なぜだか、ヒーローは遅れてやってくる
私は巡回には出向かず、応援要請に備え、待機する日々。
そのため、事務仕事をこなすことが最近の主な仕事だ。
周囲からの視線と、上層部からの評価的に、もうすぐ私は課長になるだろうと思う。
そうすればもっと世界が広がるし、活動の自由が利くようになる。そして、タカハシ君を……いや、私自身の成長につながる。
あの事件から四年、サトウ君は目的を失ってしまったのか、ただ日々を過ごしているだけに見える。
人は時間が経てば、容姿や思想、目的、何もかもに変化が生じる。
私は変化が少ないから、少しだけ羨ましく感じる。
それでも、サトウ君との距離には変化があり、雀の涙ほどかもしれないが、縮まっている……と思う。
「……?」
信号を送られたかのように、私の体が反応した。ゾワッと、悪寒がする。
七月も中頃に差し掛かっているため、夏風邪でもひいたのだろうか……いいや、違う。これは、
「殺意だ」
「カトウさん!?」
私の机の上に資料を置きながら、ボソッと伝えてきた。
「あ、殺意です……だな」
何が起きたのか、上の人の都合なのかわからないが、位だけを見れば、私の方がカトウさんよりも上にいる。
だから、敬語で言い直したのだろう。かなりやりづらさを感じる日々だ。
「やめてくださいよ。私たちしかいませんし、いつも通りにしてください」
カトウさんは咳を一つしてから、話し始めた。
「スズキも感じただろうが、そこらの殺人とは少し違う殺意を肌で感じた。ちょっと見てくるわ」
「わ、わかりました。でも、気をつけてくださいね。おかしな通報があったばかりなんで」
「まさかお前に心配される日が来るとはな」
鼻が高いな、と言いながら部屋を出て行った。
(お願イ。助けに向かって欲しイ)
私はすぐに周囲を確認した。
「誰か……いるの?」
周囲には人影はなく、声をかけても返事もこない。
じゃあ、一体誰が……?
私は空になった缶コーヒーを片手に、廊下へ出た。
「ん?」
気のせいだろうか。誰かに手招きされたような。
気になった私は、手招きされた方へ向かった。その途中で缶を捨てて。
「研究室……?」
ラボじゃ。
ホボさんの訂正が脳内再生された。
私は導かれるままに進むと、ラボに身を置かれていた。そして、顔を上げると、タカハシ君が入ったガラスケースが。
「どうしてここへ……?」
気づくと、私の手が勝手にタカハシ君の顔の前まで上げられていた。
なんだか変な気分だった。私の意志では動いていないのに。
私はゆっくりと、ガラスケースに触った。
(ヨ、よかっタ……)
「へ?」
突然聞こえた声に、思わずマヌケな声を出してしまった。
「やっぱり、誰かいるの?」
周囲を探すため、手を離そうとした時、
(マ、まっテ!)
また、声が聞こえた。
「もしかして、タカハシ君?」
記憶にあるタカハシ君の声よりも、だいぶ若く聞こえたけど。
(詳しい説明してる暇ないけド、それだけは違ウ)
「そ、そうなのね」
タカハシ君が目覚めたのかと思って、少し期待してしまった。
声の主から殺意とは違った、何か、意志を感じる。
私は真剣な声色に、話を聞かざるを得ない気にさせられた。
(君の友達ガ、危ない状況なんダ。助けに向かってほしイ)
「友達?」
(髪をボサっとさせて、何年経ってもスーツが似合わなイ……)
もう、一人しかいない。
「わかった。行ってくる」
話の飲み込みがあまりにも早かったからなのか、声の主は一拍空けてから、また声を出した。
(対策は聞かなくて大丈夫なノ?)
「大丈夫!そんなの、私が一番知ってるんだから!」
私は言い終え、手を離す。そして、急いでラボを出た。
じゃあ、さっきの殺意は……
よからぬ妄想を振り払いながら、車に乗った。
「かからないかぁ」
サトウ君、カトウさん、タナカ君、ワタナベ君に電話をかけたものの、誰一人として繋がらない。
ジュンクン地区に進むにつれ、悪寒が強くなっていく。久々に嫌なものを思い出させられそうだ。
車のスピードを上げたタイミングで、折り返しの電話がかかってきた。
「はぁ、すいません、出られなくて、はぁ」
息を切らしたタナカ君からだった。意識しないと聞き取れないほどに、声が弱々しい。
「だ、大丈夫!?」
「なんとか、自分は。今、カトウさんが抑えてくれていますが、先輩が、サトウさんが」
「もしもし、もしもし!」
電話は突然切れた。
もう一段階スピードを上げ、不安の波に飲まれていく。
ジュンクン地区に入ってから、人の姿は無く、静けさに包まれていた。
車を降りて、小走りで周囲を探していると、上から車が降ってきた。
「あぶな!」
続いて、人が降ってきた。
「タナカ君!?」
見たことない傷の量だった。
「ちょっと、もう、限界、はぁ、かもしれません、あとは……」
言い切ることなく、タナカ君は目をつむった。
「もしもし。はい、はい、なんとか。私がやります」
ヒビノさんに応援要請の電話をかけた。
重傷者を放置して現場へ向かうわけにはいかない。
「スズキさん!」
背後からかわいらしい声が聞こえてきた。
「アオキさん、どうしてここに?」
署内にて、主に事務を業務としているアオキさんが、来るような場所ではない。
「話は後です!タナカさんは私に任せて、サトウさんの元へ!」
まさか、接点の少ないアオキさんにこの場を助けてもらうとは。
「わかった!助かるよ!」
しかし、何故アオキさんがこのことを知っているのか、という疑問は一旦捨てて、サトウ君を探しに走り出す。
「お前は来るな!」
走っていると、カトウさんの声が聞こえてきた。
「どうしてですか!」
姿を捉えてはいないが、私は探しながら尋ねた。
「俺ですら、もう二回殺されてる。タナカとワタナベがいなかったらもっと多いだろう。サトウはとにかく暴れさせることが重要だ。四年前のようにな」
ようやくカトウさんとサトウ君を見つけられた。
二人より少し離れて、ワタナベ君がしゃがみ込んでいる。
サトウ君は、一旦カトウさんに全部任せ、私はワタナベ君の元へ向かった。
「な、なんなんですか、あれ」
血を流しながら、ワタナベ君が口を開く。
「サトウ君……だよ」
「どっからどう見ても殺人だろ!」
私の言葉に被せて怒鳴る。
「知ってたように話してたし、警察は殺人擁護団体かなんかなのか!?」
「それは違うよ!」
私はきっぱり否定する。
「ワタナベ君は、今のサトウ君が、暴れたくて暴れているように見える?」
ワタナベ君は少し間を空けてから言った。
「……そりゃ、そうでしょ」
その通りだ。過去を知らず、今のサトウ君だけを見たら、誰だってそう言うはずだ。
過去を知ってる私たちからしたら、そんな答えは絶対に出ない。
少しだけ、嫌な気持ち。
私はサトウ君の顔を見つめた。
「なんで、あんたが悲しそうな顔して……」
私はそう言い、怪我を負ったワタナベ君を抱きかかえた。
「え?」
戸惑うワタナベ君をよそに、私はアオキさんの元へ向かう。
「カトウさん!もう少し、耐えていてください!」
何も言って来なかったが、背中で頷いてくれたと勝手に思うことにした。
「俺、一人で走れますよ」
「いいの。今は休むことだけ考えて」
ワタナベ君はムスッとさせた。
「それと、俺、警察やめます」
私は冷静に言葉を選ぶ。
「落ち着いたら、また、話聞かせて」
はぐらかされたと思ったのか、それからワタナベ君が口を開くことはなかった。
「アオキさん、もう一人、追加するね」
アオキさんは手際よく応急処置を済ませ、すでにタナカ君は眠っていた。
「それから、ヒビノさんが来たら、私の指示で能力を使用するよう伝えておいて」
「わかりました」
そう言って、サトウ君の元へ再び向かう。
着くと、カトウさんが倒れていた。
「カトウさん!」
叫ぶと、力の入っていない腕を少し上げ、指で四という数字を示してきた。
「私の番です」
私はカトウさんを庇うように立った。
倒れたカトウさんは口をパクパクとさせて、何かを伝えようとしていた。けれど、私は無視して、サトウ君の元へ向かった。
「なんで、あんたが悲しそうな顔してんのよ!」
対峙したサトウ君は、カラメルを出すのをやめ、私を見つめてきた。
「もう、ここで住む人がいなくなっちゃったじゃん!ここでしか採れない野菜、ここでしか見られない景色、ここでしか生きられない生物を奪っておいて、あんたは悲しむに値しない!」
サトウ君は少しでも殺意を出そうとしているのか、私を排除しようとしているのか、何十体と分身を作り始める。
「私はあなたを救うためにも生きてきたんだ!」




