殺意と後悔
私たちは研究し…ラボを出て、第一会議室に場所を移した。
「殺人について、どこまで知ってる?」
会議室に入った途端、カトウは振り返って口を開いた。
私が扉を閉めるのを待たずに。
問いに対して、私たちは口を開けなかった。
「何も…って顔だな。対殺人の採用に切り替えたみたいだが、研修はどうなってんだ」
サトウが一歩前に出た。
「何も、教えられていません」
カトウが眉をピクリと動かした。
「何も、教えてくれませんでした」
「自分たちから訊きには行かなかったのか?」
サトウは口をムッとさせた。
「そこだ。そこが問題だ。お前たちは…」
「だから!」
サトウは珍しく声を荒げた。
「だから!俺たちにタカハシを助ける術を教えてください!」
サトウは珍しく、頭を下げた。
それも、一分ほど。
「…順序が大事だ。そこへ辿り着くにはまだ早い」
カトウは頭を掻きながら言った。
「嬢ちゃんは、どうなんだ?こいつと同じ気持ちか?」
私は静かに頭を下げた。
軽く、十秒ほど。
「立って話すほど、短い話じゃない。座って話すとしよう」
私たちは顔を見合わせて、カトウの向かいに座った。
「お前たちは、良くも悪くも能力を得る資格を得た」
「能力…?」
足が速いとか、喧嘩が強いとか、そういう意味での能力だろうか。
「多分、違うことを考えていると思うから、その考えを否定しておこう。俺の言う能力とは、火を放ったり、背中から腕を生やしたり、そういう感じのことだ」
ぶっ飛んだことを言い出したように聞こえるが、私はそれを利用する人のことを知っている。
「要するに、殺人みたいなもんだ」
「でも、俺たちは殺人じゃないんじゃ…」
サトウが口を挟む。
「ちゃんと聞け。殺人みたいな、と言った。殺人ではない。殺人は殺意を元に能力へ変換させる。お前たちは違う」
カトウは私たちの胸の内を見るような目で見つめてきた。
「後悔だ。仲間、同期、友を失った後悔が、お前たちに能力を与える」
後悔。
確かに、私は非力であることを悔いている。
けれど、そんな思いで、あり得ない能力を得られるとは思えない。
「まぁ、話だけ聞いても飲み込めないとは思う。だが、これは事実だ。ひとまず、君たちには能力を引き出してもらう必要がある。さっきも言ったが、殺人が殺意を能力へ変換させるのと同じように、後悔を能力へ変換させるのだ」
「ど、どうやって…?」
私は弱々しく訊いた。
「そういうところだ。最近の若者は口先ばかり。目標を掲げるのはいいが、失敗や成功と呼べる域に立たずして、諦めてしまう。まずは後悔を覚悟へ昇華させることだ」
私は頬を膨らませて、少し声量を上げて再び訊く。
「だから、具体的にどうやってか、教えてくださいよ」
カトウは口角を上げて言った。
「そう、そんな感じに、だよ。後悔とは他者を想っての意志だ。それではいけない。自分を強く想っての意志でないと、殺人に対抗できるような能力を得られない。君たちの中から他者を捨てろ。自分を愛せ」
よくわからない。
だって、わかりたくなかったから。
私の中からタカハシ君を、サトウ君を捨てるなんて、できない。
だから、私は非力なのかな。
だから、助けられる状況にも居合わせられなかったのかな。
「わかりました」
「えっ」
サトウが低い声で承諾しているのを聞いて、私は思わず声を漏らしてしまった。
「果たして、それは君の意志か、それとも…」
カトウは肘をついて、二本の指でサトウの胸を差した。
「隣の嬢ちゃんは?」
「スズキ…です」
何か答えないと。
そう思い、咄嗟に出たのが名前だった。
まだ答えが出ていないから。
この人の前で言葉を詰まらせると、他者を捨てる覚悟がないのだと、思われてしまう。
表向きだけでも、そう、取り繕わないと。
「…いきなり内面が変わるとは思っていない。まずは、言葉からだけでも、覚悟を持つよう意識してくれ。それから…」
カトウは唾を飲んでから続けた。
「君たち、鈴カステラは好きかい?」
急展開された話題に、早速、言葉を詰まらせてしまう。
「いや、特に深い意味はないんだけどね」
カトウは席を立ち、ジャケットを羽織る。
「何件か殺人被害の通報を受けている。早速だが、お前たちの出番だ」
いきなり、何を言い出すのかと思えば、そんな無茶なことを…。
能力のない私に、覚悟も中途半端な私に何ができるって言うの?
…いや、違うな。
この、迷いこそが、覚悟を持てない理由。
そして、迷いを生んでいるのは、過去の私。
ここで変わらなきゃ、未来の私に置いてかれる。
だから、少しのお別れ。
いつか、助けられる時が来たら、助けに行くからね、タカハシ君。




