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七話

レオノーラ殿下の元で働き始めてからもう七年近く経つけれど、ずっとそれなりに忙しくはしていたが、最近は輪をかけて酷かった。


セドリック様!セドリック様!セドリック様!!


愛しの王子様のために予定を踏み倒すお姫様のおかげで、私たち周囲の使用人は目の回る忙しさだった。


普通の侍女でさえてんてこ舞いになるぐらい忙しかったから、あの任務がある私やメアリーやシシーはそれよりさらに大変なことになっていた。特にメアリー、最近のあの子は可哀想に、急な予定変更に合わせるため日を跨いでもギフトを解除できない日まであった。そんな日、メアリーはレオノーラ殿下の私室の横の控え室で身を隠して夜を過ごしていた。あれではきっとゆっくりと眠ることすらままならないだろう。


ギフトの違いもあり彼女の肩代わりを私がすることはできない。そして何より、七年以上レオノーラ殿下の振る舞い、王族としての教養を身につけ、またこの数年公務の実績を積んでいる彼女に、侍女としての動きしかできない私が取って代われる訳がなかった。私にできるのはただ、シシーと共に影武者としての彼女を支えることだけだった。



その日も前日からレオノーラ殿下による突然の予定変更に振り回され、皆バタバタとしていた。予定が更に変わる可能性があるためメアリーが日を跨いでもレオノーラ殿下のお姿のまま待機しているのは把握していた。けれど、色々と仕事を振られ彼女がどこにいるかまでは気に掛けきれていなかった。


そのため、メアリーがいないことに私が気づいたのは正午を少し過ぎた辺りだった。


彼女が殿下のお姿のままなら昼食の手配を考えなきゃいけない、そう思い殿下の私室の横にある控え室の奥、用事がなければ人の入ることのないクロークへと足を踏み入れた。しかし、いつもはそこで待機をしているはずのメアリーの姿はそこにはなかった。

自分のギフトが継続している感覚は確かにあった。しかし彼女はそこにいなかった。


ここにいないと言うことは、バタバタしていて気づかないうちに殿下と入れ替わってしまったのだろうと思った。メアリーの姿を変えるときには、私のギフトを使う必要があるので必ず私にも声がかかる。けれど、一度ギフトを作動さえさせてしまえば私が近くにいなくてもその効果は続く。だから最近のような長時間の入れ替わりのときは、姿が変わってから時間が経った後の細かな予定は私の耳には入らないこともあった。特に今日は部屋から離れる仕事をよく頼まれていたため、私は今の殿下の予定をきちんと把握できていなかった。


メアリーの居場所を確かめるにはレオノーラ殿下の今の予定を確認すればいい。そう思った私は、近くにいた侍女に殿下の今の予定を確認してみた。


「ああ、レオノーラ殿下なら今は愛しの王子様のところよ。昼食後にお時間が取れたらしく張り切って出掛けられたわ。午後のお茶も向こうで用意するよう手配してるみたいだから、しばらくは戻られないと思うわよ」


侍女の話を聞いて私は混乱をしてしまった。セドリック皇子関連の用事は必ず本物のレオノーラ殿下が行くはずである。今外で活動している『レオノーラ殿下』が本物の殿下なら、ギフトを作動させたままのメアリーが待機場所にいないなんておかしいと思った。


本物のレオノーラ殿下が外でご本人として活動されている間、ギフトを維持したメアリーは当然外には出られない。殿下が二人もいてはいけないからだ。


それなのに、今はレオノーラ殿下は出掛けられ、メアリーは少なくとも私のギフトがかかったままだけど待機場所にいなかった。



何だか嫌な予感がした。思い返せば今日の午前、普段は任されることのない時間がかかる届け物の仕事を急に振られた。

ドクドクと妙に煩く鼓動を打つ心臓を落ち着かせるために、一度深く息を吸ってから、改めて時計を確認した。


時間は13時の手前。ギフトはあと一時間ほどしか持たないはずだった。

レオノーラ殿下ご自身が活動されているなら、メアリーの変化が解けても基本的には問題はないはずだった。けれども彼女がどこにいるのかを確認できなければ落ち着いて仕事ができそうになかった。


だから私は仕事をしながら、午前のレオノーラ殿下の予定がどうであったかを探ることにした。



「そういえば一人だけ侍女を付けて急いでお出かけされたわね。でもすぐ戻って来られたわよ。時間?うーん10時頃だったかしら」


一人の侍女からそんな話を聞けたのは、ギフトの効果があと30分を切ろうかという頃だった。他の侍女は把握をしていなかった情報で、彼女もたまたま出ていくのを見かけたのだと言っていた。


レオノーラ殿下ご本人が動かれるときは良くも悪くも賑やかになる。人知れず部屋を出ていったのは本当に殿下ご自身だったのだろうかと、私は疑問に思った。

それぐらいしか根拠はなかったけれど、私はメアリーはそのタイミングでレオノーラ殿下として外に出たのではないかと思った。


メアリーが本物のレオノーラ殿下が出掛ける前に部屋に戻らなかった理由は分からなかった。けれども彼女が『レオノーラ殿下』として外に出たのならギフトの効果が切れる前に探し出さねばならないと思った。万が一にも人前でギフトが切れる訳にはいかないからだ。

どうしようかと悩んでいると不意にシシーから声を掛けられた。


「ねぇララ、殿下宛に届いているお荷物の確認に行きたいのだけど手伝ってくれない?」


今はそんな暇はない、そう返答をしようとしたが、何かを言う前にシシーに腕を取られ、殿下の部屋から連れ出されてしまった。



「ねぇ、シシー待って!私、今手が離せないことがあって」


いつにない彼女の強引な態度に驚きつつも、そう言って腕を解こうとした。しかし私が腕を振りきるより先に、人気のない廊下に引っ張って来られてしまった。何とか解放してもらおうともがいていると、周囲に人がいないことを確認したシシーが小声でこう言ってきた。


「……手が離せないことって、メアリーのこと?」


頭の中を占めていた名前が出たことで、私は取られていなかった方の手でシシーの肩を掴んでしまった。


「シシー!貴女何か知ってるの?」


「知らないけど、ララがそんな気を揉むのはメアリーのことが多いじゃない。私たちの『仕事』を考えれば当然かもしれないけど。


ねぇ、メアリーに何かあったの?」


そう問われて私はシシーがこの話をするためにここまで連れてきてくれたのだとやっと理解した。掴んだままであった彼女の肩から手を離しながら、こう言葉を返した。


「分からない。けどギフトを使ったままなのに姿が見えないの。だから気になってしまって」


「殿下ご本人がお出かけになってるのにギフトが使われたままなの?なるほど、分かったわ。私も手伝うわ。彼女を探しましょう」



それから私たちは各所にいる衛兵にレオノーラ殿下の落とし物を探していると伝えて、メアリーの足取りを追った。彼らの話を聞くと、どうやらメアリーはあまり使われていない離宮へと入っていったようだった。

私たちは急いでその離宮へと向かった。



たどり着いたその離宮は、他の建物と比べると小さかったが、それでもそれなりの部屋数はありそうだった。ギフトの時間はあと10分を切っていた。


「時間が迫っているなら手分けした方がいいわね。私は一階を探すわ。ララ、貴女は二階をお願い」


「分かった」


シシーと離宮の入り口で別れ、私は離宮の階段を許されるギリギリの早さで駆け上がった。

離宮の二階は寝室などの私室となる部屋が並んでいた。人気はなかったが、念のため一部屋ずつノックをしながら回っていった。



三つの目の部屋をノックすると中から返事があった。部屋から顔を出したのはどうやら掃除を担当しているメイドのようだった。


私は焦りを表に出さないようにしながら、衛兵に伝えたようにレオノーラ殿下の落とし物を探しに来たのだと彼女に伝えた。

すると彼女はそれなら、とすぐ答えを返してくれた。


「ああ、なら恐らく一階奥の応接室ですよ。今日は午前からその部屋を使用するから近づかないよう言いつけられておりましたので」


そこだ!間違いない!

そう思った私は彼女に素早くお礼を言い、ついさっき登ってきた階段を駆け下りた。


時間はあと5分とないはずだった。既に早歩きから駆け足に変わっていたため息が上がり、心臓がドクドクと煩かった。それでもこの離宮の広さならギリギリ間に合う、そう思いながら懸命に足を動かした。部屋に着いて、もしそこに人がいたら、とりあえず適当な理由を付けて部屋からメアリーを連れ出さねばと思った。この際陛下からのご伝言ですとでも言うかないか、そう思いながら駆けていると、廊下の先にシシーが立っているのが見えた。


「シシー!そのッ奥なの!そこに彼女が……!」


息を切らしながらもなんとかシシーにそう声をかけた。応接室はシシーの立つ廊下を曲がればすぐだった。彼女に動いてもらえれば間に合う。ギリギリだったけど何とかなった。


そう気を抜いたその瞬間だった。




「お前がレオノーラ殿下の御名前を騙り、離宮をうろついているという怪しい女か!?」


私はいきなり衛兵に押さえつけられ、身動きを取れなくされてしまった。


衛兵がなぜここに!?怪しい女って何!?突然のことに混乱していたけれど、とにかく今はメアリーだと思った。


もうすぐギフトが切れてしまう。

その前にメアリーを救い出さなきゃいけなかった。


衛兵の強い力で押さえつけられながらも、祈るような気持ちでシシーの方を見ようとした。さっき必要なことは伝えられたはずだ。彼女ならきっとあれだけ伝えられたら大丈夫だ。そう思いながら何とか顔を応接室の方に向けた。



その瞬間、プツリとギフトが切れる独特の感覚がした。



メアリーを助けたかった。その気持ちはシシーも同じだと信じていた。

しかしそのとき、私の視界の端に見えたのは応接室へ続く廊下の壁際に静かに立つシシーの姿だった。




「……どうして」


衛兵に拘束された両手から力が抜け、言葉がそう溢れた。シシーは私の言葉に一瞬顔をぎゅっと歪ませたけど、すぐにその顔を戻して、深く頭を下げた。


シシーが頭を下げたその方向から、軽やかなヒールの音を含む足音が聞こえてきた。


私は衛兵に引きずられていくその最中に、離宮に入ってきたレオノーラ殿下とセドリック皇子の姿を見た。

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