腕と炎
翌朝、僕は部署を訪れず、真っ直ぐに第一会議室へ向かった。一人だと思って入室したが、すでに後方に人影があった。
「おはようございます!」
慌てて挨拶したため、思ったよりも大きな声が出てしまった。
女性は僕の挨拶には気づかず、いや、無視しているのかもしれないが、独り言を呟きながらパソコンをいじっている。
そのまま突っ立っていると、肩をトントンと叩かれた。急いで振り向くと、僕の頬は人差し指によって、刺された。
サトウは痛がる僕を見て笑う。
「こら、後輩をいじめるんじゃない」
スズキはサトウの頭をポムッと殴った。
「おはようございます」
「おはよう。昨日はゆっくり眠れた?」
「はい!」
僕は笑みを浮かべた。
「じゃあ、席着いて話そっか」
三人は席に着いた。
「あの、」
僕は後方の女性に視線を向けた。
「あの方は?」
「科捜研のホボさん。彼女も話を聞きたいらしくてね」
「知識が豊富すぎて、脳内のキャパが限界を超えないように常にアウトプットしているんだって」
だから、さっきからボソボソと呟いていたのか。
「さっそくだけど、どんな見た目だった?」
「殺気立った人間という感じでした。凶暴である点を除いては、一般の人間と同じように感じました。容姿も同じです」
「能力は?」
「特にそれらしいものは見えなかったです。体を八つ裂きにしていたのは殺人特有のものですよね?」
「そうだね。強いきっかけがない殺人は能力を持たないけど、殺人特有の高い運動能力と細胞を持つ、と情報が上がっている。それ以外で、何か気になった点は?」
「二点あります」
僕は指を二本立てて見せた。
「一つ目は殺人が殺人を殺して、そこに三人目の殺人がまた殺していて…一般の人間が被害にならないケースもあるんですか?」
「最近、それ多いよね」
サトウが足を組み直して言った。
「うん、私たちは殺人にもテリトリーみたいなものがあるんじゃないかって推測しているところだよ。もしかしたら、一般の人間が襲われることが減るのに繋がるかもしれない」
「それから二つ目なんですが…」
「失礼します!スズキさん、サトウさん、殺人の通報です!」
勢いよく開いた扉から男性が入ってきた。
「わかった。すぐ行く」
「ユイ君、ごめんね。続きはまた後日」
スズキとサトウは部屋から出ていった。
僕はホボの背中に向かって一礼だけしてから、遅れて部屋を出た。
自分の席に戻ると、上司はみな外出していた。昨日の件もあるため、一言伝えるべきなのだが。そう思いつつ、ユイは書類をさっさとまとめ、巡回に向かった。
背中を押してもらったんだから、動かなくちゃ。
殺人騒動があってからというもの、元より人の行き来が少なかったミントン地区からさらに人の気配がしなくなっていた。
殺人が現れた区域は徐々に人がいなくなり、やがて廃れる。この区域もいずれ封鎖されることになる。
僕は道順に従い巡回していると、殺人騒動のあった路地裏を前にして立ち止まった。変な緊張感に襲われるも、なんとか通り過ぎる事ができた。
「だ、誰かー!」
緊張を抑えるよりも先に悲鳴が耳を刺激した。僕の足は勝手に動き出していた。
女性の前に駆け寄る前に、立ち上る煙で何が起きているのかが分かった。現地に近づくにつれ、露わになっていく、燃え上がるアパート。
付近には逃げた住民が集っていた。
「まだ、息子が中に!」
僕は女性の声を拾うと、その勢いのまま燃え盛るアパートの中に入って行った。直前でいくつか止められる声があったが、僕の耳はそれを拾わなかった。
この炎はまだ発生したばかりのはずだ。中に人がいるのなら、今助ける他に助かる術はない。
僕はハンカチで口元を抑え、二階へ向かった。女性が二階を指差していたのを、視界の端で捉えていた。
二階に着くと、微かだが子どもの啜り泣く声が聞こえてくる。声の方へと、炎を避けて進んでいた、その時だった。
突然、天井が崩れ、目の前に二人の殺人が現れたのだ。衝撃で飛んできた火の粉を払う。
炎に包まれた殺人と、背中から腕を生やした殺人が向かい合っていた。ユイはその異形な姿に、能力持ちの殺人であると瞬時に理解した。
それでも、僕は再び進み出す。自らを犠牲にしてでも、目の前で殺人の被害を見るのはもう嫌なんだ。
「逃げロ」
どこからか聞こえた声に立ち止まってしまった。
炎の殺人と腕の殺人が戦闘を始めた。焦げるにおいがする。炎の殺人に焼かれていたのだ。
「逃げロ」
また聞こえてきた。殺人のどちらかから発されているようだった。
でも、殺人は話さないし、いや、そんなことはどうでもよくて。
僕は止まった足を再び動かし始めた。
「えっ」
腕の殺人は背中の腕を使って、子どもを掴んだのだ。
まずい、このままじゃ戦いに巻き込まれる。
「おい!やめろ!」
そう叫ぶと、腕の殺人はこちらを睨みつけてきた。
臆しそうになったが、聞く耳を持たない殺人に向かって僕は飛び出した。
「逃げロ」
再び声が聞こえると、腕の殺人が子どもをこちらに向かって投げてきた。僕は力強く投げられた子どもをなんとか受け取り、二人の様子を確認してから逃げようとした。しかし、すでに階段は崩れている。救急隊はまだ来ていない。
仕方ない、こうするしか。
「おい、誰か出てきたぞ!」




