第四課のカトウ
「この感じ…」
私は思い出したくもない感覚を抱かされた。
七年前、サトウ君を助けにリー地区へ入った時に感じたものと同じ。
ということは、あの時の、あの殺人が現れた…?
突然、自我を失ったように暴れ出した、カトウさんを除く第一課の人たちを止めに、サトウ君を向かわせたけど、大丈夫かな…
「スズキ、サトウから連絡があった」
カトウが声をかけてきた。
「アオキが運転する車に、ユイ君とホボさんが乗っているそうだ」
私は黙って耳を傾ける。
「しかしながら、正面に殺人が現れたとのことで、車に先を行かれたそうだ。ヒビノも乗せて」
私は思考を巡らせるため、目を瞑った。
「その殺人というのが…」
「わかっています。もう、気づいています」
カトウは伝えなくてはいけないと思いつつも、聞きたくなさそうな私の表情を読んで、口を開けたままにしていた。
「カトウさん、ここをお願いできますか?」
「行く…のか?」
私は静かに頷いた。
「そのために、私とサトウ君は警察を続けてきました。そのために、生きてきました。彼を、タカハシ君を救えるのなら、この命…」
「だめだっ!」
珍しく、カトウが怒鳴りを上げた。
「それじゃだめだろ!何を学んできた?何を身につけてきた?何を見てきた?お前たちの死を見た後輩たちはどう思う?もう、あれ以上、人々を苦しめたくないって、そう言っていたのはお前自身じゃないか」
「だけど!生半可な気持ちじゃ、アイには勝てない!」
私も負けじと、大きな声で対抗する。
「だからと言って、命まで賭けるのはお門違いだろ!もし、命を失って、助けられたとしても、お前は人を失う辛さを、他人に植え付けさせるのか?そんなことができるのか?命を賭けるかどうかよりも、覚悟を持つ事の方が先だろ!」
「でも!だけど!……………ごめんなさい」
何も、言い返せなかった。
そもそも、言い返せるはずがない。
私たちを導いてくれたカトウさんに、敵うわけがなかった。
「…ここは俺たちに任せろ。サトウにもそう伝えておけよ」
私は溢れ出そうな感情をぐっと堪えて、サトウの元へ向かった。
「ったく、覚悟できてんじゃねぇか」
***
「よかった。間に合った」
ピンチに駆けつけるヒーローのように、私は尻もちをついているサトウの隣に立って言った。
サトウは砂糖で複製した脚で立ち上がった。
「どう見ても、間に合ってないでしょ」
サトウは腹をさすりながら言った。
その通りだった。
サトウの見つめる先には、もう、誰もいなかった。
「それが、アイの力?」
私が脚を見ながら訊くと、サトウは頷いた。
「なるほど。確かに、個人戦は厳しそうね」
ホボさんからの情報によると、アイは、向かい合った人間の、愛を抱いていないものを消す能力を持つ、とのことだった。
脚を何度も複製した形跡があるが、自身を愛せなくなったサトウには、歯が全く立たなかったのだと、見受けられる。
「おかげさまで、一歩も近づけなかったよ」
サトウは、脚を軽くポン、と叩いた。
「でも、私は知ってるよ。サトウ君はその力を愛しているということをね」
実のところ、サトウは殺意を操る事はできない。
サトウの中に殺意が生きているのだ。
それが発覚したのは七年前の事件の少し後だった。
「ホボさん、俺、もしかしたら…」
サトウに連れられ、私は研究室にやってきた。
「ここはラボじゃ。それで、話の続きは?」
サトウは、今から言うことを否定して欲しそうに言った。
「…誰かが、俺の中で生きているんです」
サトウに対し、少しだけ、この時だけ、恐怖を抱いたのを覚えている。
私とは対照的に、ホボはやっぱりな、という顔をしていた。
「否定してもらうために来たようじゃが、それは無駄じゃ。三人が眠っておる時に、エノモトと一緒に体を調べさせてもらった」
私の体も…ということだよね…
「スズキの体には異常はなかった。ただ、サトウ。君の体には君とは異なった意志が見られたのじゃ」
「意志…?」
サトウは体に異常があったことを悔いるよりも先に、それに興味を抱いていた。
「人間の体は、器があって、魂が宿り、意志が生まれる。本来は全てが一つずつなんじゃ。だがしかし、サトウの体には意志がもう一つあった。それが誰のものなのかも、どこから来たものなのかもわからない」
「意志…ということは、殺意ではないんですか…?」
サトウは声をやや震わせながら訊いた。
「殺意ではない。今のところはな」
「今のところ、ということは…?」
気になった私は、サトウよりも先に口を開いた。
「意志なんて、その時の環境や衝動によって変化する。喜んだら、共有したくなるように、怒ったら、反撃をしたくなるように、その都度変わる。つまり、殺意になる可能性がある、ということじゃ」
とりあえず、殺人、というわけではないことがわかり、私たちは胸を撫で下ろした。
「ここからが心配事なのじゃが…」
ホボは咳を一つしてから続けた。
「それをコントロールするのは、サトウではないということだ」
「でも、サトウ君の体ですよね?」
「それはそうなのじゃが…これは推測にすぎないのじゃが、おそらく、その意志の持ち主は、この世には存在しておらん」
「詳しく、教えてください」
サトウは真剣な眼差しで言った。
「さっき言った通り、人間は器、魂、意志を一つずつ持っている。どれかひとつが欠けても、ひとつだけになっても、機能することはない。じゃが、その意志は動き続けている。意志の持ち主に植え付けられたと言っているようなものだ。そういうわけで、その持ち主は器と魂を消失しておると推測できる」
ホボの言葉に対し、サトウは思い当たる節があるような表情をしていた。
「サトウの意志なら何とかなると思うが、どこかの誰かのわからん意志が植え付けられているとなると、何をしでかすかわからん。突然、殺人となる可能性もある。だから、スズキ、お前が近くで見守っていてやってくれ。これは、エノモトとも話し合った結果じゃ」
そのつもりだ。
もちろん、そのつもりなのだが、今の、非力な私に務まるのだろうか。
「…任せてください。サトウ君のためなら、なんとかしてみせます。命に変えても…」
「命は何かに変えるものじゃない。失ってはいけないものだ」
背後から聞こえた声に、私はヒェッと、驚きの声をあげてしまった。
「以前の事件にて、君たちは仲間を失った。実際には生きているが、まぁ、ほぼ同義だろう。それと同時に、殺人の被害に遭った。と、いうことで、君たちの実力を過信した上からの命令だ。今日からしばらく、俺の下で動いてもらう」
非力な私と、怠惰なサトウは何も、言い返せなかった。
何かを言い返せるとしたらタカハシだけだ。
けれど、タカハシは今ここにいない。
私たちは、仲間を、同期を、友を失ってしまったのだ。
私は堪えきれず、涙を落とした。
「安心しろ。もう泣かなくなるほどいじめてやる」
「こら、一年目の新人なんだから、優しくなさい」
「新人だからこそ、強く当たらないと。殺人とかいう化け物と対峙するんですから」
ホボはため息をついてから、男性の紹介を始める。
「そこの人はカトウ。第四課から、第一課に移ることとなった。それと同時に、君たちの指導係に任命された」
カトウは私たちの頭に手を乗せて、ガラガラな声で言った。
「これからよろしくな」




