愛
ラボに連れられた俺たちは、タカハシが入ったガラスケースを見せられていた。
「タカハシ…」
以前、ここを訪れたときは、見ることができなかった。
すぐに動き出しそうで、話しかけてきそうなほど、綺麗な面持ちで眠らされていた。
「ホボさん、遅れてすいません」
俺たちは聞き馴染みはないものの、安心感のある声に反応した。
「カトウさん…!」
自然とカトウの元へ駆け寄っていた。
「体…は…」
スズキが声を震わせながら訊いた。
「体の頑丈さだけが俺の売りだ。部下からの甘ったるい攻撃でくたばるなんてことはない」
「あの…!」
抑えきれなかった感情が、言葉として漏れ出た。
「俺は…もう…!」
言いたくないけど、言わなくてはならない。俺の中に棲む化物のことを。
しかし、言いたくない気持ちが先行してしまい、言葉を詰まらせていると、優しく頭を撫でられた。
「結果がどうあれ、お前たちは一歩進めた。己の使命を認識し、覚悟を決められたはずだ。過ちを省みる暇はない。過去を正そうとするな、正しい未来を生み出せ」
叱られると思っていた。
叱られることを望んでいたわけじゃないけど。
だから、まさか優しい言葉をかけられるとは思っていなかった。
「…そんな…でも…それじゃ…」
「サトウ君、タカハシ君の前だよ」
俺は瞼からこぼれ落ちそうな涙を、袖口で受け止めた。
「泣いて…ない…!」
目をつむり、深く呼吸をしてから、再びタカハシを見つめた。
「部下のミスは上司の責任。もう、くよくよするんじゃないぞ」
俺たちは力強く頷いた。
「わしからタカハシのことについて話しておこう」
ホボが咳を一つしてから続けた。
「体内から殺意が検知された。姉の死が原因だろう。ただ、今、そこらで暴れている殺人のとは、少しばかり違うみたいじゃ」
「少し違う…とは…?」
それが希望であるのか絶望であるのかわからないまま、弱々しく尋ねた。
「殺人とは殺意に身を任せて暴れ回る者のことだと思っていたが、タカハシの体を見て、考えを改めなくてはならないかもしれん」
「異なる意志…ですか?」
カトウが、知っていたかのような口調で訊いた。
「うむ。殺意の他に、後悔の意志がみられた。そして、二つは混ざり始めておる」
後悔。
俺とスズキにもあるものだ。
タカハシは何に後悔をしているんだろう。
「何に対して後悔しているのかは不明じゃが、殺人とはまた違った生物であるのは確かじゃ…そうじゃな、なんと呼べば…」
命名に悩んでいるホボに、俺は言葉を投げた。
「愛…」
数秒悩んだ後、ホボは閃いたような表情を浮かべた。
「それじゃ。それが一番しっくりくる」
なぜ、それが俺の口から出たのかはわからない。
俺の意志だったのか、そうでなかったのか。
それはわからないけど、愛し、愛されていたタカハシには、的確な名だと思う。
それなら、俺もその類であるということか。
タカハシについて知る事は、俺について知る事と同義。
これからラボを訪れる回数を増やそう。
「愛…愛…」
スズキがボソボソと一人、呟いていた。
「とりあえず、今わかっているのはそれだけじゃ。愛ではあるが、殺人には変わりない。タカハシの体を調べていけば、殺人の対策に役立つ事は間違いないじゃろう」
話を終え、俺たちはそれぞれの帰路に立った。
互いが見える位置までは、前を向いていたが、一人になると、とてつもない疲労と不安に襲われた。




