針千本
次に僕が目を覚ました時は、見覚えのある天井の部屋だった。
「ユイ!」
「お兄ちゃん!」
視界の端から母とムニが入ってきた。
「何が…あったの?」
「覚えてない?殺人にやられたって聞いたけど」
「私、先生呼んでくる!」
ムニは部屋を出て行った。
「言われてみれば、思い出した」
母は笑いながら、涙を流していた。そう言えば、ムニの声も少し震えていたっけ。
「もう、帰ってきなさい」
「どうして?」
「ハジメがいなくなって、ユイまでいなくなったら、母さん、どうにかなっちゃいそうで…」
母は大粒の涙を流していた。誰かを守るため、そして自分のためにやっていたけど、もっと簡単なことを僕はできていなかった。二度も病院送りにされて、止められない方がおかしい。
「母さん、僕は二つのことを同時にはできない。家族を悲しませずに、誰かを守ることはできない。逆も同じだ。だけどさ、これから頑張ってみるから、続けさせてくれないかな」
じゃあ、と母はカバンから透明のプラスチックケースを取り出した。中身が強烈すぎて、寝起きの僕でも、脳が一気に活性化させられるものだった。
「針千本、飲んだら、いいよ」
鼻をすすりながら、冗談っぽくない声で言ってきた。
「一本ずつでもいいかな?」
結局、話の結論は出なかった。母は針千本を病室に置いていった。本当に飲まなきゃいけないのだろうか…
翌朝、ヒビノ、イトウ、コバヤシの三人が見舞いに来てくれた。
「まずは、私と言う人間がいながらも、危険な目に遭わせてしまって申し訳ない…!」
ヒビノは深々と頭を下げた。それも一分間。それから、ヒビノは椅子に座った。
「ユイには何があったのか、あの後どうなったのかを話に来た」
「切り替えはや!」
イトウのツッコミが入る。
「当たり前だ。仕事が山積みなんだ。グダグダしていては、無駄な時間を過ごすことになる」
イトウとコバヤシは軽蔑の目を向けていた。
「俺が実際に見たわけじゃない。目撃していたイトウに話してもらう」
「わかりました。あの時、四人全員がシュウの能力で、意識を教室と呼ばれる、別次元に飛ばされていた。私はみんなより先に解放されることができた。現実世界に戻ってくると、シー地区に着いてから感じていた殺意の視線がなくなった代わりに、遠くからの殺意を感じたの」
「それがワンだったみたいだ」
ワン…
「ワンはどんどん近づいてきて、私に『気絶させてくれ』とジェスチャーで説明してきた。よくわからない上に、まともに殺人と対面したことがなかったから、動くことができなかった。私にできないことがわかったワンは、地面に頭をぶつけ始めた。何度も何度も。私は怖くて直視をすることができなかったから、顔を背けていた。しばらくして、頭をぶつける音が聞こえなくなると、ワンは気絶していた」
「それから俺、コバヤシが順に目を覚ました。署に連絡して応援を呼び、その場に倒れていたワンとシュウを確保した」
「じゃあ、ワンはあの研究施設に?」
ヒビノが頷く。
「シュウは確保してよかったんですか?」
「数を減らせ、という上からの命だ。ミントン地区はともかく、シー地区はこれから荒れるだろうな」
統率者がいなくなれば、そこら一帯は無法地帯となる。個体の粒子のようにまとまっていたのが、気体の粒子のように好き放題暴れ始める。他の区域への侵入も懸念しなければならない。
「詰まるところ、ワンとの協定を結ぶ必要はなくなった、ということだ」
体を起こし、ベッドから降りる。
「ユイ君、大丈夫なのですか?」
「じっとしちゃいられない状況になった。ヒビノさん、研究施設へ連れて行ってください」
「先生の許可が出てからだ。そんな様子で、万が一のことがあれば対応できないだろう」
先生は翌日の退院を許可してくれた。その晩、シュウとの戦闘を何度も思い返していたため、一睡もできなかった。




