禁断の果実
「あの…」
一段落ついたと思っていたら、キレ気味な二人の視線が一気に飛んできて、僕は体を縮こませた。
「は、話を…」
「いいよ。私はそこで座ってるから」
ワン向かい合い、僕は勢いよく頭を下げた。
「あの時は、ありがとう。改めて礼を言わせてくれ」
「俺自身…のためダ。ユイのためではなイ」
「それはそうだけど…」
僕は言葉を詰まらせながらも話し続ける。
「あの時のことについて詳しく聞きたいんだ」
「そのつもりダ」
ワンは首を回して、音を鳴らした。
「順番に話していク。まズ、協定を結ぶ必要はなイ」
「ど、どういうこと?」
「あれは殺人のボスが提案したものであっテ、私が結びたかったものではないんダ」
「殺人のボスが提案したのなら、結ばないといけないんじゃないのか?」
「今の殺人と人間のバランスは不安定ダ。そしテ、その原因はボスにあると考えていル。ボスは人間を殺人に変エ、殺人の住みやすい場所に塗り替えようとしていル」
「ワンは違うのか?」
「俺は共生を求めていル。元はそういう話でボスの下につキ、ナワバリを持チ、サツイを生み出すこともしていタ。そんななカ、協定の話が上がってきタ。共生を望んでいた俺ハ、表では納得シ、心の内では否定していタ。そんなとキ、ユイが現れたのダ」
ワンの話を聞いていると、スズキに名前を呼ばれた。
「話の途中すまない、シー地区とミントン地区のこれからを聞いてほしい」
僕は聞いたままをワンに伝えた。
「どちらにモ、サツイが現れることはなイ。俺はもう生み出さないシ、統率者を失ったサツイは暴れるのではなク、新たな統率者を求めて移動を始めル。より強い統率者を求めテ。今シー地区にいるサツイハ、ぺー地区へ向かっただろウ。それかラ、同じく共生を望むセイがナワバリとしているジュン地区にサツイが現れないのハ、生み出していないからダ」
僕はスズキに問いに対する解答を伝えた。
「俺がシー地区に来たのハ、殺人が人間の頭数を減らすたメ、まずは警察の連中から消すことを知っていたかラ。それト、ボスはユイを必要としていル。シー地区に向かったとセイから信号を受け取ったかラ、俺も向かっタ」
「そういう経緯が…ボス…はなんで僕を必要としているんだ?」
「はっきりとはわからないガ、おそらくユイの中に生きている意志が関係していル」
「僕の中に生きる意志?」
「これはシュウとの戦闘でユイの体に起きたことと繋がる話になル。あれハ一心同体と呼ばれる現象デ、同じ意志を抱く者同士でのミ、可能なものダ」
「つまり、僕の中に生きる意志と同じものをワンが持っているということか?」
ワンが頷く。
「実ハ、俺の中にハ『ハジメ』という意志が生きていル。これはユイと初めて会ったとキ、微かに反応したのダ」
路地裏の時か。
「その時は気のせいだと思っていたのだガ、ヒヒと殺り合っていると時二、ユイの声が聞こえてきテ、ハジメの意志が強く反応したんダ」
「なんで、ワンの中にハジメの意志が…?」
「それは、わからな…」
「殺したって言ってるもんじゃないか!」
僕はワンに飛びかかった。
スズキはそれを止めに行かず、片目だけで状況を確認していた。
「落ち着ケ」
ワンが体から僕を離す。
「俺は殺人に手をかけることはあるガ、人間を殺したことは一度もなイ」
「…悪い。熱くなった」
「気持ちはわかル。殺人のほとんどが同じ経緯の持ち主だからナ」
その発言をうまく理解することができなかった。
「同じ意志を持つ者はもう一人いル」
僕は唾を飲み込んだ。
「ボスであル、リンゴダ。彼の意識をユイに完全に移すことガ、殺人だけが住む理想郷を作る第一段階だと言っていタ。故にユイを必要としていル」
「ワンがハジメを殺していないとすると、もしかしたら…」
「可能性はあル、あくまで可能性の話だがナ」
脳裏に、ハジメが殺人に殺された光景が浮かぶ。
「力の話に戻ス。条件はもう一つあリ、それは力を貸す側が無意識状態にいないといけなイ。あの場にいた女に頼んでいたのだガ、やはり言葉の壁は大きかっタ」
言葉の壁よりも、恐怖の壁の方が高いと思うけど。
「今後は警察の下についテ、動くことにしタ。だガ、行動を共にするのはデメリットが生じるかラ、俺はここで眠っておくことにすル」
「ワンの力は十分しか使えないんだろ?」
「リミットに関しては条件によって異なル。両者の体ちょウ、体りょク、知力なド、能力が高ければ高いほド、リミットは延びル」
結局、シュウとの戦闘中に、力をうまく使いこなすことはできなかった。でも、やるしかない。今では十分しか使えないとしても、頑張ると約束したんだ。
「しばらくハ、この狭い檻の中で眠っているかラ、俺の力を借りたくなったラ、頭の中で起こしてくレ」
「準備はいいのか?」
「準ビ?」
「セイに言われた。準備ができたら、また会う話。協定の話だったけど」
「それハ、ユイに信頼されるこト。弟の件があるから難しいと思うガ、俺には情報と力を与えることしかできなイ。ゼロが一か二にでもなれば上々だと考えていル」
ワンは自らガラスの戸を閉め、目だけで僕に微笑みかけた。




