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殺人  作者: つくし
22/37

初陣

 一週間の休暇を終え、僕ら新人組は第一会議室に集められた。

 気のせいだろうか、イトウとコバヤシがそわそわしているような気がする。


「二人は一週間、何してたんだ?」


 僕の問いに対して、呼応するように体をピクッとさせると、二人は慌てた様子で口を開いた。


「あ、えと、僕たち、じゃなくて、自分は心身を鍛え直すことにしました。ランニングしたり、座禅したり、イメージトレーニングしたり、映画観たり」

「私は好きなようにしてたよ。久々のまとまった休みだったしね」

「へー、いい気分転換になったみたいで良かったよ」

「ユイは?」

「僕は普段…通りかな。気がつくと今日だったみたいな」


 僕たちが談笑を楽しんでいると、エノモトとヒビノがやってきた。

 ヒビノの顔は沈んでいるように見えた。


「一週間ぶりだね。休暇はどうだった?」


 エノモトは僕らの目を順番に見ていた。

 そして、答えを待たずして、話を続けた。


「なるほど。色んなことを見てきたようだね」


 言いながら、優しく微笑みかけてきた。


「じゃあ、早速だけど、本題に入らせてもらう。現在、確保しているのはミントン地区のワン、シー地区のシュウ、ルイスイ地区のヤク、チャンパイ地区のハナ、ジュンフ地区のケイ、ナン地区のモンの計六体だ。これまでの傾向からして、一つの地区に一体ずつのザイアクがナワバリとしている。つまり、残りの十体を確保すれば、安全な社会が戻ってくる」


 本当に、本当にそれだけで日常が戻ってくるのか?

 ハジメが安全に暮らせる社会が戻ってくるのか?

 こんなにいきなり順調なのもおかしい。


「と、言うことで、君たちには、ルウチャン地区のミンを確保して欲しいんだ。これが、死なないことを成し遂げた君たちへの次なる任務だ」

「ミン…」


 イトウが呟く。


「確保…ですか?」


 僕は自信に満ちた瞳で訊いた。


「そう、確保だ。人前に現れるとは限らないのが殺人の特徴だが、なんとか君たちの力で探し出し、確保につなげて欲しい。期限は決めないが、早い方が助かる」


 僕は右手の中指を、じっと見つめた。


「ヒビノさん含めて、四人で行くんですよね?」


 コバヤシが訊いた。


「いや、ヒビノにはエールを送ってもらうためにここへ呼んだ」

「君たちの…健闘を祈っている」


 ヒビノの声は明らかに低く発せられていた。


「ヒビノさん…何があったんですか?」


 心配そうに、イトウが口を開いた。


「別件が立て込んでてな。今は何とか時間を作って来てもらった」


 イトウは視線を送っていたが、俯いたままのヒビノは視線を返すことはなかった。


「だから、今回の巡回は、君たち三人となる。頭の賢い殺人で、少々手強いが、三人の能力とチームワークで確保につなげてくれ」


 言い終えたエノモトは、温もりある笑みを浮かべると、ヒビノとともに会議室を後にした。

 残された僕らは顔を見合わせた。


「ど、どうしましょう?」

「行くしかないでしょ」

「同じく」

「でも、人前に現れないかもしれないんですよね?どう探せば…」

「そこは…私に任せて」


 僕とコバヤシは悲しそうに言ったイトウを深く追求しなかった。

 ただ、何か策があるのは頼もしい。イトウの言う通りに動くことにしよう。

 それから僕たちは諸々の準備を済ませ、イトウが運転する車で、ルウチャン地区へ向かう。


「…助手席いないの寂しいんだけど」


 出発早々、イトウがバックミラーで視線を飛ばしながら口を開いた。


「後部座席がしっくり来るんだよ、な?」

「は、はい。横だと緊張が」

「緊張?何に緊張するんだ?」


 僕の質問になぜか二人ともが戸惑い、車内は静まり返った。


「な、なんとなくです」


 苦し紛れに、理由でもない答えが返ってきて、僕は「なんだそれ」と笑って返した。


 ジュン地区のすぐ南に位置する、ルウチャン地区へはすぐに着いた。


「ここはまだ人が残ってるんだね」


 ルウチャン地区は、巡回してきた他の地区とは異なり、数年前の日常のように人が行き来している。

 理由として考えられそうなのは、ミンの手口だ。

 スズキさんから、頭を使って攻めてくる、とあったため、おそらく殺人の犯行だと思わせないよう、立ち回っているのだろう。

 そんなやつが、三人できている僕たちの前に出てくるとは思えない。

 かといって、手がかりもなく探し回ってもこちらが疲弊するだけだ。

 あ、そうだ。


「話を聞いてみようよ」

「誰に?」

「いや、そこらを歩いている人に」

「えー、見ず知らずの人に?」

「別にイトウが話しかける必要は…」


 イトウに提案しているうちに、コバヤシが声をかけていた。


「すみません!少し、お話よろしいでしょうか!」


 圧の強い呼びかけに、通行人はどんどん逃げていき、コバヤシを避けるように歩き始めた。

 僕はコバヤシの元に寄る。


「コバヤシ…苦手なことは誰にでもある。心配する必要はない」


 コバヤシを避けて歩いている通行人に僕は呼びかけた。


「すみません、少しお話を…」


 無視。無視無視無視。

 やがて、僕らを中心に、通行人は大きく避けて歩いて行った。


「え、な、なんで…」


 信じられなかった。

 そんな、人に話しかけることも僕はできないのか…


「苦手なことは誰にでもある、でしょ?」


 僕はイトウに背中をポン、と軽く叩かれ、そう言われた。

 コバヤシと比べたら、大分優しく呼びかけたはずなんだけどなぁ


「あの、すいま…」


 イトウが話しかけようとする前に、通行人は察したかのように、避けて行った。

 呼びかけに失敗すると、切り替えた顔で、僕たちに告げてきた。


「これ、ミンの仕業じゃない?」

「え?」


 そう推測するにはあまりにも情報がなかったのだが、イトウは何かを掴んだ瞳で訴えてきた。


「根拠は?」

「勘」

「よく聞こえなかったな…で、根拠は?」

「だから、勘だって。強いて言うなら、善悪のどちらの色も示さないってとこかな」


 イトウは人間や殺人の善悪を判別する能力がある。

 それを聞けば納得できるような、できないような…

 それだけでは、目の前の人間たちがミンに操られていることには繋がらない…操られている…?


「僕も推測なんだけど、ミンがナナシだけでなく、人間も操ることができるとすれば…」

「そう、辻褄が合う。だけど、少しだけ違うかも」

「どういうこと?」

「私たちに情報を与える前に、一斉にかかってこれば、人間か殺人か、どっちの仕業かわかんないから、手の出しようがないじゃない?だけど、あえて私たちから避けようとしている」

「賢いからでは?」

「そう、だからこそ、私たちから避けさせているの。もう、情報を与えないように」


 イトウは周囲を見渡し始めた。


「人間を操れはするけど、攻撃に参加させることはできない。あくまで私たちに日常のような風景を見させているんでしょ?」


 僕とコバヤシも、周囲に異変がないか探し始める。


「見当たりませんね…」


 近くにはいないみたいだ。


「二人はさ…」


 イトウが口を開く。


「絶対に見つからず、安全な場所ってどこだと思う?」

「金庫」

「公園の遊具…とかですかね?」

「はぁ、聞いた私がバカだった」


 イトウは顔に手を当て、ため息をついた。


「いい?絶対に見つからない場所といえば屋内。安全といえば高所。つまり…」


 イトウが指差した先はビル上部。

 絶対…とは言い切れないが、条件を絞り込めたとは言え、数ある建物の中から、一つを、しかも階まで当てなくてはならないとなれば、見つかる確率はかなり低い。


「だから、手分けして探すよ!」

「この中からですか!?」


 コバヤシはわかりやすく驚いた。


「仕方ないでしょ。確保が条件だし、のこのこと自ら出てくるようなやつでもなさそうだし」


 僕とコバヤシは諦めて、探し始めることにした。

 歩き出した僕たちとは別に、イトウは背後を気にしていた。


「どうしたんだ?イト…」


 イトウに声をかけようとして、僕は口を抑えられた。


「しっ。私のことは気にせず、二人は早く探してきて」

「さ、サボろうって言うんですか!?」

「ち、違うわよ!私もちゃんと探すから」


 抑えられた手を離すと、イトウは背中を叩いてから、つま先を叩いてきた。

 何の合図だ?背中に…つま先…

 あ、もしかして!


「イトウ、腰、悪くしたのか?」


 イトウはため息を何度もつきながら、僕らの先を歩いて行った。


「俺が悪いのか?」

「三等分だと思います」


 僕とコバヤシは別れて探そうとし始めた時、前を歩いていたはずのイトウが走って戻ってきた。


「え、ど、どうしたんだ?」


 イトウは何も言わず、僕とコバヤシの間を走り抜けて行った。


「トイレでしょうか?」


 僕たちは首を傾げながらイトウを視線で追った。

 イトウはすぐ近くの家へ勝手に入って行った。


「おい、何やってんだ!」


 僕とコバヤシは慌ててイトウが入った家に向かう。


「おい、イトウ。何がどうなって…」


 家に入った僕は、イトウが掴んでいた"それ"に驚いた。


「イトウさん、どうして…」


 イトウは、ミンの首を掴んで持ち上げていた。


「絶対に見つからない場所は、私たちの背後。安全な場所は、私たちを監視できる地上。ミンは住民を操って、家を隠れる場所とし、私たちを見ていたの」


 僕は苦しむミンを見ていられなかった。


「と、とにかく離せよ」

「それは、できない…」


 イトウは泣きながら、ミンを掴む力を強める。


「私は、私は、妹を殺した…あんたを、私は、私は…」


 まずいと思って、イトウをミンから離そうとしたが、ピクリとも動かない。

 まずい。このままでは確保どころではない。

 それに、イトウの様子がおかしい。自我を忘れて、殺意消耗を抑えきれずにいる。

 まるで、殺人のように。


「コバヤシ!」


 そう叫ぶと、コバヤシは僕の横を通り過ぎ、イトウに抱きついた。


「コバヤシ!?」


 コバヤシはイトウが束縛を強めるのと同じペースで強めていく。


「は…な…して…は…な…して…」


 イトウは苦しそうに言葉を発している。


「それはこっちのセリフだ!離してくれ、イトウ!」


 あれ?コバヤシのやつ、敬語じゃなくなってる…?

 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「コバヤシ!ど、どうすればいい?」


 僕はコバヤシに訊く。


「ユイさんは何もしなくて大丈夫です…!もうそろそろかと思うので」


 もうそろそろ。

 僕はその言葉を信じ、事が終わるまでじっと見つめていた。


「ごめん、コバヤシ…」


 ミンを離し、ぐったりと座り込むイトウがコバヤシに声をかけた。


「そこは、『ありがとう』が正しいかと」


 解放されたミンは、意識を失って、仰向けになっている。


「どういうことか、教えてくれないか?」

「…うん。教えてもいいし、教えるべきなんだけど、まだ、終わってない」


 終わってない…?

 イトウは涙を拭いながら、含みのあるように呟いた。


「すー、すー、すー」


 寝ている…!?

 イトウに首を絞められ、意識を失ったはずじゃないのか?

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