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四話

「頭が痛いわ……」


レオノーラ殿下が人払いをして、物憂げな表情で私とララにそう告げられたのはあのお茶会から1ヶ月ほど経ったある日のことだった。

その日は殿下が苦手とする慈善事業に関する会議に出席される日だった。


「ではギルバード様にお医者様を呼んでいただきましょうか?」


そう言ったララに、殿下は呆れたような声を出しながらこう告げた。


「察しが悪いわね貴女たち。()は頭が痛くて会議に出れないの。でもレオノーラは会議に出なくちゃいけない。そこまで言えばさすがに分かるかしら?」


告げられた言葉に私とララは言葉を失った。殿下は暗に私に殿下の身代わりとして会議に出るように言ってきたのだ。あのお茶会のことを一回きりのイレギュラーとしてすっかり過去にしていたのは私たちだけで、殿下にはそのつもりはなかったのだった。


「メアリー、貴女が私に代わっても問題がないってこの間よく分かったの。まぁ先日のお茶会だって、ただお茶を飲むだけですもの、当然よね。なら堅苦しい話を聞くだけの会議もわざわざ私本人が出る必要もないと思うのよ。違っていて?」


有無を言わさぬ様子でレオノーラ殿下は私たちにそう言った。

今日は運悪くギルバード様が別件で殿下のお側を離れていた。止めてくれる人は誰もいなかった。


「ほら、二人とも早くなさい。着替える時間がなくなってしまうわ。平民の貴女たちが私の公務に穴を空ける気なの?」


何とかならないかと足掻こうとしたが、元より殿下と私たちでは地位が違いすぎた。彼女の言葉に抗う術を私たちは何一つ持っていなかった。不安に駆られながらも私たちは命じられるままに、再び私がレオノーラ殿下に成り代わるため、お互いのギフトを作動させた。



そこからはもうなし崩しだった。この会議、この面会、そうおっしゃるレオノーラ殿下に押しきられ次々と公務を代わって行うようになった。

もちろんギルバード様には二回目の代役後すぐに報告をした。彼からも注意はしてくださったようだが、殿下の対応に変化はなかった。むしろギルバード様に私たちが報告をしたことを知ったときに激昂され、殿下は眉を跳ね上げながら私たちにこうおっしゃった。


「次に告げ口をしたり、私の命令に逆らったりしたら、お父様にお願いして貴女たちの孤児院への援助を差し止めるわよ!国からの援助を止められる孤児院なんて何か問題があると思われて、他の貴族たちも次々と援助を打ちきるでしょうね!」


国からの援助がなくなるだけでも厳しいのに、他の貴族からもなくなってしまえば孤児院の運営はきっと成り立たなくなる。私とララはただ黙ってレオノーラ殿下のどんな命令にも従うしかなくなってしまった。


そこからはレオノーラ殿下の嫌う小難しい公務は全て私の担当となった。私が殿下として振る舞う間、レオノーラ殿下は初めは客間などで大人しくしてくれていたが、それも束の間のことであった。いつの間にか殿下は他人の髪色を変えるギフトを持つシシーという子爵家のご令嬢を見つけてきて、彼女に髪を、ララに顔を少し変えさせ、私が公務をする間、自由に動き回るようになった。


ときにレオノーラ殿下は髪を私に似せた薄茶色に変え、私の侍女見習いの服を着て城内を歩き回った。殿下は侍女見習いの服を着ていてもその仕事をしてくれるはずもなく、そのせいで私は仕事をしない子だと周囲に思われるようになってしまった。


ララも、途中からこの秘密の任務に関わることになったシシーも私のカバーをしてくれたが、公務を代わることが増えればそれだけ私の不在時間も増えた。殿下に成り代われば成り代わるほど周囲からの私の評価はどんどん下がっていった。

もちろん悲しさも悔しさもあった。けれど私たちで殿下の意向を曲げることなどできるはずもなく、また孤児院で育つ子どもたちのことを思うとそれに逆らうこともできなかった。


『レオノーラ殿下』として過ごす中で、殿下として公務を完璧にこなすことを当然として要求され、少しでもミスをしようものならレオノーラ殿下から激しい叱責を浴びせられた。覚えること、身につけることの多さに毎日追いたてられるように生きていた。自分に負いきれないほどの責任、叱責に対する恐怖、孤児院を守らなければという気持ち、メアリーであるときの周囲からの冷ややかな視線、色んなものが私をがんじがらめにしていた。

ララとシシー、そしてギルバード様という私を心配し、支えてくれる人がいなければ心が壊れていたかも知れない、そんな生活だった。




始めは苦手な公務の肩代わりとして始まった代役であったが、数年が経ち私とララが侍女見習いから侍女になる頃には公務のほとんどは私が担当するようになっていた。そして私がレオノーラ殿下に代わっているその間、自由な時間に殿下はお気に入りの男性たちと逢瀬を重ねるようになってしまっていた。


レオノーラ殿下の遊び相手は王宮に勤めている貴族の令息たちだった。文官や騎士、どこで知り合ってくるのか容貌の整った男たちと変装をした殿下は一時の恋を楽しんでいるようだった。彼らがいかに自分を愛してくれているかを、公務後再びお互いの立場に戻るために着替える間によく聞かされていた。ここ最近はこちらがドキッとするような身体的な接触の話までされた。

たくましい胸板に抱き締められた、情熱的な口付けであった、さすがに純潔に及ぶような話はなかったが、殿下は彼らとの愛をそれは楽しげに語っていた。


しかし殿下の話はいつも「彼は私を愛してくれるし、容姿も申し分ないけど身分が全然足りないのよね。やっぱり私の嫁ぎ先は王族じゃないと嫌。お妃様になって、本物の王子様に愛されて幸せになるのよ」で締め括られていた。



公務もせず、貴公子たちとの遊びを楽しんでいたレオノーラ殿下であったが、ある日国王陛下より私室へ来るよう呼び出された。公務の話であれば「貴女が聞いてきて」と丸投げをする殿下であったが、さすがに陛下の私室でする話となるとプライベートな親子の話になる可能性が高いため、ご自分で陛下の元に足を運んでくださった。

「最近城内での私の評判が更に上がっているから、またお褒めの言葉をくださるのかもしれないわ。そうだったら、気になってるあの宝石をお父様におねだりしちゃおうかしら。私からのお願いならきっとお父様はすぐ聞いてくださるわ」なんて言いながら、機嫌よく殿下は部屋を出られていった。


今日の陛下との面会には侍女も付けぬよう言い付けられたので、私たちは殿下の私室で午後のお茶の準備をしながらお帰りを待っていた。

久々に静かに自分の仕事をしていたのだけれど、その平穏はすぐに破られることとなった。陛下の元から戻ってきた殿下が、部屋に入るなりこう叫んだからだ。


「最悪よ!!このままじゃ私田舎貴族と結婚させられるわ!!」


ソファのクッションに八つ当たりをしながらレオノーラ殿下がおっしゃることをまとめると、どうやらレオノーラ殿下と辺境伯の嫡男との縁談の話が出たそうだ。まだ婚約者候補らしいが、殿下は物に当たりながらこう金切り声を上げていた。


「お父様ったら信じられない!!この私をあんな田舎にお嫁に出そうとするなんて!!しかも辺境伯なんて!身分が低すぎるわ!!

私は結婚するなら王族じゃないと絶対に嫌よ!こんな話認めないわ!!」


しかし相手に明らかな瑕疵がない限り、いずれはこの縁談は成立すると言われたようだった。感情の高ぶりでうっすら涙を浮かべたレオノーラ殿下は、怒りも収まらず私にこう命じた。


「メアリー!明日、田舎貴族がやってくるらしいから相手は貴女がなさい。そして相手の瑕疵を必ず見つけてきなさい!それでそんな奴、スパッと振ってやるんだから!!」


その辺境伯のご嫡男のことは名前と簡単な評判しか知らないが、第三王女であるレオノーラ殿下の婚約者候補として名前が上がるに相応しい立派なお方と聞いている。陛下も末っ子である殿下のことを他の殿下方より可愛がっていると聞くし、そんな殿下にあてられた婚約者候補にあからさまな瑕疵があるとは思えなかった。

しかし殿下の命令に対して、私には反論するなど許されるはずがなかった。私はただ頭を下げ、「かしこまりました」と答えた。



こうして私は今日、今この瞬間に辺境伯家の嫡男、アルベルト様の目の前に『レオノーラ殿下』として立つことになったのだった。


お互いに挨拶を終え、改めてアルベルト様を窺ってみたのだが、彼はレオノーラ殿下のお眼鏡に適いそうな十分に整った容貌をされていた。きっと結婚相手ではなく、一時の遊び相手なら殿下は喜んでこの人の腕を取ったのだろうなと私はひっそりと思った。


私が心中でそんなことを考えていることなど全く知らないアルベルト様は、表情は少し固いままであったが、スマートにお茶の用意されたテーブルまで私をエスコートしてくださった。

色とりどりの花と華やかな茶器に彩られたテーブルに侍女が香り高い紅茶をセットして下がると、アルベルト様はおもむろに口を開かれた。


「突然のお話で、殿下も驚かれているのではありませんか?」


つい色んなことを考えそうになっていた私を現実に呼び戻したのは、そんなアルベルト様のお言葉だった。その声は表情に似合わず、こちらを気遣うような優しい声音であった。


「そうですね。陛下からうかがったのは昨日でしたので、正直に言うと少し驚いています」


「急に現れた男に婚約者候補だと言われれば、困惑されるのは当然のことでしょう。陛下からも時間は十分にとってもよいと聞いております。まずは、友人、それも難しければ知人だと思って接してください」


「アルベルト様のお言葉お気遣い、嬉しく思います。しばらくはお言葉に甘えさせていただきます」


「はい。少しずつ私のことを知ってもらえればと思います」


急に婚約者として距離を詰めなくてもいいという話は、レオノーラ殿下より瑕疵を必ず見つけるよう命じられている身としては非常にありがたい話だった。私はアルベルト様のお言葉に素直に甘えることとした。


そこからは初対面らしくお互いのことを話した。アルベルト様は私の話を、ときに相づちを打ちつつ静かに聞いてくださった。また彼の趣味、興味のあることの話を落ち着いたトーンで語ってくれた。


知人とでも思って欲しいという言葉の通り、彼の言葉や態度には王族に対する過度な賛辞もへりくだりもなく、権力におもねるような態度も感じられなかった。権力に貪欲な態度を取られたらあしらいが大変だと思っていた私は、少し肩の力を抜いて彼と会話をすることができた。


こうしてアルベルト様との初めての対面は、彼の人柄に安堵する一方、そのようにいい人であるが故にレオノーラ殿下からの命令が重たく心にのし掛かるような、そんな気持ちにさせられるものであった。

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