番外編:2(二兎を得る)
10月2日の書籍発売を記念して番外編を更新します。2話目です。
「さすがセドリック様。文学もお詳しいのですね」
頬を染めながら自分をまっすぐに見つめ、そうおだててくるプラチナブロンドの髪を持つ女性を私は見やった。彼女はこの王国の第三王女であるレオノーラ。王族でありながら、王城の蔵書を見てみたいと言った私、セドリックの案内役をわざわざ買って出てくれた女性だ。
彼女のような熱っぽい視線を己に向けてくる女性の扱いには慣れている。目元を緩め、口角を緩やかに上げて、皆が美しいと称える己の顔に笑みを浮かべ、目を見つめて甘くこう言えばいいだけだ。
「いえいえ、私など聞きかじり程度ですよ。レオノーラ殿下こそ文学にお詳しいと聞いております。よければお勧めの作品を教えてはもらえませんか?」
そうすれば彼女は元から赤みが薄く差していた頬をさらに染め、嬉しそうに私を見つめ返してきた。グランベルク王国のレオノーラ王女と言えば王国でも屈指の才女だと聞いていたけれど、こうして二人で会えばどこにでもいる少女のように見えた。
私の容貌に弱く、扱いやすい女性だ。
そう、『二人で会うとき』の彼女はそう見えていた。
そう前置きを付けたのは、『二人でないとき』、つまり私が偶然見かける公務についているときの彼女はそう見えないときがあるからだった。
「大臣、明日の賓客についてだけど、この方の奥様も一緒に来るのよね?前に夫人はお花がお好きだと言っていたから、午後のお茶会の場を温室に変えられないかしら?今、花が一番綺麗なのはあそこだから」
「ありがとうございます、レオノーラ殿下。すぐに確認をさせ、花が綺麗に見られる場所を手配致します」
「急な変更でごめんなさいね。準備をする侍女や庭師たちにもよろしく伝えてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
そう家臣に告げるレオノーラ殿下は、外見は昨日私をうっとりと見つめていた少女と同じに見えた。王族の証だという美しく手入れされたプラチナブロンドの髪も、緑の瞳を持つ顔立ちも全く同じだ。ただその振る舞いについては、何かが違うように感じさせるものがあった。
そんなことを考えていたからだろうか、気が付けばついレオノーラ殿下の近くまで足を進めてしまっていた。私に気付いた彼女は、淑女の鑑のような美しい所作で挨拶をしてくれた。
「セドリック皇子、ごきげんよう」
「レオノーラ殿下、昨日は図書室を案内してくださってありがとうございました」
「セドリック皇子こそ、帝国の文学について教えて下さりありがとうございました。古典の詩集など、大変勉強になりました」
さりげなく昨日の図書室での話を振ってみたが、当然ながらその返答に齟齬はなかった。確かに私は帝国の古典文学のある詩集を薦め、彼女はそれを読んでみると言っていた。
「アルベインの詩集ですね。女性が読むには少し堅苦しくはなかったですか?」
「いえ、グルーベルの古い作品などは本当に言葉が美しくて、大変興味深かったです」
このように交わされる会話の内容は矛盾もなく、本当に自然なものだが、その中で一つだけ私は気が付いていることはあった。それは、公務のときのレオノーラ殿下は、噂に聞く『才女レオノーラ王女』らしい能力を示しているということだ。アルベインの詩集を読み解こうと思えば、帝国の古語にも精通していなければならない。グルーベルの名が出てくるということは、彼女はあの詩集を一晩のうちに読み終えたのだろう。
しかし、昨日の彼女はそうではなかった。私と二人きりのときの彼女は、お世辞にも才媛らしくは見えない反応を見せていた。お勧めの文学として有名な作家の作品を挙げても、その返答で具体的な作品の内容などに触れられることはなかった。
「さすがセドリック様ですわ」や「博識でいらっしゃいますのね」など、文学には関係のない上っ面の返答ばかりであった。
女性が男性を油断させるために無知を装う場合があるのは理解している。しかし彼女の場合はそうではないだろう。公務であれだけ広く能力を示しているのだ。私の前でだけ無知な振りをしても意味はないだろう。
では、昨日の彼女と今目の前にいる彼女の違いはなぜ生じたのか。それを考えると、レオノーラ殿下は公務のときには何かしらの下駄を履かせてもらっていると考える方が可能性が高いように思った。誰の、どういうギフトかは分からないが、何かしらの力が彼女を『才女レオノーラ王女』に仕立て上げているのだろう。
要因は何であれ、それは問題ではなかった。公務では高い能力を示す隣国の王女がいて、一人の女性としての彼女は私を熱っぽい視線で見つめてくる。事実として、それだけで十分だった。
帝国の後継者としての地位を固めること、王国との穏便な関係性を確かにすること。今回の外遊でその足しになるものが掴めたらと考えていたが、彼女のおかげでそれ以上の成果が思ったよりも簡単に手に入りそうな可能性が見えてきた。
思わず緩みそうになる口元を引き締め、私は目の前の王女様にとびきりの笑顔を向けながらこう言った。
「レオノーラ殿下、よければ今度二人で文学について語り合うためお茶でもしませんか?」
今までは面倒ごとを避けるため、婚約者候補のいる彼女と不用意に距離を詰めすぎないようにしていた。しかしこうなってきたら話は別だ。あくまでも婚約者候補は「候補」であるらしいし、彼女と親しくなっても問題はないだろう。
さぁ、二人きりと言うおあつらえ向きの場で『見目麗しい帝国の皇子である私』という餌をぶら下げてあげよう。
ありのままのレオノーラ、さて、君はどうでるかな?




