忠告
それから俺たちは毎日、何十体と殺人を相手にしてきた。
それでも、通報が鳴り止む事はなかった。そして、住む人々が減少傾向にある。
「住人が減っていくことをプラスに捉えるべきです」
あの件から、すでに四年が経過していた。
新人だった俺たちには、なんと後輩ができた。
「それだと、何を守っているのか、自分を見失ってしまいそうです」
今年入ってきたタナカとワタナベだ。
カトウさんのように特異体質を持っており、皮膚の硬さや細胞レベルは殺人と同等のものらしい。
「己のために。これを忘れないように、ね」
スズキは真面目な性格と、ひたむきな努力で位を上げていた。
彼女とは対極的に、俺は怠惰に戻りつつあった。
「戻りつつ、じゃなくて、もう、戻っちゃってるでしょ。何をボソボソと」
漏れてたのか。
「早く二人連れて巡回に行ってきて」
タナカとワタナベは、あの件があってから、初めて入る新人だ。
採用するにあたって、奥手になっていたが、減ることのない殺人を相手するためには、人材を確保しなければいけないと、今年から取り始めたみたいだ。
それから、一つ条件が追加された。
たとえ、対抗できる体質だとしても、先輩の同行なしで巡回に向かうことは禁じられている。
数年前、新人のみで現場に向かった際、殺人の被害に遭ったらしい。
俺たちの場合は、俺たちの実績に酔った上の人が、殺人のことを甘く見ていたのかもしれない。
この先、新人だけでの巡回を許可されることはないだろう。
「車、持ってきますね」
タナカは気遣いのできる人間だ。
「気遣いできなくてすいませんね」
また漏れてたか。
ワタナベは少し棘のある。けれど、二人とも真剣に自分の職と向き合っている。俺なんかよりもな。
関わる人が増えると、比例するように、コミュニケーションにおいての悩みが増える。
同年代か、それより上の人なら何とかなるが、下の人となると、なぜか舌が回らなくなる。
「先、車で待っててくれ。間違ってもふたりだけで向かうなよ」
そして、感情が伝わりにくくなる。
優しく言ったはずなのに、怒られたと勘違いされたのか、ニ、三回頭を下げられた。
はぁ。スズキは上手くやってるのにな。
辛くなったり、嫌な気持ちになったりすると、決まってラボに足を運ぶようにしていた。
タカハシについて、そして俺自身について知るため、ラボに行くことを習慣化した時から、ラボにいると、少し気が休まるようになった。
「タカハシ……」
タカハシを見ると、心が落ち着く。
きっと、忘れそうになった道を思い出させてくれてるんだと思う。
「いつか、救ってやるからな」
俺はガラスケースに触れた。
(ちょっト、待っテ)
腕を通してか、脳に直接かはわからないが、突然、声が聞こえてきた。
「誰だ?」
(ハジメ)
ハジメ……聞いたことない名だ。
突然の声に驚いて、手を離してしまう。
(今日このタイミングで来てくれてありがとウ)
どうやら、脳に直接語りかけてきているみたいだ。
「どういうことだ?」
(時間がないかラ、簡潔に伝えるネ。君はきょウ、能力を使ってはならなイ。どうしてもネ)
「いきなり何を……」
(質問に答える時間もないから続けるヨ。もシ、能力を使ってしまえバ、君ハ、君を失ウ。もウ、君には戻れなくなル。自分でもなんとなくは勘づいてるんじゃないかナ)
勘づいてるも何も、俺は、殺意を抑えられなくなった俺は、少しでも殺意を和らげるためにラボへ来ている。
知っていたけど、もしかしたら違うんじゃないかと思いたくて、殺意ではないと思うようにしていた。
どうやら、これは本当に殺意らしい。
声の主、ハジメは嘘を言っているようには思えないし、何より、俺の意志が肯定している。
(その殺意が目覚めるのガ、今日なんダ。だかラ、殺意を表に出してはならなイ。能力を使えバ、どうしても殺意も表へ出てしまウ。だかラ、どうカ……)
声が聞き取りにくくなってきた。
(リンゴと名乗る者ニ、耳を傾けないデ)
こうして、俺の中にあった不安や嫌な気持ちが消え去った。……違うな。殺意、か。
いつもと違って、今日は声が聞こえてきた。おそらくこれは忠告だろう。
いつものように殺人と対峙すれば、俺は迷わず能力を使う。
だって、この能力は、タカハシとタカハシの姉のものなんだ。
俺はこの能力を肯定するし、手放したくない。
いつだって、使っていたい。だって、それがタカハシとタカハシの姉の存在を肯定することにも繋がるから。
殺意を出さずに能力を使う。極限まで殺意を抑えて、覚悟を持って戦えばいいんだ。
少しでも漏れたら終わり。俺ならできる。やるしかないんだ。
ハジメ、と言ったな。約束は守る。殺意を表に出さないし、リンゴ?ってやつの言葉に耳を貸さない。
俺は俺のために戦うからな。
ポケットの携帯電話が鳴っていることに、今気づいた。
開くと、何十件と不在着信が入っており、俺は急いでラボを後にした。




