コミカライズ連載記念 番外編:王女殿下のクローゼット
コミカライズ連載開始記念に番外編を更新します
「ねぇ、メアリーは最近のだと、どれがよかったと思う?」
仕事を終え、自分の使用人部屋に戻った途端、ララからそんな声を掛けられた。
彼女の話が突飛なのはよくあることだが、さすがに今回は言葉が少なすぎて何を指しているかが全く分からなかった。そのため答えに詰まっていると、私たちの部屋に遊びに来ていたシシーが横から補足を入れてくれた。
「ララったら、急にそんな話をしてもメアリーも答えられないわよ。あのね、今レオノーラ殿下のお召し物ってどれも素敵よねっていう話をしていたの」
「そう。殿下って中身については思うところがいっぱいあるけどさ、悔しいけどやっぱり見た目はかなりいいのよ。色んなドレスを綺麗に着こなしちゃうのよね」
「毎日様々なドレスをお召でしょ?その中で、最近だと、どれが好みかって話をさっきまでしていたの」
シシーの説明をそこまで聞いて、私はやっと最初のララの質問の意味を理解した。
「なるほど。さっきの言葉は、最近の殿下のお召し物で、どれがよかったかって質問だったのね」
「そう!で、メアリーはどういうのが好きなの?」
ララにそう聞かれ、最近レオノーラ殿下ご本人がお召になっていた衣装や、自分が肩代わりのためにまとった衣装のことを思い出した。
「そうね、私は先日の外交官との会議のときに着た淡いピンクのドレスが好きだったかな。上半身はかっちりして装飾控えめでシンプルなんだけど、スカート部分はレースがふんだんに使われていてふんわり広がっていて、素敵だったな。ウエストラインのシルクのリボンを綺麗に見せるために、コルセットはかなりキツめだったけどね」
「あー、あのドレスね、確かに可愛かった。きちっと結い上げた髪型とも合ってたよね」
「そういうララはどうなの?」
私がそう問うと、ララはうーんと少し考えてからこう答えた。
「私?私は、先週お茶会か何かのときに着てたグリーンのドレスが好きだったな。メインの生地の色ははっきりしているんだけど、大きめの襟とスカートの後ろ側に白色の細かなレースが使われていて、そのバランスがすごくよかったわ。アップスタイルの髪型に着けてたパールの髪飾りも素敵だったな。きっと驚くぐらい高いものなんだろうけどさ」
「まぁ殿下が身につけられるものは基本的に高価なものばかりよ」
「だよね。王女様だもの、当然よね。それで、シシーはどうなの?」
次にそう聞かれたシシーは、いつもより少し饒舌にこう答えた。
「私はそうね、少し前にお召になってたバラがモチーフのドレスが好きだったな。胸元とウエストのところにバラがあしらわれていて、ゴージャスな分着る人を選ぶドレスだけど、殿下はお顔立ちも華やかだから綺麗に着こなされていたわ」
「髪飾りも生花のバラを使われていたあのドレスね。着ている最中にバラの香りがしていて、匂いまで素敵だったわ」
「着せる側としては、装飾が多くてかなり気を使ったわ。でも確かに綺麗なドレスだったな」
「シシーって大人っぽい格好してることが多いから、ああいう華やかなドレスが好きって少し意外だわ」
「メアリー、確かに私もそう思った!」
「自分の着る服と、他人が着ていていいなと思う服は別なのよ。まぁ、着たいって憧れが全くない訳ではないけど」
「えっじゃあ今度着てみようよ!」
「ララ、それはいいわね。髪飾りもリボンがたっぷり使われた華やかなものにしたいわね」
「えっ二人ともちょっと待って。そんな無理よ!」
「無理なことなんてないわよ。きっと素敵よ」
「私もそう思うわ」
最近はレオノーラ殿下との入れ替わりが増えていて、それだけ気を抜けない場面も多く、仕事終わりにはクタクタになっていた。そうした毎日の中で、ララやシシーとのこんな和やかな会話は、私にとって大切なものとなっていた。
その日のドレス談義はお互いに着せてみたい服の話など色々脱線をしつつも、シシーが自分の部屋に戻るまできゃあきゃあと楽しく続いた。
「この仕事、嫌なことも多いけど、レオノーラ殿下のクローゼットに入れることは数少ない楽しみよね」
ドレスの話が盛り上がったからか、普段はあまり軽口のようなことを言わないシシーが珍しくそんなことを言った。
「そうね、色とりどりのドレスを見ると、気分が上向きになるわよね」
キラキラした色とりどりの衣装の並ぶ殿下のクローゼットは、そこまで服に興味がない私が見ても乙女心をくすぐるものがあった。そのため、私はそうシシーに同意した。
「どうせやらなきゃならないことなら、楽しめるところは楽しみましょ!」
そうしなきゃ損じゃない?と、ララは何とも彼女らしい言葉を笑いながら返してきた。
「ララったら。でもそうね。そういう前向きな気持ちって大切よね」
「そうよ!素敵なドレスとちょっといいお菓子と頼りになる仲間!それがあるから毎日頑張れるのよ」
「あはは、仲間もだけど確かにお菓子も大切ね」
「そうでしょ、全部大切よ」
夜の狭い使用人部屋に、私たち三人の楽しげな声が満ちていた。王女様の代役という大変な仕事を一緒にするのが彼女たちでよかったと、私は改めて思っていた。




