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殺人  作者: つくし
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日々の行い

 ルイスイ地区に来てからは一度も声が聞こえなかったというのに、巡回終了間際になって、どこからか聞こえてきた。

 僕はその声に誘われるように、三人とは違った方向に歩き出した。僕は操られたように歩いて路地裏に入っていく。


「そうそウ、そのまま真っ直ぐダ」


 ここの先に誰がいるんだ。誰が僕を呼んでいるんだ。

 僕は視界に霞がかかりながらも、路地裏の先に見える光へ向かっていく。

 すると、後ろから突然、手をつかまれた。それと同時に意識は戻り、視界もはっきりする。


「いきなりどうした!」


 ヒビノが息を荒げていた。


「あ、す、すいません。あれ、なんでここへ?」

「帰るぞ」


 ヒビノは来た道を振り返ったが、そこに道はなかった。


「こっちだヨ」


 僕はヒビノの手を振り払って、声の方へ再び歩き出す。


「ユイ!どこ行くんだ!」


 ヒビノが僕の手を何度も掴んでも、その度に振り払われてしまう。


「あと二ホ、一ポ…」

(止まっテ!)


 光を目の前にして声が一つ増えた。


「邪魔をするナ、裏切りもノ」

(裏切ったのはそっちだロ!)


 頭の中で二つの声が言い争っている。


(お兄ちゃン!行っちゃだめダ!)


 脳内で飛び交う声が僕の体を迷わせ、その結果、体が前後に揺れ始める。


「俺たちの世界を作るという約束をしたロ」

(そんなの元から求めてなかっただロ!お兄ちゃんが気づかせてくれたんダ)


 ユイは魂を宿していないような瞳をしていた。


 なんか、フラフラするし、状況がよくわかんないけど、ハジメの声だけはわかる。

 これは夢なのか?あれ、僕、何してたっけ。とりあえず、進まなくちゃいけないんだ。

 僕の足は迷っていたのが嘘かと思うほど、あっさりと一歩を踏み出した。

 食い止めるハジメの声は惜しくも届ききらなかった。


「ユイ!」


 ヒビノが振り払われ続けたユイの手をもう一度掴もうとしたが、路地裏を抜けた先にユイの姿はなかった。


「くそっ!」


 悔しくて俺は自分の太ももを殴った。

 二度目だ。二度も俺は救えなかった。手を掴めなかった。差し伸べられなかった。何をしているんだ俺は。何をしてきたんだ俺は。

 俺は、また、失ってしまうのか。


 時が遡ること十五年前。俺は新人として警察官となった。当時は殺人という存在は世間に知られておらず、警察内でも噂程度だった。

 その噂が真実であるとさせられた事件はそれから五年後に起きた。

 警察として、五年の月日が経ち、俺にも後輩ができた。今では考えられないが、その時はかなり時間にルーズだった。遅刻するたび、後輩に怒られていた。


「十分遅れてきたので、その分早く上がらせてくださいね」


 後輩のヨシダは俺が送れる度、毎回早上がりを提案してくる。


「ヒビノさんが遅れるのを想定して動けばいいんだよ」


 俺が着いた頃を見計らって、ヤマダがやってくる。


「遅い人に合わせてたら、どんどん遅くなるでしょ」


 ヨシダがため息をつく。


「もう、時間管理は私がやります」


 以降、ヨシダが巡回開始時刻を指定するようになった。遅れればその分ペナルティが発生し、一分ごとに五百円、待たせていた人間に渡すというものだ。

 酒にタバコを愛用していたため、こんなことでお金を無駄にはできまいと、意識して向かうよう心がけた。

 しかし、そううまくはいかなかった。早く仕事を終えようとすれば、ミスが発生し、修正するので遅れてしまう。ゾーンに入って、夢中で仕事をこなしていると、時間に気づかずに遅れてしまうこともあった。

 時間ちょうどに集まることができるまでに、九三〇〇〇円が財布から姿を消していた。

 俺はスカスカになった財布を何度も開け閉めする。


「魔法で増えたりしないですから」

「嫁に怒られるよ…」

「自業自得です」


 この頃から、世間にも噂程度ではあったが、殺人のことを知る人が増えてきた。

 警察内では主な問題として取り上げる動きをし始めた。


「殺人なんて、本当にいるんですか?」

 

 ヤマダが聞いてきた。


「俺はまだ信じきれていないけど、不気味な殺され方をしている事件が増えてきている」

「体を切り裂かれているやつですか?」


 運転しながらヨシダが聞いてくる。


「そう。人がやったと言うよりかは、獣の仕業のような。すばしっこくて、目撃情報は上がっていないみたいだ」

「かまいたちみたいですね」

「かまいたち?」

「怪異ですよ。風のように現れて、人を斬りつける。ただ、言い伝えでは傷から血が出ないとされているので矛盾しますが」

「殺人であろうと、怪異であろうと、いようがいまいが、不安な市民を守るのが俺らだからな」

「ヒビノさんはまず時間を守ってから言ってください」


 ヨシダが辛辣に告げてくる。


「今日守れたじゃん!」

「今日だけじゃ、市民は守れませんよ」


 ヨシダはサイドブレーキを引いて、車を駐車させた。


「さ、行きますよ」


 今日も今日とて、新人を連れての巡回だ。今と違って、当時はジュンクン地区を担当していた。


「先輩、歩くの遅いですよ」


 ヨシダにそう言われ、俺は歩くペースを上げた。

 新人に前を歩かれていることに対して、言い訳をするなら後輩の見落としを防げる。正直に言えば…二日酔いだ。


「このままじゃ、見たい番組に間に合わないや」


 ヤマダが呟く。


「録画は?」

「してない、忘れた」

「どうしてこうも男はだらしがないのよ」


 ヨシダはこみ上げる怒りの感情によって、歩くペースが上げられた。俺たちは慌ててついていく。

 その日の巡回は何も起きなかった。やはり、殺人なんて凶悪犯をそう呼んでいるだけだろうと、この時の俺は思っていた。


 それから数日が経ち、俺が殺人の存在を信じざるを得なくなった事件が起きることになる。

 数日間、遅刻することはなかったが、たまたまこの日は集中しすぎて、集合時刻を過ぎてしまっていた。

 慌ててジャケットを羽織り、署を出たが、そこに後輩二人の姿はなかった。遅刻魔の俺を置いて、先に向かったのだと思い、ジュンクン地区へ車を走らせた。

 いつも車を駐車させているところに車はなく、二人の姿もなかった。


 ***


「ヒビノさん遅刻かな」

「同じ時間にヤニ休憩してたし、独り言呟いてたし、調子良さそうだったから、時間に気づいていないのかも」


 ヨシダとヤマダは車内でヒビノを待っていた。

 そんな時だった。二人の視線の先、人間らしくない不審な生物がゆっくり歩くのが見えた。


「何あれ」

「酔っ払いでしょ」

「腕が鎌みたいだし、肌もゴツゴツしてるし、酔っ払いとかそういう次元じゃないよ」

「あとをつけてみる?」

「ヒビノさん、なんとなくだけどまだ来なさそうだし、市民の安全を守らないとね」


 ヨシダは不審な生物のあとをつけるように車を走らせた。


 ***


 俺の携帯電話に着信が届いた。


「シー地区の市民より通報が…」


 俺は車をシー地区へ慌てて走らせた。

 通報のあったところへ向かうと、目に映った光景が鼓動を速めた。

 そこには、意識を失っているヤマダと、怯える少年を守っているヨシダがいた。ヨシダも立っているのがやっとで、ふらつきながら、路地裏を見つめている。


「ヨシダ!」


 俺は駆け出し、ヨシダに手を伸ばした。ヨシダも応えるように手を伸ばしてくる。しかし、寸前でヨシダの手は魂が抜けたように、地に落ちた。ヨシダの腕は切断されたのだ。

 俺はヨシダが見ていた路地裏から出てきた奴を見て、恐れ慄いた。


「遅いよ…もう…」


 俺が恐れている間に、ヨシダは意識を失っていった。目には一粒の涙があった。

 ヨシダが命をかけて守ろうとした少年を守り切ると、一瞬で気持ちを切り替えた。


「こいつが…殺人…?」


 この時の俺には力がなかった。ただ、ヨシダの、後輩の意志を受け継がなきゃ、という気持ちだけで立ち向かった。

 噂では色々と言われているけど、どれも噂の域を過ぎないと思っていた。

 かかってこい!

 俺は戦闘体制に入るも、事は一瞬だった。気付かぬうちに頬に切り傷がつけられ、出血していた。その傷に気づいた時にはもう遅かった。背後にいた少年が胸から大量の血を放出しながら意識を失っていた。

 俺が少年を何とかしようと振り向いた時、殺人は俺の頭部を殴ってきた。俺はそのままぶっ飛ばされた。


「死ぬ時くらい…近くでが、よかったな」


 そう呟くと、失っていく意識の中、殺人に連れていかれる少年を見ていた。


 不幸か幸いか、わからないが、俺は再び目を覚ました。

 ヨシダとヤマダは亡くなった。その時の状況を説明していると、俺が守りきれなかった少年はハジメという名らしい。俺も知らなかったのだが、嫁の姉の子、つまり甥にあたったらしく、親族だった。だが、そんなのはどうでもいい。

 俺は何一つ守れなかった。市民も、後輩も。


 それから十年後、亡くなった少年の兄が警察になって、後輩となるとは思わなかった。これも何かの縁、何としてでも守ってやらなくては。

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