種の秘密旅行
殺人を倒せ始めたサトウ君とは対照に、私は攻撃をかわすことに必死だった。
「よっ!……ふむ、こういう風にも使えるのか」
私が倒すよう任されたはずの殺人は、いつも横取りされる。
「色々と使ってみるもんだいたたたたた」
私がいないも同然な扱いをされていることに対し腹が立ち、サトウ君の耳たぶを思いっきりつねってやった。
「スズキ、お前は相手からの動きをよく見ている。殺人がどうやって殺しに来てるか、改めて、考えると攻め方が見えてくるはずだ」
カトウさんはこうやってアドバイスをくれはするのだが、いつも回りくどい。これ!っていうのを教えてはくれないのかな。
どうやって殺しに来てるか、か。
私は過去の戦闘を思い返す。
カトウさんの言う通り、相手の動きが見えているからこそ、私はかわせている。そこに、柔軟さという強みも加わる。
でもやっぱり、思い返してみても、殺人は無闇やたらに攻めてきているとしか思えない。
「あれ?」
あることに閃き、私は腕を組み替えた。
無闇やたらに攻めてきて、何も当たらないのなら、その動きを見直すべきだよね。
動きが大きいか、行動を読まれすぎているか、速さが足りないか。
それから、体のどこで攻撃してくるのかも、大方予測できてしまう。拳、肘、爪先、膝、といったあたりか。
それを考慮すると、すると、すると……うーーーーん
プーーーーー
クラクションを鳴らされた。
「悩みすぎもよくない。すぐに答えを出そうとするな」
じゃあ、答え教えてくださいよ。言わないけど。
先に車に乗っていたことすら気づかないほど、思考の海と戯れていたというのか。
車に乗ると、私は拳を前に出したり、掌を閉じたり開いたりさせていた。
「舐める?」
指先からカラメルを出していたサトウ君。
「それ、体に入れていいの?」
「わかんない。だから、毒味」
こわぁ……
私は恐る恐る舐めてみる。
カラメルを舐めた、というより、サトウ君の指を咥えた、という文言の方が正しそうだ。
「にがっ!」
サトウ君は再びカラメルを出して、咥えていた。
「味、しなくない?」
その指、さっき私も咥えたんだけどな。
「糖分が必要かと思ってさ。スズキがうまくいくまでは俺がサポートするし、あんまり詰めすぎるなよ」
そうなんだけど。いつ、またサトウ君が暴走するかわからないし、早いに越したことはない。
「指……」
私が小さく呟くと、サトウ君は再び指を見せてきた。
それに対し、私は握り拳を出す。少しだけ届かなかったため、指を伸ばしてみる。
「これだ!」
私はサトウ君の指から離し、両手の指先を見つめる。
指なら大きな動きはいらないし、予想外のリーチを見せられる。
けど、問題は力だ。どれだけ攻撃が当たろうと、ダメージがないなら無駄だ。
ふと、起き上がるサトウ君の脚が、視界の端に入ってきた。
「何してるの?」
「暇だから」
答えになってないけど。
「中学の頃、流行らなかった?膝下叩くと、ほら」
なんか、男子はやってた気がするけど……じゃなくて、
「なんでそれ起き上がってくるの?」
「知らないよ、医者じゃあるまいし」
「膝蓋腱反射だ」
運転しながら、カトウさんが呟いた。
「筋肉が収縮し、膝が進展する。体の反射のメカニズムだ」
「詳しいんですか?」
「この体だからな。調べているうちに知ったことだ」
指、関節、筋肉……これ、組み合わせられないかな。
試しに、サトウ君の膝に右の人差し指を強めに当ててみる。
「いった!いきなり何すんだよ!」
こうじゃないか。
私は人差し指を再びサトウ君の膝に当てる。今度は力を少し緩めて。
「だから、何して……」
サトウ君は左膝を見ながら、言葉を止めた。
「どうしたの?」
それはこっちのセリフだろ、と言いたそうなのを我慢して、サトウ君は私の問いに答える。
「気のせいかもしれないけど、一瞬、脚が動かなくなった気がして」
もう少しか。
私は続けて、もう一度同じことをする。さらに、力を緩めて。もう、これは攻撃とは呼べないレベルだが。
「もうやめろ……よ」
サトウ君は脚に力を入れようとしても、うまくいっていない様子だった。
「何してくれたんだよ」
サトウ君の左膝より下と、私の右の人差し指が動かなくなっていた。
「わからないけど、私、できるかも!ありがとう、サトウ君!」
ちょうど署に着いて、私は鼻歌とともに車を降りる。
「脚、動かないんだけど……おーい!」
サトウ君の声が聞こえた気がしたが、私は左から右へと流した。
***
私はあなたを、暴走するサトウ君を抑えるために頑張ってきた。
私の好きなサトウ君に、
「戻ってよ!」
向かってくる分身の攻撃をかわすことも、機能停止にさせることも、造作のないこと。
私の指は"人"以外には限り無く使える。
分身を生成しても意味がないとわかったのか、サトウ君は一斉に溶かし、カラメルの海を作り出した。
「それも、知ってる」
私は襲いかかる波が当たらないところを瞬時に予測し、かわし続ける。
次にサトウ君は波の高さを抑え、広く浅く広げ始めた。
周囲の建物や木々が飲み込まれていく。
そして、私の足元まで及ぶと、液状だったカラメルが一気に固まる。
「怠惰なあなたに、私は倒せない」
私は高台へ避難する。
「これでいいだろう」という思考を持つことを知っているからこそ、そこで固めてくると予測できた。
「だから、もう、戻ってよ!」
なんでも知ってる。
怠惰なところはもちろん、ワックスが苦手なところ、トイレットペーパーをたくさん使うところ、実は寒がりなところ、仲間想いなところ、好きな人がいたことも、
「なんでも、知ってるんだから!」
私はサトウ君の背後を取るよう降下する。
さすがに気づかれ、カラメル状の腕で掴んでこようとされたが、私は空中で体を回転させた。
続けてもう一方の腕を使ってきたが、私は体をちょうど二本の腕の間にねじ込ませる。
それから、サトウ君の左膝を目がけて右腕を伸ばす。人差し指で触れようとしたが、届かなかった。
すぐに指を切り替え、なんとか薬指で触れることができた。途端に、サトウ君はバランスを崩して倒れる。
「私の目的は、サトウ君を倒すことじゃない」
サトウ君の左の人差し指と、私の左の人差し指を合わせる。
「吸い込め!」
私は自身の覚悟に呼びかけ、サトウ君から殺意を吸い取るように頼む。
サトウ君はそれを嫌がったのか、指を離そうとしてくる。
着地した私は、サトウ君の左肩付近を右手で掴んで、ぐっと引き寄せてやった。
「離されるもんか!」
サトウ君の顔を自分の顔に近づかせる。
額を当て、次に鼻を当て、最後に唇を重ねた。
「これは、数に含まないんだからね」
すると、カラメルは地面に落ち、サトウ君の体は元に戻った。
私は膨大な殺意の量に耐えきれず、地面に倒れ込んでしまう。
「俺は……何をして……」
ボソボソと、何かが聞こえて、私は最後の仕事をこなさなければならないことを思い出した。
眠らさないと。
逃げ出そうとしていたサトウ君の足首を、振り絞った力で掴んだ。
「……逃げ、るな……腰抜け……」
それから、そこにいてくれることを信じて、ヒビノさんにハンドサインを出した。
***
私は警察上層部が集まる部屋の前に立っていた。
私とサトウ君の殺意について、話すためだ。
ノックしようとした時、私の手を掴んできたのはカトウさんだった。
「やめとけ、無駄だ」
「でも……」
カトウさんはそれだけ言って、戻っていく。
もう一度ノックをしようとすると、
「次はない。ああならないよう、首輪でもつけとけ」
私は脱力させ、手をぶらりとさせて。
そうじゃん。サトウ君を守るのは私の役目。
それを誰かに伝えたって止められるか、離されるか、殺されるか。
でも、そう言われても、私が納得するわけない。
だったら、隠しておく方が私的にはベストだけど、世間的にはアウトだ。
やろうとしていたことを失った私は、振り向いて、カトウさんについていくことにする。
「これからラボに向かう。来るだろ?」
「はい」
この行動が避難されたとしても構わない。
私は住人を殺人から守るために警察を続けているんじゃないから。
「おう、来たか」
「げっ」
私はつい言葉を漏らしてしまった。
ラボにはホボさんと、それからヒビノさんがいた。
あの光景を見ていたのはヒビノさんだけだ。
サトウ君と私のやり取りを見られていたのなら、サトウ君を解放してもらうことも困難になるし、私がガラスケースに閉じ込められる可能性も十分にある。
私は体をびくびくと震わせながら、小さく頭を下げた。
「私は見たものを記録することができる。それと、その景色を投影することもできる。だから、今、先週の光景をホボさんに見せていたところだ」
手遅れだった。
「俺が倒れていた時か。一体、何があったんだ?」
何も知らないカトウさんが尋ねる。
「私から、話してもいいですか?」
その光景を見せれば一発で理解できると思うが、当事者である私が話した方が、事細かに伝わると思った。
私は何が起きて、何をしたのか、カトウさんが眠っていた間のことを全て話した。
「なるほど。だからさっき、上の人に報告しようとしていたのか」
「あんなやつらに言っても何も変わらんよ」
この人たち、上の人のこと嫌いすぎないか?何かあったんだろうか。
「スズキのとった行動に難癖をつけるわけじゃないが、面倒ごとが増えたわけだ。とりあえず、この場にいる人間と、エノモトさん、アオキを加えた六人の秘密にしておこう」
「俺も賛成だ」
カトウさんが賛成の声を上げる。
私はここにアオキさんが含まれることに疑問を抱いた。
思い返せば、あの場にアオキさんが来たこともおかしかった。
何か秘密裏に動いていたりするのか。
「それからサトウのことじゃが」
私は心配な面持ちで耳を傾ける。
「殺意がほとんど見られん。もう暴れ出すことはなさそうじゃ。しかし、解放した後でも、定期的に顔を出すよう伝えておいてくれ」
「今、解放って……」
心配と安堵が混ざった弱々しい声で、聞き直した。
「殺意がないのなら、まぁ、安心じゃろ」
私は胸を撫で下ろした。
「それと、スズキが殺意を吸収したみたいじゃが」
ホボさんが親指でタカハシ君のガラスケースを指す。
「タカハシが殺意を吸収できるらしい」
「どういうことですか?」
一歩踏み出して訊く。
「科学じゃ説明できないこともある。でも、殺意をコントロールするためじゃ。仕方ないこと」
「吸収させたら、タカハシ君の体は……」
拳を握って、弱々しく尋ねる。
「そこは安心しろ。一定値を超えないよう、コントロールする機械を造っておいた。低いラインが続くなら、吸収させることが可能じゃ」
「低いラインが続くってことは、殺意が消えるってことなんじゃないんですか?」
ホボさんは、ため息とともに言葉を吐いた。
「それができたらよかったんじゃが、タカハシの場合、殺意と覚悟が融合してしまっておる。完全に殺意を切り離すことは不可能じゃ」
じゃあ、私もいずれ……
「それから、スズキがサトウの殺意を完全に吸収できたわけじゃない。スリッパを左右反対で履いてても、いずれ慣れるように、サトウの体に順応した可能性がある。だから、用心しなされ」
それは、サトウ君のことを注意して見ておくようにというのと、私自身への忠告のように聞こえた。
***
それが、サトウ君が殺意を操れない理由であり、サトウ君の中に生きる殺意の正体である。




