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殺人  作者: つくし
13/37

五番目と九番目vsヤク

「誰と話してたの?」


 背後から聞こえた声に、慌てて振り向くと、そこにはイトウとコバヤシがいた。二人は僕の慌て様を不思議がっていた。

 椅子に座っていたはずのスズキは、いつの間にか消えていた。


「シー地区に殺人は一人もいませんでした。それで、イトウさんの巡回予定であるルイスイ地区へこれから巡回しに行くのですが」

「ヒビノさんに、二分でユイを連れて来いって言われてさ、だから、早く行こ」


 イトウとコバヤシは、振り返って階段を駆け上がる。二人の背中を追うように踏み出した一歩は、とても軽く、どこまでも飛んでいけそうだった。


 ***


「二十秒の遅刻だ」

「でも、待っていてくれたんですね」


 助手席のイトウがにやける。


「お前らを置いて行ったことで、上の奴らに叱られることによる時間のロスの方が大きいからな」

「後輩想いなヒビノさんなんですから」


 後部座席に座った僕はコバヤシと小声で話す。


「何かあったのか?」

「いや、自分が見ている限り特には」

「こんなヒビノさんもイトウも初めて見た。これが普段のイトウなのか?」

「イトウさんは掴むのが難しい方ですから。自分もイマイチわかっていません」

「女は面倒な生き物だからな」

「そっとしておきましょうか」

「ヒビノさんはシュウにやられたんですもんね」


 ヒビノは黙っていたが、頬を一粒の汗が伝ったのが見えた。


「経験豊富なヒビノさんには、シュウの本気は耐えられなかったんですね…おっと、かく言う私は誰よりも先に抜け出せていましたけどね」

「無駄口を叩くな」

「私だけに叱るなんて、ひどいですよ!後ろでボソボソと話している二人にも叱ってくださいよ!」


 イトウがバックミラー越しに、不敵な笑みを僕とコバヤシに送ってきた。

 女は怖い生き物だ。何を考えているのかまるでわからないし、あのヒビノさんが押されているなんて、なんて女なんだ、イトウ。


「切り替えろ。今回のシー地区に殺人は現れなかったが、他の区域では出てきてもおかしくはない。加えて、俺が担当している区域でもない。気を引き締めろ。それから、あらかじめ担当したことのあるやつに話を聞いてきた。ルイスイ地区には(くすり)の殺人である、ヤクがナワバリを張っている。比較的大人しい殺人だが、人間を見つけると、狂ったように襲ってくる。今みたいな気の抜けたままの空気でいると、全滅もおかしくない」


 三十分ほどでルイスイ地区に着いたが、シー地区で感じた殺意の視線は全くなかった。

 四人は周囲を注視しながら歩を進める。担当区域ではないヒビノの足取りも慎重な様子だ。

 数分巡回しても、殺意のさの字すら感じられず、安全そのものであり、ヤクが現れることはなかった。


「殺人は現れないこともある。というより、勝てる状況下でしか挑んで来ない」

「賢いんですね」

「元は人間だからな」


 巡回し終え、四人は車に乗り込む。ヒビノが運転席、イトウが助手席、コバヤシが後部座席に座る。


「あれ、ユイ君は?」


 コバヤシの一言で、二人ともユイがいないことに気づく。ヒビノが急いで車を降り、周囲を見渡すと、路地裏に消えていくユイの姿を見つけた。ヒビノは急いでその路地裏に走り出す。イトウとコバヤシも後に続こうとした。のだが、


「おっとっト、この先は立ち入り禁止ヨ」


 ヒビノを追いかけようとした二人の目の前にヤクが現れた。


「どこから飛んできたんだ?」

「弱い者から消しテ、数を減らした方が戦いやすくなるからネ。若い芽は早い内に摘んでおけとも言うシ」

「戦うべきなんでしょうか?逃げるべきなんでしょうか?」

「逃げられるとは到底思えない。私が注意を引きつけるから、コバヤシは応援を呼んで」


 イトウはヤクの出方をうかがいつつ、その間にコバヤシが後ろに退いて、携帯電話を取り出す。電話帳を開き、スズキにかける。かけて、耳に当てて、当てて、当てられなかった。それもそのはず、イトウが見ていたはずのヤクはイトウの前から一瞬で姿を消し、コバヤシの携帯電話目がけて右腕を大きく振るった。

 コバヤシの携帯電話は壁に当たり、二つに割れてしまう。


「大丈夫か!コバヤシ!」

「応援は来ないと思った方がいいです!二人でなんとかしましょう!」


 ヤクの鋭い振り払いにもコバヤシはなんとか飛ばされずにいた。

 移動していたヤクはアパートの屋上から、二人を見下ろしている。


「やはり手応えはなさそうだナ」

「こっちのセリフだけど?」


 イトウがヤクの背後をとっていた。咄嗟に動けなかったヤクの腕を拘束する。


「コバヤシ!」


 イトウがコバヤシの名を叫ぶと、腰を落として、右手に集中させていた力を、ヤクに向かって解放させる。地面をえぐるほど勢いよく蹴って飛び出した。

 ヤクはイトウの拘束を解こうとしたが、思った以上に固く結ばれ、殺人の力をもってしても解くことはできなかった。

 イトウの腕の中でもがいていると、気づけばコバヤシの鉄拳が、ヤクのみぞをとらえていた。コバヤシの右手はヤクのみぞをえぐりにえぐり、ついには貫通までした。

 イトウとコバヤシは畳み掛けるように、ヤクを攻める。イトウはヤクの腕をちぎるほどに束縛を強め、コバヤシはさらに左手に力を溜め、解放の時を待っている。


「前言撤回したらどう?」


 ヤクは静かに、その時が来るのを待っていた。薬の効果が効き始める時を。


「痛みが嫌なラ、苦しいなラ、逃げ出したいなラ、楽になればいいよネ!」


 俯いていたヤクがいきなり顔を上げた。束縛していたイトウと力を溜めていたコバヤシはその勢いでぶっ飛ばされてしまう。


「お姉ちゃんは弱いかラ、死んだのヨ。耐えられる体があれバ、使いこなせる頭があれバ、死ななくて済んだのニ!」


 地面に叩きつけられたイトウとコバヤシは、なんとか合流した。


「コバヤシの一撃で、穴まで開けたって言うのに、なんであんなビンビンさせてんの」

「これが、おそらく、ヤクの能力ですね。痛みを感じていないように見えます」

「痛み止めでも使ったか?」

「おそらく、そういうことです」


 わかっているような言い回しのコバヤシとは真逆に、イトウは理解できていなかった。


「こっからが本番ヨ!」


 ヤクは腹に穴を開けたまま、屋上から飛び降りてくる。


「来るよ!」


 ヤクは勢いよく降りてきて、拳を地面に叩きつける。それをイトウとコバヤシはうまくかわしたものの、それすらも計算のうちだった。すぐさま、体勢を整え、イトウ目がけて飛び出す。地面を叩き割るほどの威力を持つパンチをイトウが受け切れるわけがない。


「まずは一人メ!」


 受けきれないと分かっていても、防がずにはいかない。イトウは腕を交差させ、盾を張るも、石のように軽く吹き飛ばされてしまった。

 それに気づいたコバヤシが、急いでヤクの背後から普通に殴りかかる。しかし、すぐに気づかれコバヤシの拳は振り払われる。その勢いのまま、コバヤシは地面に叩きつけられた。


「これで終わリ。若い芽にしては上々じゃなイ」


 ここで、ヤクは体に異変を感じた。開けられた穴の周りを、誰かに触れられている感覚だ。


「良かった。触覚も鈍っててくれて」

「なゼ、ぶっ飛ばしたはずじャ」


 イトウは穴の中に腕を通して、ヤクに絡みつくようにまとわりつく。


「これで…動けまい」


 コバヤシはヤクを照準にとらえると、初めの一発のように、勢いよく飛び出した。動きながらも力を溜めていた左手で、今度は顔面を狙う。


「いってくださぁぁぁああい!!!」


 コバヤシの左手はヤクの顔面をとらえてから、力をさらに増し、やがて、顔面は跡形もなく無くなった。コバヤシはそのままの勢いで倒れてしまう。

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