協定1
「俺は…どうなったんだ?」
殺人との戦闘中、スズキを庇いに飛び出して、腕と脚を切られて、胴体だけに…
「ウプッ…」
あの事件が脳裏をよぎって、吐きそうになるのを、右手で抑えた。
ん?右手?腕がある?
切られたはずの腕も脚もあって、俺は立っていられた。
「な、なんだこれは…」
安心する暇もなく、腕がドロドロと溶け出した。
それと同時に、力が入らなくなる。
なんとか垂れていかないように、支えようとしたいが、肩より先を動かすことができない。
腕だけに意識を向けていたため、もう一つのことに気づかずにいた。
「視線が…低い…」
気づいた頃には、もう膝が見えないほどだった。
「どうなっちまったんだ、俺の体は。どうなっちまうんだ…」
顔を抑えることすらできない俺に、やつは話しかけてきた。
「消えたくないだろウ?」
「そりゃあ…」
自然と返答してしまったが、一人のはずなのに、姿も見えないのに、声が聞こえることに異変を感じた。
「誰だ!」
俺は慌てて叫んだ。
「まダ、名はなイ」
「じゃあ、何者なんだ!」
「まダ、何者でもなイ」
「じゃあ、なんで俺の中に棲んでるんだよ…」
俺は知っていた。本当は知っていた。けれど、信じたくなかった。
俺の中に植えられた意志が、殺意に向かって枝を伸ばしていることを。
「俺たちの敵勢力の排除のたメ、情報を集める必要があル。だかラ、潜伏させてもらっていル。こちらとしてモ、来る時ニ、万全な状態で臨みたいからナ」
「一つ訊きたい」
消えゆく腕と脚に焦りを感じつつも、冷静に言葉を続ける。
「俺が、俺自身を殺せば、お前はどうなるんだ?」
「俺も消えル。だかラ、俺から一ツ、協定を持ちかけたイ」
協定…。
そもそも、こんなやつに耳を傾けてもいいのか?傾ける必要すらないんじゃないか?
…それでも、こんな状態の俺じゃ、話を聞くことしかできない…無力だ…
「目覚めるまでのあいダ、お前に力を貸ス。友人を救うのにモ、殺人を排除するのにモ、使ってくれて構わなイ」
友人を救う…
そうだ、俺はタカハシを救わないと、タカハシの声を聞かないと、タカハシに謝らないと…
そのためなら、少し力を借りるくらい…
「…お前は、殺人の味方なんじゃないのか?」
俺はそこが引っかかり、やつに訊く。
「殺意に身を任せているような殺人に用はなイ。好きに減らしてもらって構わなイ。どうダ?悪くない話だとは思うガ」
何か、裏があるようにも聞こえる。
それでも、俺はタカハシのために力を借りて、そうしたらスズキも救えるし、何より怠惰で無力な自分を捨てられる。
今が、変われるチャンスだ。
こいつが目覚めるまでに時間はあるはず。それまでに、何かしらの手を打てば問題ないはずだ。
こいつは俺を利用しようとしているみたいだが、俺が利用してやる。
こいつは俺の中に棲むだけの殺意にしかすぎないのだから。
「その協定、結んでやる。だから、俺の中に棲む代わり、家賃として、力をもらうぞ」
やつがふふっと笑うと、いつの間にか腕と脚が元に戻っていた。
俺はこれが自分のものであると、全身を動かして確認する。
「これがお前の中の覚悟から生まれた能力ダ。カラメルで傷ついた身体を修復できたリ、分身を作ったりもできル。そこに俺の殺意を合わせれバ、かけられているはずのリミットを解除することができル。要するに、現存する生物の中デ、お前が負けることはなイ。存分に暴れてきナ」
そう言われながら、俺は体を溶かしたり、固めたりと、色々試していた。
「さァ、交代ダ」
自分の体を試していると、気づけば甘い香りに包まれていた。加えて、ドロドロとした液状のものや、宝石のように輝く固形のものが辺り一面に散らばっていた。
「よく…帰ってこれたな…」
見上げると、俺の頭を抑えているカトウがいた。
その手を下ろし、立ち上がった。
「だ、大丈夫ですか…!?」
カトウは体中にドロドロとしたものを付着させられており、息も荒くしていた。
「俺のことはいい…動けるんなら…スズキを…頼む」
そうだ、スズキは!?
意識が消える寸前、俺はスズキを庇って、それから…それから、俺はどうなってたんだ?
「大丈夫か!スズキ!スズキ!」
すぐ横に、全身をカラメルに包まれたスズキが倒れていた。
俺はスズキの体に触れ、カラメルを吸い取った。
「サトウ…君…?」
なんとか、スズキの意識はあった。
よかった。みんな無事だ。
ホッとすると、辺りのカラメルは、俺の元へ戻ってきた。
***
カトウさんは病院へ、俺とスズキは署の休憩室にいた。
「何が、あったんだ?」
スズキは手に持った缶コーヒーを、必要以上に触っている。
「聞きたくないかもしれないけど、大丈夫?」
「聞かないことには、知らないことには、行動すら起こせないからな」
スズキは缶を開けて、喉を潤してから教えてくれた。
「私を庇ってくれた後、胴体だけになったサトウ君から、ドロドロとしたものが出てきたの」
俺の能力か。
「それから、殺人を掴んで、吸収し出したの。植物が養分を吸い上げるみたいに。助かったと思ったら、なぜか標的を私に向けてきて、吸収しようとしてきたところを、カトウさんに助けてもらった。…こんな感じ」
「…と、言うことは、俺がカトウさんを…あんな目に…?」
スズキはコーヒーを飲みながら頷いた。
「…そっか。謝りに行かないとな」
スズキはコン、と缶を置いた。
「違うよ。カトウさんは謝られたくないと思う」
俺は俯いた顔を上げて、スズキを見つめた。
「だって、こうなることも想定内だったと思うし、謝りに行けば、それを否定しているようなものみたいだし。命を大事にしているカトウさんが、身を挺して守ってくれたわけだし。多分、謝るんじゃなくて、これからどうするか考える方が大事だと思う」
その通りだ、その通りなのだが。
俺たちは過去よりも、未来を見なくちゃいけないのだが、過去を無視して進んでいいわけじゃない。
この精算は、行動で示さなくちゃ。
「…俺はどうやって、二人を追いやったんだ?」
過去を乗り越え、未来へ進むには、聞かなくてはいけないことだ。
「体をドロドロにして、甘い香りもしてたかな。瓦礫を持ち上げて投げつけたり、カトウさんを持って、壁に打ち付けたり。その途中で、私も巻き込まれたんだけどね」
「…すまなかった…!」
一番聞きたくなかった。
けど、聞かなくちゃ、確かめなくちゃいけなかった。
敵が明確だったにも関わらず、味方に手を出してしまった。あってはならないことだ。
たとえ、あの時、体を乗っ取られていたとしても、だ。
「おう、お前さんら、ちょうどいいところに」
ホボが休憩室へやってきた。
「ちょっと来てくれ」
俺たちはホボに連れられ、ラボへ向かった。




