調で聞く。


「ヒヒは名前の通り、炎を扱うんだ。殺意で動いているから、己の身を滅ぼすはずなのに、自らにも耐性がついているせいで自己を破壊することなく動けている。要するに好き放題暴れている将軍ってことさ」

「そんな相手に対しても確保なんですか?」

「暴れていても、危害を加えても、元は私たちと同じ人間。殺してしまっては新たに殺意が生まれ、殺人が誕生してしまってもおかしくはないからね」

「スズキさん、消防隊が現場に着いたようです」


 カトウが電話で連絡を受けていた。


「了解。君たち、迷子にならないようにね」


 イトウが運転していた車をドリフトしながら現場近くに停める。

 状況は悲惨で、ほとんどが焦げて崩れていた。消化しているものの、炎が消えていくようには見えなかった。


「お疲れ様です」


 第五課の三人は既に来ていた。


「ユイ君、大丈夫?」

「はい。もうなんともないです!」


 アオキに心配されるもの、僕には無用だ。


「追加情報だ。殺人は二名、一人はヒヒ、もう一人はワン」


 エノモトがスズキに告げる。


「またあの二人か」

「ナワバリが絡んでそうだね」


 スズキとサトウが悩んでいる時、イトウが口を開いた。


「ワン…とは?」

「背中から腕を生やした殺人さ。…ユイ君が声を受け取った殺人でもある」


 あの時と同じ状況ということか。


「今回は私とサトウ君、ユイ君の三人で確保に向かうね」

「スズキ、ユイはまだ…」


 アオキに続いて、エノモトも心配の眼差しを向けてくる。


「僕なら大丈夫です!」


 僕は二人の心配をかき消すほどの笑顔と声量で返した。


「ということで、コバヤシ君とイトウちゃんは先輩たちの動きを見て学ぶように。お願いね、カトウ君」


 カトウはしっかりと頷いた。

 スズキ、サトウ、ユイは防火服を着て、炎の中に入って行った。


「エノモトさん、いいんですか?」


 アオキの心配は消えていなかった。


「ユイが決めたことだ。俺たちは保護者じゃない。仲間だ。新人とは言え、ずっと気にかけていては成長を阻んでしまうからな」


 エノモトの元にイトウがやってくる。


「スズキさんって、現場だとあんな感じなんですか?」

「そうか。外に出るのは今回が初めてだっけ?」


 イトウとコバヤシが頷く。


「同期を助けるために動き出してからはあんな感じだね。元はやる気のない人だったよ」

「この職について、この場にいるということは、君たちにも何かしらの使命があるのだろう?」


 ヒビノが防火服を着ながら、会話に入ってきた。それに対し、イトウとコバヤシは頷く。


「殺意剥き出しのやつと正面向いて戦っていくんだ。無駄な死は必要ない。死ぬのなら確保してからか、手がかりを残してからにしてくれ」


 アオキがヒビノのセリフを止めようとするも、エノモトに止められる。


「これから先、良いことをしても褒められないが、悪いことをすれば咎められる。生きていても褒められないし、死んでしまえばあれこれ言われる。だが、あえて言う。生きることは、生きていることは容易ではない。死ぬな、とにかく生きていろ」


 ヒビノは消防隊の元へ向かった。


「いつからヒビノさんは気難しくなってしまったんでしょう」

「甥を失ってからだな」

「親族…亡くなられてたんですか…知りませんでした」

「口数が少ない人間だからな。知らなくて当然だよ」


 ***


 炎の中へ突入した僕たちはヒヒとワンの元へ向かっていた。


「全員で行かないんですね」

「ヒヒは攻撃範囲が広いからね。一斉に突入して、やられちゃったら後がなくなる。だから、三人。アオキちゃんと連絡取り合って、人数が欲しくなれば呼ぶつもりだよ」

「今回は俺がいるから問題ない」


 殺意を剥き出し、サトウは一人飛び出して行ってしまった。


「い、いいんですか?」

「大丈夫だよ。サトウ君はね、実力は一番なの。それと、警察で唯一、殺意をコントロールできる人でもある。体の構造をホボさんに診てもらっているけど、未だ解明されてないくらい謎は多いけど。でも、敵味方を識別できているから、上の人も目をつむってくれてる。殺人もどき、が似合うかな。あ、殺人扱いされるの相当嫌がるから、本人には言わないでね」


 僕たちはサトウの後を追った。


 先に進んだサトウは温度の上昇を感じ取り、殺人の近くまできていることを悟っていた。

 サトウは体を溶かし、カラメルのようになると、二つに分裂し、自分そっくりの人形を生成した。サトウの本体と分身はさらに進んでいく。

 入り口付近に比べ、より一層崩壊が進んでいる場所へ出ると、いきなり炎が自分の方へ飛んできた。サトウはそれをひらりとかわす。


「中々に厄介だナ」


 ヒヒの上からワンが背中の腕を振り下ろす。炎で傷んだ老人ホームがさらに崩れていく。

 サトウはワンが敵ではないと肌で感じ取っていた。今回の件以前から。殺人を味方だと認識したくはないが止むを得ない。

 サトウはヒヒの攻撃を交わしつつも、ワンが生んだ隙を狙って攻撃を仕掛ける。


「何の用ダ」


 後を追っていた僕は、一ヶ月前に聞いた声と同じものが聞こえてきた。


「何かあった?」


 僕の異変を察知したスズキが声をかけてきた。


「あの時と同じ声が聞こえてきました」

「良かった。これで信頼することができる」


 スズキは速度を上げた。僕も必死についていく。


「目障りだナ」


 ワンはサトウを二本の腕で掴むと、後方に投げ飛ばした。


「味方じゃないのカ」


 サトウは背後からする足音に気がつく。


「ぞろぞろと集まってきやがっテ」


 ワンは天井を見上げて、脚を曲げ、逃げ出そうとする。


「待って!」


 久々だった。声が聞こえること、意味がわかることは久々だった。

 誰だ?誰が俺に声を?

 俺は警察の三人を順番に見ていき、そして若い奴を見つめた。背中の腕を伸ばして、そいつを掴むと、そのまま曲げていた脚を伸ばして天井を突き破った。

 ヒヒもワンを追うように飛び出した。


「声は一方通行じゃなかったのね」


 スズキはアオキに一報を入れた。


 カトウ、イトウ、コバヤシは住民の避難指示、エノモトは殺人の追跡、ヒビノは現場の後処理を行っていた。


「エノモトさんによると、ワンは南下しているそうだ。おそらく海まで行くのだろう。そうなると、南方にいる住民に被害が及ぶ上に他の殺人のナワバリを通ることになる。そうなれば、この地域は完全に飲まれてしまう」


 スズキとサトウは真っ直ぐに南へ向かっている。


「このままじゃ追いつかないよ」


 背後からクラクションが聞こえてきた。イトウが車を走らせてきたのだ。


「なんでイトウちゃんが?」


「自己判断です。とりあえず乗ってください」


 スズキとサトウは車に乗り込む。


「南へ向かって」

「いえ、ワンは南へは行きません」

「どういうこと?」

「私はスズキさんと違って、殺人の思考を読めるわけじゃありませんが、善悪を見極められます。基本は悪なのですが、ワンはどちらの色も示しませんでした。悪でないとすれば、住民に危害が加わるのを嫌がるはずです。ただ、善でないとすれば、わたしたちの味方でもないですが」


 スズキは無意識に運転するイトウの頭を撫でた。


「私は子どもじゃないですよ」

「優秀な新人で鼻が高いよ」


 イトウは心なしか頬を赤らめていた。


「じゃあ、どこに向かっているんだ?」

「どこにも向かっていません。そもそも、ワンはナワバリを持っています。一歩外へ出れば、新たな火種が生まれ、ワン自身も危険に晒されます。ワンはナワバリの中をグルグル回ります」

「それがヒヒを倒す方法につながるということね」


 イトウは頷く。


「敵の敵は味方です。ワンを利用してヒヒの暴走を止めましょう」

「イトウちゃんって相当やる子なのね」


 イトウは何も返さなかった。


 ***


「離せ、離せよ!」


 ワンに捕まった僕は必死の抵抗をしてみせる。


「暴れるナ。大人しくしとケ」

「お前、僕の声が聞こえるのか?」


 待っても返答は返ってこなかった。


「そんなわけないよな」

「…聞こえていル」


 僕はワンの顔を見つめる。


「名は知らぬガ、君が現れるのを待っていタ」

「僕が?」


 ヒヒが炎を飛ばしてくる。ワンは僕を庇いながらのため、体が重そうだ。


「事が終わったラ、話したいことがあル」


 ワンの後方遠くに、見覚えのある車が走っていた。


「今だけ協力してほしい」

「見返りハ?」

「嫌いなお前の話を大人しく聞いてやる」

「交渉成立ダ」

「お前はそのまま、ヒヒが疲れるまで注意を引いておいてくれ」

「お前じゃなイ、ハジメダ」


 弟と同じ名前が聞こえたが、脳がそれを否定した。


「お前の後ろで走ってる車は味方だ。今はお前に危害を加えない」

「おレ、お前が嫌いダ」

「気が合うな、僕もだ」


 僕はワンの腕から自分の腕を抜き、スズキたちに合図を出した。


「ユイ君、うまくやってくれてるみたいだね」

「近づくタイミングだけ教えてください」

「徐々にだが、ヒヒの炎が弱まっている。もう少しの辛抱だ」


 イトウのドライブテクニックは段違いに上手く、瓦礫の道でも何食わぬ顔で運転し続けている。

 しばらくして、ヒヒの様子に変化が生じた。体に触れられぬようにまとわせていた炎が時折消えていた。また、ワンに対し飛ばしていた炎も数を減らし始めた。

 スズキの掛け声と共に、イトウは車を寄せる。先ほどに比べ、熱を感じなくなっているのも弱まっている証拠だろう。

 車からサトウが飛び出し、分身を作り、ヒヒに絡みいた。身動きが取れなくなったヒヒはその場に倒れた。


「コバヤシ君に見せたかったけど、いっか。イトウちゃん、見ててね」


 そう言われて、イトウはヒヒを注視する。

 殺意を失った殺人は、殺しをしなくなる。時間が経てば、殺意は再びたまり、放出する事ができなければ、風船のように弾け飛ぶ。やがてヒヒは跡形もなく消え去った。

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