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殺人  作者: つくし
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同期

 少年を抱えた新人の警察官は窓を突き破り、少年を守るように背中から落下してきた。少年に怪我はなかった。警察官は運良く茂みに落ちたものの、窓を突き破った衝撃と、打ちどころが悪かったため、数箇所を骨折した。加えて、一酸化炭素中毒に陥り、一ヶ月の入院を余儀なくされた。


「災難だったな」


 エノモトが見舞いに来てくれた。

 真っ先に駆けつけてくれたのは両親とムニだったのだが、その時はまだ眠っていたらしい。その後にアオキ、ヒビノが来てくれたみたいだ。


「まだ頭がふわふわしていて、記憶違いがあるかもしれませんが」

「どうした?」

「殺人が、話していたんです」

「殺人は話さないだろう?」

「僕もそう思っていました。でも、確かに聞こえたんです。"逃げロ"と。子どもが言うとは考えにくいですし」

「…人間は死が間近に迫ると、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりすると聞く」


 重なる否定に、僕は自分を疑い始めた。

 エノモトは静かに立ち上がり、病室を出て行く。


「次のお客さんが来たみたいだから帰るね」


 エノモトと入れ違いで、女性と少年が入ってきた。少年は女性の陰に隠れて、こちらを伺うように顔を出していた。

 女性は深々と頭を下げる。


「サイトウと申します。この子は息子のシンです。先日は息子を助けていただきありがとうございました。このような機会は初めてですので、どのようにお礼申し上げたらいいかわからず、時間だけが経過してしまって、遅れて申し訳ありませんでした」

「そんなかしこまらないでください。とりあえず頭を上げて。僕はあの状況で自分がしたいことをしたまでです。それより、息子さんが元気そうで安心しました」


 サイトウはシンを前に出した。照れながら、僕に近づき、言葉を述べるのではなく、一通の手紙を手渡した。僕が受け取ると、急いでサイトウの体に隠れた。


「極度の人見知りでして、すいません」

「こうやって感謝されるのは初めてで、僕も慣れていません。いただけるだけでもありがたいので、郵送でもよかったんですよ」

「命の恩人に対して、お会いしないわけにはいきません。それに、手で書いて、手で渡して、手で受け取るのが、手紙だと思っていますので」

「これからのモチベーションにします。気持ち伝わりました。ありがとうございます」


 サイトウとシンは父親と共に近々ミントン地区から出て行くそうだ。直接の被害に遭ったのだから仕方ない。同じような状況が他の地区でも続くようなら、エノモトが言っていたように、殺人で溢れかえるかもしれない。

 なんとかして抑え込まなければ。

 シンからもらった手紙を読もうと封を開けたと同時に、病室をノックする音がした。


「どうぞ」

「失礼します」

「同じく失礼」


 男性と女性が入ってきた。


「刑事部第一課のコバヤシです」

「同じくイトウ」

「第五課のユイです」

「スズキさんに様子見てくるよう言われて来ました。今年、配属されたばかりの同期なんで、堅苦しくしなくていいですよ」

「同じく。あ、コバヤシは礼儀礼節に呪われてるみたいな人だけど、接する時は適当でいいからね」

「は、はあ」


 署内で顔を見たことはあったが、話すのは今が初めてだ。こんな状態で対面するのは少しばかり恥ずかしい。


「体調どうですか?」

「ずっと眠ってたからか、動かさなければ大丈夫だよ」

「予定通り退院出来そうだね」

「うん。それだけが今日来た目的?」

「同期の体を心配したらダメか?」

「そういうわけじゃ…」

「でも、スズキさんに話がしたいと伝言を頼まれてはいるよ。退院したら第一課に遊びに来てね〜」


 イトウはそう言うと、手を振りながら出て行った。コバヤシは礼儀正しく一礼をし、イトウの後を追った。

 聞こえてきた声のこと、一課の人たちは信じてくれるだろうか。そもそも、一課の人たちはどうして殺人のことを詳しく調べようとしているんだ。そのために第五課が組織されたんじゃないのか。

 久々に人と話したし、色々考えてたら眠くなってきた。僕はシンからの手紙を机に置いて、眠りについた。


 退院日は昼過ぎになったため、その日は家に直接帰った。玄関には親からの手紙と、生活品の入った段ボールが置かれていた。


『無理したら針千本飲ましに行くからね』


 翌朝、段ボールに入っていた、いかにもな袋をエノモトに渡した。無事に退院できて、安心している表情の裏には、立て続けに殺人と鉢合わせているため、心配している様子もうかがえた。

 僕は持ち前の明るさを取り戻し、その心配をなんとか減らしていこうと心に決めた。


「さっき、第一会議室のぞいたら、一課の人らが集まってたよ」


 巡回に向かうエノモトにそう言われ、僕は第一会議室に向かった。


「失礼します」


 ノックをして入室すると、サトウ、スズキ、イトウ、コバヤシ、カトウの五名がすでにいた。

 カトウは先日、ここで話していた途中に、スズキとサトウを呼びにきた男性である。

 僕は挨拶と共に、空いている席に着いた。


「調子はどう?」

「歩くことすらぎこちないですが、体は痛くも痒くもありません」

「増えてきているとはいえ、こうも立て続けに殺人と出くわすとは、運が良いのか悪いのか」


 カトウが腕を組み、渋い顔をさせていた。


「今回、あ、前回もですけど、気になる点がありまして」

「この前言っていた二つ目のことだね」

「はい。信じられないかもしれませんが、殺人の声が聞こえてきたんです」

「ビンゴだね、スズキ」


 スズキは口角を上げた。


「じゃあ、着いてきて」


 スズキは立ち上がった。


「君らも見ておいた方がいいだろうと思って今日は呼んだんだ」

「どこへ行くのですか?」

「同じく問います」


 コバヤシとイトウがスズキを見つめる。


「そんな怖い顔しないでよ。まだ紹介していない仲間の元に行くだけだよ」

「自分としたことが…まだ挨拶していない方がいらっしゃったとは」

「それはそうだよ。普段、表にはいないからね」


 サトウの一言で、僕たち新人三人の頭には嫌な推測が生まれた。

 僕たちが部屋を出ようとしたのと同時に、背丈の低い女性が入ってきた。小さく口を動かしているのが見え、僕は耳を澄ました。


「ボー、ボ、ボ、ボー、ボー、ボ、ボー、ボ、ボー、ボ、ボ、ボー、ボー、ボー、ボー、ボ、ボー、ボ」


 声が小さすぎて、暗号のようにしか聞こえなかった。


「もう、その癖やめてくださいよ。新人も入ってきましたし、怖がられますよ」

「次は不死身のローションにノーシーボ効果、早く試さなければ…」


 スズキはため息をつきながら、ホボの頭を撫でた。


「はにゃ、わしはどうしてここに?」

「私が呼んだんですよ。来るとは思ってませんでしたけど。例の彼を連れてきたので、タカハシ君の元へ」


 ホボは僕の周りを回り、頭から爪先まで観察し出した。


「な、なんですか?」

「直接関わることは少ないと思うけど、もし、大事なことで話したい時は頭を撫でると独り言をやめてくれるわ」


 僕がおそるおそるホボの頭を撫でると、ユイの手を払い退けた。


「タカハシ君の元じゃろ、着いてきな」

「気難しい人だ、気を落とさないようにな」

「自分も無視されることが多かったので、頭を触れられているだけですごいです!」

「嫌われてるだけでしょ」


 その慰めがかえって辛い…


 僕ら新人組はサトウとスズキの後に続いた。

 研究室の字を黒く塗りつぶし、上から白のマーカーで"ラボ"と書かれた部屋にやってきた。

 ラボ内は資料が散らかっており、様々な実験器具が置かれていた。

 僕たちは隠されていた階段を降りると、地上と比べ、さらに広い研究施設が広がっていた。

 配属されてから署内を回って見ていたが、地下にも空間が広がっていることは知らなかった。

 僕ら新人組は周囲を警戒しながら進む。


「今日も体調に変化はない、人間のように眠っておる」

「タカハシは人間だ」


 研究施設の奥まで来ると、大きなガラスケースが置かれていた。その中で男性が眠っている。この人がタカハシと呼ばれているらしい。


「私とサトウ君の同期でね。殺人に関わる人には顔を見せているんだよ」


 第一課は今では主に一般の人間による殺人を取り締まるところであり、そこから分かれて第五課が生まれたのだ。元は殺人の取り締まりも行っていたらしい。


「なぜ見せているのでしょうか?」


 コバヤシが問う。


「殺人だからだよ」

「殺人!?」


 僕ら新人組は驚きを見せた。


「と言っても、眠っているから襲ってくることはないよ」


 僕の額を汗が流れる。


「殺人がどうしてこれまで数を増やしてこなかったか、知っているか?」

「わかりません」

「知りたいか?」


 スズキの言葉はどこか冷たく素っ気なかった。


「知りたいです」

「ユイ君はあんな目に遭って、もっと深く知ろうとするのはなぜだ?」

「弟の、ためです」


 スズキとサトウは柔らかく笑った。


「な、どうして笑うんですか!」


 僕よりも早く、コバヤシが怒りの声をあげていた。


「誰かのために殺人と向き合うとすぐに命を落とす。己のために戦い、己のために職務を全うし、己のために誰かを守れ。笑ってしまったのは不適切であった。申し訳ない。ある人を思い出してしまってな」


 スズキの話を僕ら新人組は真剣な眼差しで聞いていた。


「君たちのような、優しい瞳の中に闇を抱えていそうな人材を待っていた」


 スズキはタカハシの入ったガラスケースに触れる。


「殺人とは殺しを行う者のことを指す。人でも動物でも植物でも。直接的であったり、間接的であったり。時には互いを殺したり、自らの命を絶ったりする者もいた。己の殺意に身を任せ、殺していたからだ。誰彼構わず殺しを働けば、殺意は暴走し、やがて、己に対して牙を剥く。しかし、その中で殺意を罪悪感へと転換できる殺人が現れた。そいつは殺した後、申し訳なさそうに死体に合掌するのだ。胸糞悪い話だ。そいつの元に殺人が集まり、次々と殺意をコントロールできるようになっていった。そして、殺人は数を増やし始めた」


 コバヤシは頭を悩ませていたが、僕とイトウは理解していた。


「今後、第一課は第五課と協力して、殺人が作り出しているナワバリを襲撃する。殺すのではなく確保する」

「でも、第一課は一般の人間による殺人を取り締まる必要があるのでは?」


 僕は聞いた。


「協力するのは全員ではなく一部だ。ここにいる四名とカトウを加えた五名でだ」


 なるほど。それが理由で第一課の人が殺人について調べ始めていたのか。


「タカハシさんはどうして殺人に?」


 空気の読めないイトウがガラスケースを指差して言った。


「タカハシ君は恋人が殺人にやられてね。なんとかおさえていた理性が段々と崩れていって、殺意が生まれてしまったの」

「誰かを殺したんですか?」

「殺してない!」


 イトウの問いにいきなり口を開くサトウ。

 サトウは居所が悪くなり、研究施設を後にした。


「そういうことにしておいて。殺人である前にタカハシ君は私たちの同期なんだ。友達でもあったし」

「すいません」

「気にしなくていいよ。気になるのは、警察として当然だから」


 スズキは一呼吸置いてから話し続ける。


「殺人はそのきっかけの能力を得る、と聞いたことはあるね?」


 僕ら新人組が頷く。


「タカハシ君も例に漏れず、恋人を殺されてしまったために…」


 勢いよく聞こえてくる足音に、スズキは話すのを中断した。カトウが汗を流しながら、階段を駆け降りてきた。


「殺人が現れました!」

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