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殺人  作者: つくし
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夕焼け色のパワーストーン

「あとは俺らに任せて。アオキ、ユイを頼む。パニック状態になってるから、一度、カウンセラーにも見てもらって」


 僕はアオキとともに署に戻り、カウンセリングを受けることになった。

 カウンセリングルームに入ると、機械のように冷たい雰囲気を漂わせている男性が待っていた。


「掛けてください」


 アオキには言っていないが、ここに来るまで、やめるか否かを考えていた。殺人を目の当たりにして、初めて脅威がわかった。そういう存在であることはわかっていたが、頭の中で理解したつもりなだけだった。

 いざ対面すると、時が止まったかのように、思考も止まってしまう。これから、あんな事が幾つも訪れることを考えると、自分の力の無さを痛感させられた。

 自分には向いていない。ハジメとムニのために就いたが、このまま迷惑をかけるようならやめたほうがいいという選択に至った。


「お名前は?」

「…ユイです」

「用件は?」

「やめようと思いまして…」


 やめることばかりが脳内を駆け回っていたため、つい口にしてしまった。決心していたから、いつか言うことにはなっていたのだが。

 アオキは驚きの声を上げていた。


「今回の件が原因で?」

「はい。僕には無理でした。あんな怪物を取り締まるなんて。この先できるようになるビジョンが全くないのです」

「怪物です、か。やめるやめないは、ご自身の気持ち次第で決めていただいて構わないのですが、ユイさんの精神が不安定なままだと危険です。来週、もう一度いらしてください。念のため、睡眠薬を出しておくので、寝られなくなったら服用してください」


 僕とアオキはカウンセリングルームを後にした。別れるまで、僕たちの間に会話は生まれなかった。


「私、待ってるからね」


 去り際にかけられた言葉に、無責任だと感じた。気持ちがわからないくせに、やっとの思いで踏み出せた一歩が無駄になったのに。

 味方であると、偽善者であると証明するために申し訳程度の言葉をかけないでほしい。

 あれ、僕ってこんなひねくれていたっけ。今日は疲れているんだな。ストレスが溜まっているんだな。帰ったらすぐ寝よう。

 ユイは薬局によらず、帰宅した。

 その晩、ユイはシミのない天井のシミを数えたまま、眠りにはつけなかった。


 鳥のさえずりで朝の到来を知り、出勤の支度をする。休んでいい、とメールが届いていたが、部屋にこもっているほうが、さらに自分を追い込んでしまいそうだった。

 部署に着くと、机上にメモが置かれていた。


『もし、出勤していたら、第一会議室に来てほしい。エノモト』


 僕は席につかず、荷物も下ろさぬまま、メモだけ剥がして、第一会議室へ向かった。途中、アオキとすれ違ったが、交わしたのは挨拶だけ。アオキの顔をちゃんと見れていない。

 第一会議室には四角に並べられた机と椅子。ホワイトボードが一つだけ置かれていた。誰もおらず、僕は数分一人で座っていた。天井のシミを数えながら。

 すると、廊下から足音が聞こえてきた。急いでやってきたものの、落ち着きを取り戻すために、部屋へ入る前は足音は穏やかになっていた。


「昨日の今日で来られるとは思わなかったよ。メモが剥がされていたし、まさかと思ってこっち来たらアオキから来てるって言われたしさ」


 エノモトだった。


「一晩寝たら、良くなりました」


 今にも閉じそうな僕の目の下にはクマができていた。


「ここに呼んだのは、ユイの話を聞きたい人がいてね。少し立て込んでるみたいで、今は来れないみたいなんだ。これからどうする?」

「どうするとは…」

「仕事できるのか?」

「事務仕事なら…」


 エノモトは悩んだ挙句、渋々僕に仕事を与えてくれた。僕は部署に戻り、エノモトは巡回に出向いた。

 自分の席に戻っても、不眠のせいか、集中できない。一つの作業を終える頃には、気づけば昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴っていた。それと、目の前に菓子パンが現れた。


「そんな状態で仕事しても、ミスは起きるし、捗らないし、良いことないから。これ食ったら帰りな」


 ヒビノだった。彼は僕の指導係であり、関わる事が多かった。そのため、ミスをすると修正するのはヒビノである。几帳面な彼にとってはそれがストレスだったのだろう。ミスを重ねてしまうと、質問をしても「自分で考えろ」としか言わないほど不機嫌になっていた。今やっていた仕事にもミスが見つかったのだろう。早く切り替えなくては。


「ヒビノさん、ユイ君のこと気にかけていたから、提出前にもかかわらず、ミスしたことにも気づけたんだよ。みんな心配しているの。他の課でも、特に新人は殺人と少しでも関わった人、みんなやめちゃっててさ。カウンセリング取り入れたり、気にかけたり、対策を立て始めたんだよ。私はユイ君の元気なところが好きだからさ。ゆっくりでいいから、良くなってね。ヒビノさんやエノモトさんに言いにくい事があったら私に言ってくれてもいいし。なんでも協力するからね」


 アオキは夕焼け色のパワーストーンのペンダントを僕の首にかけた。


「これは?」

「お父さんから誕生日にもらったの。今はもういないけど」


 アオキは自分の席に戻っていった。

 パワーストーンを見つめると、沈みきった自分の顔が映った。

 こんな顔してたら兄失格だよな。そうだ。

 僕は思い立ったように、ヒビノに早退届を提出すると、菓子パンを持ち、署を出た。

 向かったのは弟であるハジメの墓だ。道に迷いそうな時、気持ちが弱った時、背中を押してもらうためにここへ来るようにしていた。

 四月から忙しくて、来ることができていななかったため、半年ぶりの再会だ。ユイは水で墓を洗い流す。


「お兄ちゃん、逃げ出すところだった。ハジメを置いて。ごめんな。でも、もう逃げない。だから、僕の背中を押してもらいにきた」


 僕はヒビノからもらった菓子パンを供えた。


「貰い物でごめん。先輩にもらったんだけどさ、元気のない僕のためにくれた菓子パンが、まさかのハジメの好物だったんだよ。こんな偶然あるのかな。風に拐われたり、カラスに盗られないようにしないとな。でも、ハジメは優しいから渡しちゃうのかもな。ちゃんと食べてくれよ」


 涙を流しそうな目をこすってから、手を合わせた。ハジメが生まれ変わっても、安全に過ごせるように頑張るから、次会うのはその時かな。


「墓って飯食うの?」

「そんなわけないでしょ。供えているの。帰ってきた時に食べられるように」

「死んでるのに?」


 話し声がして、そこに人がいることに気づき、僕は立ち上がった。


「初めまして。刑事部第一課のスズキです。弟さんのお墓参り?」

「はい、明日から切り替えられるように。えと、僕は」

「ユイ君、だよね。話はエノモトさんから聞いているわ。会議室に呼んだのは私たち一課なの」

「殺人について…ですよね?」


 スズキは頷いた。

 隣の男性の腹から音が鳴る。


「こっちは同じく、一課のサトウ君。だらしないし、常識が欠けているところもあるけど、実力は本物よ」


 意外とちゃんとしてなくても警察になれるんだ。


「なんかバカにされた気がした」


 僕は慌てて視線を落とす。


「今日は早退らしいから、明日の朝、話を聞かせてもらえるかしら」

「わかりました」


 スズキとサトウは帰っていった。その背中を追うつもりで足を出そうとしたが、固定されているかのように、ピクリともしなかった。すると、背中に何かの感触を感じると、無意識に一歩、踏み出せていた。振り返っても、そこには誰もいなかった。


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