休暇訓練
「コバヤシ君の担当予定であるルウチャン地区への巡回は、一度、先延ばしとなりました。理由としては…」
「殺人の狙いが新人だということがわかったから。自衛できるくらいに強くなってもらいたいんだな?」
スズキの言葉を遮り、ヒビノが時計を気にしながら言う。
「はい。巡回に慣れてもらうのが目的なのに、二度も被害に遭うということは、狙いが新人であること。それと、殺人は作戦の上で動いていることが推測できます。ここで、新人を鍛え、強くなることで、弱いだろうと狙ってきた殺人を返り討ちにするという策です」
「でも、それだと巡回に割ける人数が減ってしまうのでは?」
僕は訊いた。
「それは気にしなくていいよ。君たちが襲われたシュウ、ヤク含め、六人の殺人を確保できているから」
「いつの間に?」
イトウが不思議そうな顔で、独り言のように呟いた。
「君たちがシー地区を巡回した時から、殺人が表に顔を出すようになってきてね。ここからも作戦を遂行しているように感じる。それでも、なんとか確保に繋げられているわ」
「ナナシの出現も減って、住民が戻ってきても大丈夫になる未来も近いな」
ヒビノはそう言ったが、僕はワンの言っていた、リンゴの目的を思い出していた。
「リンゴの意識をユイへ完全に移行させることが、殺人だけが住む理想郷を作る第一段階だ」
殺人全体が作戦に沿って動いているのだとしたら、それはまだ序章に過ぎないのかもしれない。
「ユイ君、大丈夫?」
「は、はい!」
僕は悟られぬよう、顔に光を戻す。
今これを伝えたとして、どうこうできる問題じゃない。不確定な情報に変に踊らされて、思うように動けなくなる方が危険だ。
「それで、今回の強化訓練は、彼に頼んでいるの」
スズキが彼の到着を予期していたかのように話し出した。
「ヒビノさんは別件での仕事があるので、私についてきてください。エノモトさん、あとはよろしくお願いします」
スズキとエノモトはすれ違い様に会釈だけした。
「そうそう、配属先は完全にスカウト制で、私がイトウちゃんとコバヤシ君を、エノモトさんがユイ君を選んだの。殺人との戦いに負けたからと言っても、私たちのお墨付きなんだから、自信を無くさないようにね」
去り際に語ったスズキの背中は、過去の過ちを繰り返さぬよう、釘を刺すようだった。
ヒビノもエノモトに会釈をして、スズキについていく。
「さぁ!強化訓練だな!」
エノモトは僕ら新人組の顔を順番に見ている。
「何やろうか!」
僕たちは一斉に首を傾げた。最初に口を開いたのはイトウだった。
「決まってないのですか?」
「忙しくてさ。ヒビノから君たちのことについて聞く時間すらなかったし。資料だけはあるけど、まだ読めてないから、今それを見ながらになるんだけど」
言動から緊張感を漂わせていたヒビノとは違い、言動は優しいのにも関わらず、エノモトから滲み出ている緊張感に、僕ら新人組は不思議な感覚に陥っていた。
「えーと、第一課所属、イトウ、束縛の能力、車の運転が得意。Sっ気があり、メンタルは強い」
イトウは恥ずかしさを必死に押さえ込もうと、目を強く瞑っていた。
「同じく第一課所属、コバヤシ、鉄拳の能力。堅苦しい性格。特徴がないのが特徴」
コバヤシは向上心満々の瞳で常に上を見ていた。
「第五課所属、ユイ、唯の能力。ユイは、まぁ、俺が好きで選んだ」
この瞬間、僕ら新人組の頭の中でのエノモトの人物像は適当な人というイメージが固定化された。
エノモトの発言に対してイトウが質問する。
「唯の能力とは…?」
「俺も良くわかってないんだよね。物好きだから、面白そうなやつにしたんだよ」
適当だぁ。
課長であるため、仕事に対する姿勢くらいはしっかりしているのかと思っていたが、どこまでも感覚で生きている人間なのだと、僕は思った。
「んー、これ見てもよくわからん!とりあえず、俺を殺人だと思って、三人で確保しに来い!それで君らの度量を測る!」
エノモトがそう言ったので、僕たちはお互いに顔を見合わせながら、困惑しつつも戦闘態勢をとる。
しかし、肝心のエノモトは一ミリたりとも動かない。
「というのは冗談で」
手を叩きながら発した言葉に、新人組は同時に転けた。
「ど、どういうことですか?」
顔を上げながら訊いた。
「敵に負けて、特訓するって、定跡だとは思うんだけど、そもそも君たち新人だし、特訓するって言ったって、まだそんな時期じゃないよ」
「では、強化訓練というのは?」
コバヤシが立ち上がりながら聞く。
「一週間、休暇をあげよう!気晴らしにでも使ってよ」
「で、でも、いいんですか?」
そんなので大丈夫なのか不安に感じて、訊いてみた。
「何が?」
「強化訓練を頼まれたんじゃ?」
「そうだよ。君らの一週間の使い方を委ねられた。だから、強化訓練なんて新人の君らにはまだ早いし、それに、君らは十分すぎる仕事をこなしているよ」
「二度も…二度も殺人の手の上で転がされていただけな気がするのですが」
悲しそうにコバヤシが呟いた。
「ヒビノも言ってたろ。『無駄な死は必要ない』と。君たちは死なないことが仕事なんだ。ちゃんと職務を全うできてるよ。それに、スズキが言ってたように俺らのお墨付きだ。経験が物を言う世界で、経験値の少ない君らはよく頑張っている」
エノモトは微笑みながら、優しく告げる。
「だから、ゆっくりしなよ。人に褒められることはないから、自分自身を褒める時間として使ってくれ」
僕はエノモトに尊敬の眼差しを向ける。
僕とコバヤシをよそに、イトウはそそくさと帰る支度を始めていた。
「では、一週間後」
イトウはリュックを背負いながら出口へ向かう。
「イトウ君は行動が早いな」
「私、エノモトさんの適当っぽいところ、気に入りました」
イトウは一度振り返ってそう言ってから、頭を下げて部屋を後にした。
「イトウ君って、あんな感じなのか?」
僕たちは顔を寄せて、イトウについて話し始めた。
「僕たちも掴めていません」
「同じ課なのですが、どれが本当の顔なのかわかっていないのです」
「女の人はわからないものだな」
遠のいていたはずの足音が、突然向きを変え、こちらへ向かってくるのに気づき、僕たちは口を閉ざす。
「忘れ物を…どうかしました?」
僕らの慌て様を見て、イトウが不思議がる。
「あ、いや、その、どうした?」
頭の中に出てきたものではなく、反射的に出てくる言葉を並べる。
「忘れ物ですけど…みんなおかしいですよ?ちゃんと休んでくださいね」
忘れ物をとって、部屋を出ていく時、何回か振り返ってこちらの様子を伺ってきていた。
僕らは緊張の糸が切れたかの様に、息を吐き出した。
「ユイ君、慌てすぎだよ」
「エノモトさんだって、あれ、コバヤシ?コバヤシー!生きてるかー!」
コバヤシは驚いたことにより、立ったまま意識が明後日の方向へ飛んでしまっていた。翌朝まで意識は戻らなかったらしい。
いや、驚きすぎだろ。




