出陣
「さっきはごめんね。本当のこと言えなくて」
「いえ、状況が状況みたいなので、大丈夫ですよ」
「それと…」
アオキは頭を片手で押さえながら言った。
「私はテレパシーが使えるの」
「軽くなら、説明しておいたぞ」
ホボは、アオキが言い終えるのと同時に、口を開いた。
アオキは頷いてから、再び話し出す。
「条件は唯一つ、私の唇を触れさせること」
「へっ?」
僕は情けない声を出してしまった。
「そんなわかりやすく、顔を赤く染めよって」
ホボは腕を組み、視線だけを飛ばしてきた。
じゃあ、つまり、あの時の、キ、キスは、今日、この日の、いざという時のためだったってこと?
思い出すだけでも恥ずかしいのに、一人つけあがっていたって考えると、もっと恥ずかしくなる。
「それから、思考のやり取りができる距離は、条件を満たしてからの日数に比例する」
「エノモト、ヒビノ、カトウは、初期の方に済ませてある。わしを含めた四人は、この国におれば、どこにいてもやり取りできる」
みんな、アオキさんのく、唇を…
僕はわかりやすく、肩を落とした。
それが空気で伝わったのか、気を利かせてくれたのか、ホボが独り言のように呟き始めた。
「本来なら、お前さんが来た日にするつもりじゃったが、アオキはそれを嫌がった。なんでも…」
「ホボさん!それ以上は…!」
アオキは二、三回、咳き込み、落ち着かせてから話し続ける。
「あのね、ユイ君。私はユイ君のことを弟のように、姉のように見ているの」
どういうことだろう…。
僕は口を開かず、聞く。
「元気なとこも、何とかしてくれそうなとこも私は好き。だけど、辛くなることも、泣きたくなることもあると思う。その時は、いつでも、どこでも、胸を貸してあげるから、私がそうなった時は、逆に胸を貸してほしいの」
「その時が来たら、そうするかもしれません。ただ…」
僕は間を空けてから、再び口を開く。
「僕は辛くなる世界を、泣きたくなる世界を壊すために、今ここにいるんです」
ミラー越しに、アオキと目が合う。
「胸に埋もれていたら、明るい未来は見えませんしね」
アオキとホボは口角を上げてから、ため息をついた。
「そういう、ポジティブなとこが羨ましいよ」
「これで、未来に希望を託せるのう」
二人は独り言のように、小さく呟いた。
荒れ果てた道を進んでいく中、走っているヒビノを見つけた。
アオキはクラクションを鳴らし、助手席に乗せた。
「殺人に、イトウとコバヤシも北東のショウシャン地区に向かっている。エノモトさんはもう、だいぶ先に行っているはずだ」
ヒビノは乱れた呼吸を落ち着かせながら言う。
「イトウとコバヤシは…無事なんですか?」
心配が勝り、声が細くなってしまう。
「残念ながら、無事だ」
「残念ながら…?」
僕の声が聞こえなかったのか、ヒビノは続けて話し出す。
「目的ははっきりしないが、少なくとも、誰かの指示に従って動いているのは間違いない。殺人が逃げていく先に、そいつはいるはずだ」
「あ、」
僕は不確定情報であるために、殺人の言うことだったために、言ってこなかったことを思い出し、手短に説明した。
「…なんで、お前ってやつは…!」
ヒビノは振り返り、怒鳴ってきた。
「ほう!れん!そう!」
「うるさいな。叱るんは、終わってからにしてくれ」
ホボは呆れたように言った。
「そうですよ。訊いていたところで、今日の襲撃は読めていなかったわけですし」
アオキとホボのおかげで、落ち着きを取り戻させられたヒビノは、腕を組んで窓の外を見始めた。
「…ヒントにはなっていたろうに…」
ジュン地区を抜け、トン地区に入った時だった。地響きが僕らを襲った。
「な、なんなんですか!」
狼狽える僕をよそに、アオキはハンドルを取られないよう、集中していた。
「まさか、お前が最初に立ちはだかるとはな…」
柄にもなく、ヒビノはビビっていた。
「ここは俺に任せろ。タカハシの近くで降りる」
数百メートル先に、タカハシが立っていた。
目を凝らしてようやく認識できたが、ヒビノは誰よりも早く気づいていた。
「スピード落としますか?」
「そのままでいい」
少しずつ、タカハシとの距離が縮まっていく。
取っ手を握り、タイミングを図るヒビノを、僕は見ていることしかできなかった。
「後は任せたぞ!」
そう言い、ドアを開けようとしたが、少し開いたはずのドアは、すぐに閉じられた。
「なんだ!?」
アオキはそのまま、タカハシの横を通り過ぎた。
「い、いいんですか?」
「まぁ、大丈夫じゃろう。あいつらのことだ。好きにやらせたらいい」
タカハシと対峙するサトウを残し、僕らはショウシャン地区を目指す。
「俺は俺のために、タカハシのために、スズキのために、戦う」
サトウは複数体の分身を作り出す。
「かかってこい、タカハシ!いや、愛の殺人!」




