初陣
一週間の休暇を終え、僕ら新人組は第一会議室に集められた。
気のせいだろうか、イトウとコバヤシがそわそわしているような気がする。
「二人は一週間、何してたんだ?」
僕の問いに対して、呼応するように体をピクッとさせると、二人は慌てた様子で口を開いた。
「あ、えと、僕たち、じゃなくて、自分は心身を鍛え直すことにしました。ランニングしたり、座禅したり、イメージトレーニングしたり、映画観たり」
「私は好きなようにしてたよ。久々のまとまった休みだったしね」
「へー、いい気分転換になったみたいで良かったよ」
「ユイは?」
「僕は普段…通りかな。気がつくと今日だったみたいな」
僕たちが談笑を楽しんでいると、エノモトとヒビノがやってきた。
ヒビノの顔は沈んでいるように見えた。
「一週間ぶりだね。休暇はどうだった?」
エノモトは僕らの目を順番に見ていた。
そして、答えを待たずして、話を続けた。
「なるほど。色んなことを見てきたようだね」
言いながら、優しく微笑みかけてきた。
「じゃあ、早速だけど、本題に入らせてもらう。現在、確保しているのはミントン地区のワン、シー地区のシュウ、ルイスイ地区のヤク、チャンパイ地区のハナ、ジュンフ地区のケイ、ナン地区のモンの計六体だ。これまでの傾向からして、一つの地区に一体ずつのザイアクがナワバリとしている。つまり、残りの十体を確保すれば、安全な社会が戻ってくる」
本当に、本当にそれだけで日常が戻ってくるのか?
ハジメが安全に暮らせる社会が戻ってくるのか?
こんなにいきなり順調なのもおかしい。
「と、言うことで、君たちには、ルウチャン地区のミンを確保して欲しいんだ。これが、死なないことを成し遂げた君たちへの次なる任務だ」
「ミン…」
イトウが呟く。
「確保…ですか?」
僕は自信に満ちた瞳で訊いた。
「そう、確保だ。人前に現れるとは限らないのが殺人の特徴だが、なんとか君たちの力で探し出し、確保につなげて欲しい。期限は決めないが、早い方が助かる」
僕は右手の中指を、じっと見つめた。
「ヒビノさん含めて、四人で行くんですよね?」
コバヤシが訊いた。
「いや、ヒビノにはエールを送ってもらうためにここへ呼んだ」
「君たちの…健闘を祈っている」
ヒビノの声は明らかに低く発せられていた。
「ヒビノさん…何があったんですか?」
心配そうに、イトウが口を開いた。
「別件が立て込んでてな。今は何とか時間を作って来てもらった」
イトウは視線を送っていたが、俯いたままのヒビノは視線を返すことはなかった。
「だから、今回の巡回は、君たち三人となる。頭の賢い殺人で、少々手強いが、三人の能力とチームワークで確保につなげてくれ」
言い終えたエノモトは、温もりある笑みを浮かべると、ヒビノとともに会議室を後にした。
残された僕らは顔を見合わせた。
「ど、どうしましょう?」
「行くしかないでしょ」
「同じく」
「でも、人前に現れないかもしれないんですよね?どう探せば…」
「そこは…私に任せて」
僕とコバヤシは悲しそうに言ったイトウを深く追求しなかった。
ただ、何か策があるのは頼もしい。イトウの言う通りに動くことにしよう。
それから僕たちは諸々の準備を済ませ、イトウが運転する車で、ルウチャン地区へ向かう。
「…助手席いないの寂しいんだけど」
出発早々、イトウがバックミラーで視線を飛ばしながら口を開いた。
「後部座席がしっくり来るんだよ、な?」
「は、はい。横だと緊張が」
「緊張?何に緊張するんだ?」
僕の質問になぜか二人ともが戸惑い、車内は静まり返った。
「な、なんとなくです」
苦し紛れに、理由でもない答えが返ってきて、僕は「なんだそれ」と笑って返した。
ジュン地区のすぐ南に位置する、ルウチャン地区へはすぐに着いた。
「ここはまだ人が残ってるんだね」
ルウチャン地区は、巡回してきた他の地区とは異なり、数年前の日常のように人が行き来している。
理由として考えられそうなのは、ミンの手口だ。
スズキさんから、頭を使って攻めてくる、とあったため、おそらく殺人の犯行だと思わせないよう、立ち回っているのだろう。
そんなやつが、三人できている僕たちの前に出てくるとは思えない。
かといって、手がかりもなく探し回ってもこちらが疲弊するだけだ。
あ、そうだ。
「話を聞いてみようよ」
「誰に?」
「いや、そこらを歩いている人に」
「えー、見ず知らずの人に?」
「別にイトウが話しかける必要は…」
イトウに提案しているうちに、コバヤシが声をかけていた。
「すみません!少し、お話よろしいでしょうか!」
圧の強い呼びかけに、通行人はどんどん逃げていき、コバヤシを避けるように歩き始めた。
僕はコバヤシの元に寄る。
「コバヤシ…苦手なことは誰にでもある。心配する必要はない」
コバヤシを避けて歩いている通行人に僕は呼びかけた。
「すみません、少しお話を…」
無視。無視無視無視。
やがて、僕らを中心に、通行人は大きく避けて歩いて行った。
「え、な、なんで…」
信じられなかった。
そんな、人に話しかけることも僕はできないのか…
「苦手なことは誰にでもある、でしょ?」
僕はイトウに背中をポン、と軽く叩かれ、そう言われた。
コバヤシと比べたら、大分優しく呼びかけたはずなんだけどなぁ
「あの、すいま…」
イトウが話しかけようとする前に、通行人は察したかのように、避けて行った。
呼びかけに失敗すると、切り替えた顔で、僕たちに告げてきた。
「これ、ミンの仕業じゃない?」
「え?」
そう推測するにはあまりにも情報がなかったのだが、イトウは何かを掴んだ瞳で訴えてきた。
「根拠は?」
「勘」
「よく聞こえなかったな…で、根拠は?」
「だから、勘だって。強いて言うなら、善悪のどちらの色も示さないってとこかな」
イトウは人間や殺人の善悪を判別する能力がある。
それを聞けば納得できるような、できないような…
それだけでは、目の前の人間たちがミンに操られていることには繋がらない…操られている…?
「僕も推測なんだけど、ミンがナナシだけでなく、人間も操ることができるとすれば…」
「そう、辻褄が合う。だけど、少しだけ違うかも」
「どういうこと?」
「私たちに情報を与える前に、一斉にかかってこれば、人間か殺人か、どっちの仕業かわかんないから、手の出しようがないじゃない?だけど、あえて私たちから避けようとしている」
「賢いからでは?」
「そう、だからこそ、私たちから避けさせているの。もう、情報を与えないように」
イトウは周囲を見渡し始めた。
「人間を操れはするけど、攻撃に参加させることはできない。あくまで私たちに日常のような風景を見させているんでしょ?」
僕とコバヤシも、周囲に異変がないか探し始める。
「見当たりませんね…」
近くにはいないみたいだ。
「二人はさ…」
イトウが口を開く。
「絶対に見つからず、安全な場所ってどこだと思う?」
「金庫」
「公園の遊具…とかですかね?」
「はぁ、聞いた私がバカだった」
イトウは顔に手を当て、ため息をついた。
「いい?絶対に見つからない場所といえば屋内。安全といえば高所。つまり…」
イトウが指差した先はビル上部。
絶対…とは言い切れないが、条件を絞り込めたとは言え、数ある建物の中から、一つを、しかも階まで当てなくてはならないとなれば、見つかる確率はかなり低い。
「だから、手分けして探すよ!」
「この中からですか!?」
コバヤシはわかりやすく驚いた。
「仕方ないでしょ。確保が条件だし、のこのこと自ら出てくるようなやつでもなさそうだし」
僕とコバヤシは諦めて、探し始めることにした。
歩き出した僕たちとは別に、イトウは背後を気にしていた。
「どうしたんだ?イト…」
イトウに声をかけようとして、僕は口を抑えられた。
「しっ。私のことは気にせず、二人は早く探してきて」
「さ、サボろうって言うんですか!?」
「ち、違うわよ!私もちゃんと探すから」
抑えられた手を離すと、イトウは背中を叩いてから、つま先を叩いてきた。
何の合図だ?背中に…つま先…
あ、もしかして!
「イトウ、腰、悪くしたのか?」
イトウはため息を何度もつきながら、僕らの先を歩いて行った。
「俺が悪いのか?」
「三等分だと思います」
僕とコバヤシは別れて探そうとし始めた時、前を歩いていたはずのイトウが走って戻ってきた。
「え、ど、どうしたんだ?」
イトウは何も言わず、僕とコバヤシの間を走り抜けて行った。
「トイレでしょうか?」
僕たちは首を傾げながらイトウを視線で追った。
イトウはすぐ近くの家へ勝手に入って行った。
「おい、何やってんだ!」
僕とコバヤシは慌ててイトウが入った家に向かう。
「おい、イトウ。何がどうなって…」
家に入った僕は、イトウが掴んでいた"それ"に驚いた。
「イトウさん、どうして…」
イトウは、ミンの首を掴んで持ち上げていた。
「絶対に見つからない場所は、私たちの背後。安全な場所は、私たちを監視できる地上。ミンは住民を操って、家を隠れる場所とし、私たちを見ていたの」
僕は苦しむミンを見ていられなかった。
「と、とにかく離せよ」
「それは、できない…」
イトウは泣きながら、ミンを掴む力を強める。
「私は、私は、妹を殺した…あんたを、私は、私は…」
まずいと思って、イトウをミンから離そうとしたが、ピクリとも動かない。
まずい。このままでは確保どころではない。
それに、イトウの様子がおかしい。自我を忘れて、殺意消耗を抑えきれずにいる。
まるで、殺人のように。
「コバヤシ!」
そう叫ぶと、コバヤシは僕の横を通り過ぎ、イトウに抱きついた。
「コバヤシ!?」
コバヤシはイトウが束縛を強めるのと同じペースで強めていく。
「は…な…して…は…な…して…」
イトウは苦しそうに言葉を発している。
「それはこっちのセリフだ!離してくれ、イトウ!」
あれ?コバヤシのやつ、敬語じゃなくなってる…?
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「コバヤシ!ど、どうすればいい?」
僕はコバヤシに訊く。
「ユイさんは何もしなくて大丈夫です…!もうそろそろかと思うので」
もうそろそろ。
僕はその言葉を信じ、事が終わるまでじっと見つめていた。
「ごめん、コバヤシ…」
ミンを離し、ぐったりと座り込むイトウがコバヤシに声をかけた。
「そこは、『ありがとう』が正しいかと」
解放されたミンは、意識を失って、仰向けになっている。
「どういうことか、教えてくれないか?」
「…うん。教えてもいいし、教えるべきなんだけど、まだ、終わってない」
終わってない…?
イトウは涙を拭いながら、含みのあるように呟いた。
「すー、すー、すー」
寝ている…!?
イトウに首を絞められ、意識を失ったはずじゃないのか?




