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殺人  作者: つくし
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エデンの園

 路地裏を抜け、広い道路が見えるかと思ったが、目の前には荒廃した地に二本の木が生えていた。そして、木の元には人間ではない生物がいた。


「久しぶリ。覚えているかナ?」


 この声色、この恐怖。忘れていても思い出させられた。僕が初めて殺人を見た時、こいつに話しかけられたんだ。


「覚えているようデ、なによリ」

「状況を説明して、くれないか?」


 僕はパニックにならないように、必死に精神を落ち着かせる。


「そうだネ。でモ、今はそんな気分じゃないヤ」

「どういうこと?」

「そのまんまだヨ。話したくない気分なんダ。それよりサ、前回の話の続きしようヨ」

「お前は…誰なんだ?」


 話を遮られたことに対し、そいつは口を尖らせた。


「確かニ、自己紹介はしないとだネ。俺はリンゴ」


 リンゴ…リンゴ…!?

 ワンから聞いた、殺人のボス、なのか…!?

 そして、ハジメのことを…いや、落ち着け。一人の殺人すら倒せない僕が、殺人のボスを倒せるわけない。

 とりあえず、落ち着いて、今は話を合わせることだけ考えよう。


「人間…なのか?」


 容姿は女性のようで、声は男性のように低いリンゴは首を横に振る。


「俺の事はもういいからサ。話の続きをしてもいイ?」


 僕は静かに頷いた。


「大切な人か赤の他人カ、どちらかを選ぶ話だけド、今も答えはないと思ウ?」

「…答えに…変わりはない」


 先ほどと比べ、話し方が少し柔らかく感じる。


「良かっタ。それでネ、それから考えたノ。でモ、答えはあると思うんダ。人間なら大切な人を守るべきだと思うノ」

「多数の人はどうする?」

「知らないヨ。大切な人よりも価値があるのカ?」

「自分には関係ないけど、その人たちを大切だと思う人だっているだろ」

「それデ、君にメリットはあるのか?」


 僕は何も言い返せなかった。


「もウ、それは納得したと言っているようなものだネ」


 その通り、なのだが、選択肢が二つだけとは限らない。


「選ばない、という択も存在する」


 リンゴは不敵な笑みを浮かべると、容姿が男性のようになり、声は女性的になった。


「実におもしろイ。少し君の頭の中を見たくなっタ」


 リンゴの近くにあった木が、地に吸収され、リンゴの右手からりんごが現れる。リンゴはりんごをかじった。それと同時に、痛みを伴うことなく、僕とリンゴの左腕が消えた。


「何をした!」

「このりんごを食べ切ったとキ、俺と君はこの世から姿を消ス」


 リンゴは続けて、りんごを反対からかじろうとする。僕は眠っているワンを脳内で叩き起こし、りんごをかじられるのを防いだ。


(キ、急だナ)

「とても、まずい状況であるとだけ伝えておく」

(確かニ、その場にいないのに感じる恐フ、もしかするト、ボスじゃないカ?)

「おそらくな。リンゴだと名乗っていた」

「実際に見たことモ、声を聞いたこともないからなんとも言えないガ、協定の話を持ちかけてきた時に感じタ、おぞましい恐怖と似ていル」

「俺ハ、まタ、裏切られたんだナ」


 リンゴは悲しい表情を浮かべつつ、りんごを高く真上に投げた。僕が視線をりんごに移した時、リンゴは目にも止まらぬ速さで突進してきた。視線をリンゴから離していたせいで身構えていなかった僕は壁にぶつかった衝撃も含めて、意識が飛びそうになった。


(大丈夫カ!)

「大丈夫だけど、大丈夫じゃない!」


 気づくとリンゴが二口目をかじると、りんごは地に落ちてしまった。僕らの右腕が一瞬にして消える。

 腕を失った今、対抗できるとしたら、頭か胴体か脚しかない。

 リンゴが足でりんごを蹴り上げると、三口目をかじる。僕らの左足がなくなり、カカシのようにその場に立つだけの存在になった。


「そのままだと、お前もいなくなるんじゃないのか?」

「そのつもりだけド?」


 殺人のボスがいなくなるのなら、たとえ僕の命と引き換えだとしても十分すぎる。このままじっと待っているだけで…

 そんな時、脳裏に母と妹の顔が浮かんできた。

 よからぬ思考を追い払うように頭を振ると、ユイは左の膝を曲げ、つま先に力を入れ、リンゴに向かって飛び出した。

 その飛び出しをリンゴはひらりとかわし、四口目をかじろうとしたが、僕はリンゴの顔を殴っていた。

 背中から腕が生えていたのだ。

 リンゴにダメージはそんなに入っていなかったが、口に運んでいたりんごは、すり潰れて地に落ちていた。

 僕はうまく着地できず、瓦礫に体を擦らせていた。

 リンゴは殴られたことに対して驚き、そして、そのあと笑っていた。リンゴの脇から二本の木が再び生えてくると、りんごはなくなっていた。


「まタ、会おうネ」


「くそっ!」


 瞬きをすると、路地裏の壁を殴っているヒビノがいた。


「ヒビ…ノさん?」


 僕の呼びかけにゆっくりと振り向くと、珍しく慌てて近づいてきて、抱いてくれた。


「ごめん、ごめん、ごめん…」


 僕は初めてヒビノの涙を見た。このことは誰にも言わないと、心に誓った。

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